教会が……
この世界で神に祈ったことはあっただろうか……。
レナータさんが誘拐されたときは、無事でいてほしいと無意識に祈った。
王都風邪が流行したときも、犠牲になる者がいないようにと……。
それから、ゴツトツ国との戦争のときは、兵士の無事を祈った。
でも、そのときにどの神に祈ったか……、それは特にどの神にという意識はなかった。そもそも、僕はこの国の宗教をまったく理解していない。
教会へ行くことは時々ある。セシリアが時々行くので、ついて行くこともある。教会が経営している孤児院を訪問することもある。
だから、女神が主神であることくらいは知っていた。
でも、それ以上のことは知らなかった。主神が聖アンナであること、教会のトップが聖座であることなどは、先の戦争で初めて知ったのだった。
セシリアに聞くと、神は本当にいるという。ただし、姿を見た者はいない。神の存在は、”神の加護”として我々の中に現れる。例えば特別なスキルは神から与えられた加護だと考えられている。
そして、魔法も聖霊や神の力の顕現でもある。聖霊や神がいなければ魔法は使えないのだ。
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ランドシャフトでセシリアと夕食をとっていたときだった。
「今日は、店の全員、俺の奢りだ!」
1人の酔っ払った男が、立ち上がって大声で客たちに告げた。
「ジャックポットで、大当たりが出たんだ」
店内は大歓声で盛り上がる。
「すごいね」
セシリアは言う。この街にも3カ所の賭場で、ジャックポットができていた。
「まあ、でもギャンブルの金は身につかないんだな」
その男を見ていて実感する。セシリアも、思い切り同意している。
「このお札のおかげなんだ。豊穣の女神・フリッグ様のお札だ」
男は、手にも持っていたお札を見せびらかした。
「どうしたんだ。それ」
「ほら、東の街の角にできた新しい教会があったろ。あそこで売っているんだ」
男のまわりに人が集まって、ワイワイと話を聞いている。
またお札かと、王都風邪のときのお札を思い出した。あれは王都風邪が治るといって、明らかな詐欺だが、これは具体的な御利益もない。前の世界でもあったお守りみたいなものだろう。
その日は、そう思ってそれほど関心をもたなかった。
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僕が、ほとんど毎日、ランドシャフトで夕食をとっているので、公爵様とバルトリアンもしょっちゅう来るようになった。
「暇なんですか?」
「何を言うか。無茶苦茶忙しいんだぞ。それでも、わざわざ来てやっているんだ」
そう言われるが、どう見ても暇そうだ。
その日の客の中で、上司のパワハラを愚痴っていた客がいた。
「俺がなんとかしてやろう」
公爵様は、そう言ってその客のテーブルに行ってしまった。
後から聞いたら、そのパワハラを受けているという男の職場に、公爵様の名義で花束を贈ったそうだ。花束には、御礼と書かれていた。
その男には、親戚が公爵様のところで働いているので、頼んでやると言ったそうだ。
それ以来、パワハラはすっかり無くなったという。公爵様から花束が届くような部下だ。さすがにパワハラはできない。
公爵様は、やはり暇で、楽しんでいるのだ。絶対に……。
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ジャックポットで当たったという男が酒をふるまったことがあってから、当たったという男が何人も現れた。ジャックポットは、それまで貯まったお金が払い戻されるのだから、何度も当たりが出ると、金額は安くなる。それでも10万円くらいは当たっているようだった。
そして、その男たちは全員、教会のフリッグ様のお札を買っていた。
「俺も買おうかな」
まわりの客は、口々に言う。実際の御利益があるのだから、当然、そう思う。
僕は、それを軽く考えていた。
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ランドシャフトに行くと、ルイーゼさんが来ていた。私服だ。親友のレナータさんを訪ねてきたのだろう。2人で話し込んでいる。
「タクさん、ちょっといいですか?」
ルイーゼさんが声をかけてきた。引っ張られて、一番奥の席に連れていかれた。人に聞かれたくない話なのだろうか。
「王女殿下の本当のお姿を知られたのですね」
「ええ、ご苦労されていることも。それから国民へのお気持ちも」
ルイーゼさんも知っていたのだ。きっと言いたくても言えない、ルイーゼさんもつらかったのだろうな。
「ありがとうございます。これからもお力になってくださいね」
「もちろんです。僕にできることは何でも言ってください」
「それで、伝言です。この街にできた新しい教会について調べてください、とのことです」
「新しい教会ですか?何を調べれば……?」
「私が承ったのは、それだけです。それだけで十分だとも」
「わかりました。この近くですよね。すぐに調べられるとは思います。調べたらルイーゼさんにお知らせしますね」
「いえ、その必要はありません。調べるだけだそうです」
「調べるだけですか?報告をしなくても……」
「ええ、そう承っております。おそらくですが……、調べることで、やらなければいけないことが、出てくるのではないかと思います」
そう言われてもピンとはこない。とりあえず調べてみよう。僕は、黙ってうなずいた。
それから、せっかくなのでセシリアも一緒に夕食をとった。
ルイーゼさんとは、いろいろとあったがじっくりと話をしたことはなかった。子爵の令嬢で王女の専属侍女をしているということくらいしか知らなかった。
年は、僕より2つくらい上で、しっかりものの美人お姉さんだ。知的で、話題も芸術から歴史、旅行にグルメと幅広い。それでなければ王女の侍女は務まらない。
セシリアは、王女のいくつかのエピソードを聞いてうっとりとしている。
食事は楽しく、あっというまに時間が過ぎていった。
ランドシャフトを出ると暗闇からLが現れて声をかけてきた。
「教会については、明日までに報告できると思います」
「ありがとうございます。でも、実際に見てみたいので、僕も行ってみます。その後、それぞれの情報をあわせましょう」
「了解です」
そう言ってLは消えた。
「誰かと話していたの?」
片付けを手伝っていたセシリアが出てきて聞いた。彼女にはまだ内緒だ。
「道を聞かれただけだよ」
そう言って、僕たちは家に向かった。婚約者なら手も繋ぎたいところだが、まだ、それはできていない。いつも情けなく思う。
それでも並んで帰るだけでも幸せだ。前の世界では、好きな女の子と一緒に帰るなんて一度もなかった。
歩きながら、セシリアに教会のことを聞いた。
この国の宗教は多神教だ。主神の聖アンナがいて、その下にはたくさんの神々がいた。豊穣の女神・フリッグもその一柱だ。ほかにも戦の神、知恵の神、火の神、水の神、そして酒の神もいる。火の神の聖霊が、火魔法の能力を人々に与えるという。
そして、教会ではまず主神聖アンナを祀るが、教会によっては他の神も祀るという。日本の神社では、天神様が祀られたり、稲荷神を祀る稲荷神社があったりするようなものだろう。
セシリアの話を聞いていると、この世界の神々は人間っぽい。神話には、いたずらをしたり、恋をしたり、不倫をする神々が語られている。だからだろうか。聖職者も結婚はするし、酒も飲む。普通の人々と同じような生活をしているという。
キリスト教の修道院のような、真面目で厳格な修行をしているわけではないようだった。
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翌日、セシリアとその教会へ行ってみた。調査といっても、最初なので雰囲気をみるだけにした。Lからの報告もふくめてからどう調査するかを考えるつもりだった。
「なんだこれは!!」
驚いたのは、教会の外にまで人が溢れいている。今まで行った教会ではこんなことはなかった。
小さい教会だからといっても異常すぎる。といってパニックになるわけでもない。整然と並んでいる。大きな声を出す人もいない。
この世界の教会では、神社やお寺のような賽銭箱があるわけではない。基本はお布施、お金を直接、教会の司祭、助祭に手渡しする。そのときに、短い祈りの言葉を唱えられる。
そしてグッズ販売もある。お札が基本で、女神の絵姿なども人気がある。家の祭壇に飾るのだ。そのほか神具も販売している。
並んでいる人の会話を聞いていると、ここのお守りでジャックポットに当たったことばかりだ。それが噂になって、それを目当てに並んでいるのだろう。
でも、それくらいでは何の問題もない。なぜ王女は調査を命じたのだろう。
あまりの人の多さに、僕たちは並ぶのを躊躇していた。セシリアは、せっかく来たのだから礼拝室でお祈りをあげたいいうが、どれくらい時間がかかるのだろう。
「礼拝堂に入るのにどれくらい時間がかかりますか?」
僕は、列の整理をしていた助祭らしき人に聞いた。
「この教会に礼拝堂はありませんよ」
「それじゃあ、どこでお祈りを?」
セシリアが不思議そうに聞く。
「ここはご寄付をいただくのと、お札などの販売だけです。礼拝堂などは、郊外に建設中なのです。もうしばらくお待ちください」
「それじゃあ、女神像も……」
「それもございません」
そう言われて、セシリアは不服そうだ。
「こんなの教会じゃない……」
セシリアが、もう帰ろうと言うので教会を後にしようとした。
そのときに、道路の隅に集まっている子どもが目についた。子どもたちばかりだ。小さな子どももいる。
「どうしたのかしら」
セシリアが気にして、子どもたちに声をかけた。
子どもだけだと危険もある。僕は前の世界の感覚で見ていたが、セシリアにとってはとんでもないことなのだ。奴隷にするために誘拐されることもよくある。
「みんなどうしたの?」
「お父さんとお母さんが、お札を買いに来たので待ってるの」
誰もがそう答えた。
「ジャックポットでたくさんお金がもらえるんだって」
笑顔でそう言った子どももいる。
「僕のお父さんとお母さんは、仕事もやめて、家も出ていって、この教会にいるの……。探しに来たんだけど、会えないって言われて……」
えっ、それは何なんだ?
「私の家も……」
そう言った小さな女の子。
「みんな、何か食べた?」
セシリアが聞くと、全員が首を振った。
問題は、これだ。前の世界で問題になったパチンカスと新興宗教にはまった親の話を思い出した。しかし、ここは教会だ。新興宗教とは違う。
「ちょっと待っててね」
セシリアは、子どもたちの食べ物を買いに行く。
そのときにLが現れた。
「教会の中を調べましたが、ここは教会ではありません。教会を名乗ってますが、ただの販売所です」
「やはりそうなんですね」
僕は、助祭らしき人から聞いた話と子どもたちから聞いたことも伝えた。
「もう1つ気になることがあります」
「何ですか?」
「お札とかを届けに来た者、そして列の整理をしている者、全員がクルップ商会です」
「本当ですか」
「間違いありません」
そういうことか。調べるだけでいいと言ったのも、あとは任せたという意味なのだろう。王女が、細かく指示をすることではない。
セシリアが、パンやお菓子などのたくさんの食べ物を抱えて戻ってきた。
「1人じゃもてないから、お店の人にもてつだってもらったの」
子どもたちを集めて、パンやお菓子を渡していく。みんな笑顔だ。
聞くと、昨日から何も食べていない子もいた。両親が教会に行って、帰ってこないという子どもたちだ。それが10人程いる。
「夜はどうしていたの?」
「あそこの中で寝ていたの」
そこを見ると、小さな川にかかっている橋がある。その下で夜露をしのいでいたのだ。
このままじゃダメだ。僕は、保安所など、一時的に預かってくれそうな所に連れていこうとした。
「お父さん、お母さんがここにいるから……」
そう言って動こうとしない。
それで馬車を数台手配して、その中で寝られるようにもした。保安隊にお願いして、ずっと付き添ってももらうことになった。
こんな子どもたちが……。これをどうにかしなくてはと思う。
そのための調査の方向が見えてきた。
そして、その結果がとんでもないことだったのだ。




