ターゲットは?
突然K教会は、「聖アンナ正教会」と名乗った。
その勢いは止まらない。集まる信徒をさばききれないので、どこの教会施設も近くの広い屋敷を買い取って、どんどんと拡大していく。
しかし、僕たちの調査は一向に進まない。Lは倉庫には侵入できたが、そこで新しい発見はなかった。
王都近くの城跡は、きれいな建物に建て替えられていた。ずっと前から準備が進められていたのだろう。
そして、そこが聖アンナ正教会の本拠地となった。もちろん侵入はできない。
時間ばかりが経つ。そして不安と心配ばかりが募る。
特に子どもたちのことだ。子どもたちは親に会いたがっている。しかし、その行方すらつかめていない。子どもたちには何も説明できない。自分の無力を思い知らされた。
あちこちの聖アンナ正教会で、置いてかれた子どもが出ている。どうすればよいだろうか。
王都や周辺の直轄領と範囲も広い。僕たちだけではカバーできない。
そこでルイーゼさんに相談した。これは調査報告ではない……、ということにして、王女の耳に入れてもらった。
しばらくしてルイーゼさんが来た。
「子どもたちに王女殿下のお手伝いをしていただけないかと申しております」
王女は、月に何度か孤児院などを訪問する。そのときに聖女の歌を歌ってほしいというのだ。
それをセシリアに伝えた。もう感激だ。子どもたちも喜んでいるという。子どもたちにとっても聖女様は憧れだ。
それで、王都の施設に子どもたちを集めた。子どもは50人以上いた。まだ増えるかもしれない。
一度、王女にその施設を訪問して、子どもたちに声をかけてもらった。子どもたちの目はキラキラして王女を見ている。
王女は、その子どもたちに微笑みを投げかけている。これが本当の姿なのだ。
聖女の歌を歌うために歌の練習をしているが、王女から声をかけてもらってからは、どの子も一生懸命だ。
王女様の手伝いができる、だからしばらく両親と会えなくてもしかたがない。子どもたちはそう考えて、寂しいのを我慢して頑張った。
******
事態は、一気に急転した。それは思いがけないことからだった。
クルップ商会の、末端の男が、この企みをまとめた書類をハンゼ商会に売り込んできたのだ。
「これを真似すると儲かりますよ」
金で組織を裏切った。まわりは儲かっていて目の前を大金が流れていく。それなのに自分には何もないという不満もあったのだろう。
企業で、どんなにセキュリティーを厳しくしても、結局はバカな社員のせいで情報が漏洩するのはよくある。バカなクズのおかげで、一気に状況が進んだ。
その文書をLさんとクレバーと読み込んで、その凄さに戦慄した。
新しい教会の立ち上げから、お札の販売、賭場でのジャックポットでの当て方、そしてそれを広める方法が詳細に書かれている。
さらに、次の段階では、聖アンナ正教会という名称で、王国内での広めていく方法。集めた金の管理方法。どの貴族を引き入れるかまでだ。貴族の名前、背景、弱み、どう説得するかも詳細に書かれている。
最後の段階では、信者を集めて、その信者を洗脳して財産を巻き上げる方法までが書かれている。幻想草の使い方なども……。
保安隊や王国の追及から逃れるための対応や証拠を残さないための方策もしっかりと書かれていた。
今まで、調べてきたこととほとんど一致している。
見積もられた数字は、信者数が50万。集める金は、数百億と試算されていた。
これで聖アンナ正教会の全体像がはっきりした。しかし、これだけでは犯罪とは言いにくい。そこが巧妙だった。
だから気になるのは、”戦い” “兵士”という言葉だ。
しかも、不思議だったのは、”戦い” ”兵士”について、この文書には、まったく書かれていない。これは実行者が勝手にやったことなのだろうか。
「すごいなこれ……」
「ああ、確かに……」
僕たちは、その緻密な計画にため息をつく。
その最後を見て、僕たちは固まった。
そこには、”立案者 ドクトル”と書かれていた。
「ドクトル?これってあの……」
「ああ、クルップ商会のドクトルだろう」
「でもなんで名前を入れているんだ?」
「ドクトルの考えたものは高値で売れるんだ。もう犯罪のブランドになっているんだ」
クレバーが教えてくれる。
「ドクトルか……。彼については、私以外から説明してもらうのがよいだろう」
Lがそう言った。Lもドクトルについての何かを知っているのだろう。
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日を改めて、レミュス老人に来ていただいて話をうかがった。”私以外”とLが言ったのは、レミュス老人だったのだ。
レミュス老人は、クレバーがいるので、ドクトルの昔を知る老人として話をしてもらうことにした。
それでもクレバーは、シャテーの親玉だろうということで、かなり緊張もしていた。
「ドクトルか……」
レミュス老人は、昔を振り返るようにその名を口にした。
「彼は、非常に高い知能をもっていた。まだ幼い頃だったが、我々を驚かすようなことを次々と言ってきた。ほら、あの兵を辺境に派遣したときに農業にも携わらせて、防衛と開拓と食糧確保を一緒にする屯田兵。あれはいくつのときだったかな」
「8歳でしたね。そして実際に実行もされました」
「そうだ。そうだった。だからあのときは将来が楽しみだったよ……」
シャテーのメンバーは全員が孤児だった。孤児の中から、優秀な者が選ばれ、教育を施される。その後、忠誠心などを確認されて、シャテーの予備チームに入る。
ドクトルは、その中の一人だった。本当の名前はアレクサンデル。Lさんともほぼ同年代になるという。だから、Lさんも言いにくいところがあったのだろう。
それが成長するにつれて、あまりに悪の側面が強くなりすぎたため、シャテーの本メンバーには選抜されずに普通の社会に戻されたのだった。
「タクに、ゴツトツ国の兵士を捕虜にするかどうかを判断させたよな。同じような場面なら、ドクトルは確実に兵士全員を焼き殺しただろう。それも楽しんでだ」
捕虜を拘束する手間、食料の確保、諸々を考えて最適を判断するのだが、そこには人の命、人の心は考慮されない。ドクトルは、そういう少年だったという。
空間魔法を剥奪され、一般社会へ戻ったドクトルは、そのまま裏社会へ入ったらしい。それから、クルップ商会に身を置いて、犯罪の企画を立てて、それを売っている、そこまではわかっていた。
しかし、それを止めさせることはできなかった。
シャテーの空間魔法を熟知しているドクトルは、シャテーから逃れる術も知っている。表に出ないで、犯罪企画だけを出しているのだ。
いったいどこにいるのか、シャテーもつかんではいない。
どこか、違う国にいるのかもしれない。そうなれば、行方をつかむことは不可能だ。
「彼は、この王国を憎んでいるのだと思う」
レミュス老人はしみじみ言う。
確実ではないが、あのアルブレヒト辺境伯軍の反乱も、ゴツトツ国の侵攻も、背後でドクトルが企画したのだとレミュス老人は考えている。あれだけのことを起こせるのは、王子や他の貴族では無理だ。ドクトルしかいない。
細かいことでも、詐欺を使った酒類販売公社の立ち上げや王都風邪のお札の販売、そうしたこともドクトルが裏にいたのだという。
僕が、冤罪で捕まった事件もだ。
「タクが、障害になると考えたのだろうな。獣人族が協力したのは、さすがに想定外だったのだろう」
レミュス老人は、そう考えていた。
「王国を憎んでいる。だから王国に混乱を起こしたい。そう考えているはずだ……」
「教会の内部の集会では、やたらと”戦い”とか、”神の兵士”とかいう言葉が出てくるんです。これは、何を意味しているのでしょうか」
僕は、例の文書を見たときに感じた違和感について聞いてみた。
「素人をどんなに集めても戦争はできない。それでも、その素人でも、いいなりになると何でもできる。何でもだ……。命を捨てるという者も出てくるだろう……。想定は難しい」
「実際に動いている連中も王国に混乱を起こしたいと思っているのでしょうか」
クレバーが聞いた。
「おそらく実行している連中は、そういうことは考えていない。金だけだ。でもその活動の裏には、ドクトルのしかけがされているはずだ。気づかないうちに……」
”王国を混乱させたい”というドクトルの企みを止めることはできるのか。何を考えればいいのか、何をすればいいのか……、頭の中をそれがグルグルと回る。僕たち全員は黙り込んでしまった。
その沈黙を破って、シャテーのMが現れた。
「教会本庁が燃え上がっています。周辺では、デモも起きています。”なぜ王都風邪で、神は我々をたすけなかったのか?” ”教会本庁はニセモノだ”それを口々に叫んでます」
「まさか!ターゲットは教会本庁だったのか……」
「ドクトルとの知恵比べだな」
クレバーの眼が光った。




