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頭脳戦第1回戦

 王都のデモは軍によって鎮められた。

 デモの参加者は、100人程度だという。参加者は、普通の国民なのか、聖アンナ正教会の信者なのか、解散させられた今となってはわからない。


 そしてデモと教会本庁の火災との関係はわかっていない。放火なのか、事故なのかもふくめて。

 教会本庁内は、魔法が制限されている。防衛のための、様々な加護も施されている。事故で火事になることはない。だから火魔法での放火は不可能だ。謎が残る。


 しかし、確実なのは、王都で教会本庁の信頼が大きく揺らいだことだった。

「王都風邪で多くの者が死んだのに、神は助けてくれなかった」

 当時、言いたくても言えない雰囲気があった。それを、誰もが簡単に口にする。酒場で、職場で、そして家庭で……。


 教会本庁は助けてくれない。しかし、聖アンナ正教会は、貧しい者たちに幸運を与え続けている。幸運というのギャンブルなのだが。

 教会本庁はニセモノなのだ。火事になったのは、女神様の加護がなくなったからだ。日ごとに、そういう声が、どんどん広がっていった。


 逆に聖アンナ正教会には、人が殺到している。自分を救ってほしいと……。


 教会本庁は、いろいろな声明を出すが、それは国民には届かない。

 新聞も、その火消しにやっきになるが、新聞を読んでいるのはかなり高い階層だ。下々の人たちに、それは届かない。


 教会本庁の信頼は、もう風前の灯火だった。


*****


 さらに衝撃的なニュースが飛び込んできた。

 旧ゴツトツ国、現在の聖アンナ国を治めている教会が、聖アンナ正教会にのっとられた。上層部にごっそりと正教会のメンバーが入った。聖アンナ正教会の名称も、これを予定して決められたのだろう。

 公式のニュースではないので、一般の国民は知らないが、その重大さに僕たちは愕然とした。


 聖アンナ国は、宗教国家だ。国民全員が信者だ。聖アンナ正教会の信者数も一気に増大したことになる。

 そして、それは聖アンナ正教会が軍隊をもつことでもある。あの”戦い”という言葉が現実になるかもしれない。


 まさか王国へ攻め込むことはないだろうが、それでもドクトルが王国を憎んでいるのであれば、王国にとって安心できる状況ではない。


 全ては後手だ。

 こうなったら、僕たちに何ができるのだろうか。


******


「おそらく、シナリオは2つある。この間僕たちに持ち込まれた、実行者のシナリオ。そして、上のためのシナリオが……。背後にいる貴族とか……」

「王子のための……」

「そうだ。もう1つのシナリオに、この企みの本当があるのだろう」


「クレバーの考えは正しい。成長したな」

 Lは、王都近くの聖アンナ正教会の本拠地の建物の所有者を調べていた。

 その所有者は、タルクニウス伯爵。悪い噂だらけの貴族だ。

 彼等と聖アンナ正教会との関係は、入手したシナリオにはなかった。攻略する対象の貴族としても。

 タルクニウス伯爵は、建物の整備などで多額の金をつぎ込んでいるから、その見返りが必ずあるはずだ。


 それはいくつか想定される。

 聖アンナ国そのものを手にするのか、それとも教会本庁が崩壊したあと、聖アンナ正教会と結託して、この国の宗教の頂点になるのか。

 うまくいけばどちらも可能だ。動機としては十分だ。金も惜しくはない。


******


 まず手始めとして、クレバーの提案で、デモの逆をすることにした。

 子どもたちを連れて、聖アンナ正教会の前で「お父さん、お母さんを返してキャンペーン」をするのだ。


 王都の小さめの正教会の前に来た。ここは人通りも多い。注目を浴び、正教会の悪事をアピールするにはいい場所だ。


「お父さんを返して、お母さんを返して」

 聖アンナ正教会の前で、子どもたちが叫び続けた。

 子どもたちの叫びに、何があったのかと周りにたくさんの大人が集まってきた。


「この子たちの両親が、信者になって帰ってこないんです。この子たちを置いたままで……」

「家のお金も全部、教会に寄付してしまったとか……。この子たちはご飯も食べられなくて困っているんです」

 子どもたちのサポートをお願いした人たちも訴える。

「それはひどいな」

 集まった大人たちは、同情の声をあげはじめた。いい調子だ。


「おい、こんなところで何をやってるんだ」

 1人の男が現れた。後には女性もいる。

 まわりの大人は、誰だ?という顔で見ている。


「この子の父です。お父さんを返してってなんだ?ここにいるじゃないか」

 男を見た子どもは、首をプルプルと横に振る。


「違うと言っているぞ」

「それなら、名前、好きな食べ物、何でも聞いてくれ。俺がすべて答えてやる」

 子どもは、周りにいる大人の耳元で、聞こえないようにそれを伝えた。

 大人たちは質問していく。

「この子の名前は?」

「ティム」

 男の子が首を縦に振る。

「お父さんの名前は?」

「ルーカス」

「この子の好きな食べ物は?」

「ポテトにチーズをかけたの」

「嫌いなものは」

「野菜。特にピーマン」

 子どもは全部首を縦に振る。


「なんだ。本当にお父さんじゃないか。なんで違うと言うんだ」

 周りの大人たちは、男が父親だというのをすっかりと信じている。


 クレバーは、このまま子どもが連れていかれてはヤバいと思った。

「逃げるんだ!」

 子どもたちを連れ、人混みをかき分けて全力で走った。


 しっかりと対策がされていたのだ。クレバーの完敗だった。


******


 帰ってからのクレバーは、ずっとブツブツと言っている。

 完璧に対策をされていた。よほど悔しかったのだろう。


「タク、お前のいた世界で……」

と聞かれたが、すぐにはアイディアはでない。

 そこで、翻訳した教科書を貸した。世界史、物理、化学を。

 手詰まりのクレバーは、何かヒントがあればと、ずっとそれを読んでいた。


 そして、おもむろに顔を上げる。表情が明るい。


「奇跡だ。奇跡を起こすのだ……」

 過去の歴史でも、イエスは様々な奇跡を起こして、信者を獲得していった。それに倣うのだという。

 かと言って、嘘はいけない。僕の魔法や化学、物理を駆使すれば、奇跡のようなことは起こせるだろう。しかし、それは嘘だ。

 本当の奇跡を起こさなければならない。

 それは何か?

 また、行き詰まってしまった。


「悩んでいるところ申し訳ないけど……」

 Mが現れた。

「今、聖アンナ正教会は、各所で奇跡を起こしている……」


 Mの説明によると、王都にいくつかある貧民街に聖アンナ正教会の司祭が訪問して、盲目の老人の目を見えるようにしたり、歩けない老婆の足を治して歩けるようにしたという。

 実際は、奇跡ではない。すべてインチキだ。


 貧民街には多くの人が流れてくるから、誰がいるかはわかっていない。実は目の見える老人を盲目として送り込み、数日後に司祭が来て、大勢の前で治したふりをするのだ。

 老人は、目が見える!と叫んで、感激で司祭にすがりつく。周りの人たちは奇跡を目の当たりにして、多くの人にその感動を伝えていくのだ。


 当然、「私も治して」という人が次々と出てくるが、

「私の力不足で、女神様のお力は1日に1人にしか使えないのです」

と断るのだった。


 それを別の場所で、あるときは老婆の足を、あるときは動けなくなった老人を治していく。そして、それを見た者たちが、どんどん広めていく。


 貧民街というのも、いい演出だった。崩れて、汚れた建物が並ぶところに、汚れても平気だという顔で、身なりのよい司祭がやってくる。これだけでも平民の味方をアピールできる。


「くそっ、また先をこされたか……」

 これで2連敗。クレバーは、悔しさで震えている。


「それもインチキでな……」

 こっちもインチキでいいのならば、いくらでも手はある。しかし、それはできない。

「どんなに苦しくても、こっちは正攻法でいこう」

「もちろんそうだ。もう、絶対に負けない」

 クレバーは、少しだけ立ち直った……ようだ。


 クレバーを励ますためにランドシャフトで夕食をとる。もちろんセシリアも一緒だ。

 よほど悔しかったのか、まだブツブツ言っている。こんなときになぐさめてくれる彼女でもいればいいのだが、どうやらいないみたいだ……。僕も、ちょっと前まではそうだったのだが。


 そこに、1人のきれいな女性が入ってきた。品がよく、高貴さも感じられる。こんな女性がなぜランドシャフトに?

 そういえば見たことがある女性だ。あの戦場で……。


 イレーネ卿だ。教会本庁の枢機卿だ。しかもお供もつけずに。


「タクさんですね」

 イレーネ卿が僕に声をかけてきた。

「お願いがございます」

 そう言って、僕に頭を下げた。


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