運命
レミュス家を継ぐことを引き受けたが、その後、大きな後悔が押し寄せてきた。
本当によかったのだろうか。
僕は、前の世界では自分を石ころのように考えていた。僕につまずく奴もいれば、僕を蹴飛ばす奴もいる。それでもその世界に何の影響もない。そんな僕が……。そう考えてしまう。
僕がこの世界に来たのは、あの王子に召喚されたからであった。僕のいた世界、80億の中の、たった1人だ。宝くじどころの確率ではない。
それから良いこともあったし、悪いこともあった。ほとんどが、僕の意志とは関係なく起きたことだった。
それは、やはり運命なのだろう。だから、レミュス家を継ぐことも、また運命なのだ。
それから戦後処理にかかわって、僕は書類にサインをするだけの毎日を送っていた。
その合間に領地を回って、地下資源を探してみたりもした。
たいした物はなかったが、ガラスの原料になる石英の鉱脈があった。産業になりそうなので、すでにガラスの産地となっている地域から職人を呼び寄せることにした。それをこの地の置き土産にしたいと思った。
だいたいの仕事が終わったころに公爵様の長男のヘルマンが来た。普段は宰相の補佐をしているが、しばらくはこの地と聖アンナ国の両方をみるという。
そして、僕はこの地の任務を終えて帰ることになった。もちろんセシリアもだ。
帰りの馬車の中では、2人でこの地の思い出を語り合った。
いろいろとあった。セシリアにも無理をさせた。あの男爵たちを誑かしたドレスをもう一度着てもらいたいとも思うけど……、言えない。
そういえば、僕がサインばかりを書かされている頃に、セシリアは地元の料理人と新しい名物を開発していた。
この地には栗が多く採れた。僕は、栗のお菓子と言えばモンブランだと説明したら、栗のクリームを使った、モンブラン風のケーキを作った。この土地でしか作れない名物になるだろう。
そんなことを話しながら、馬車は走って行く。
ただ、セシリアにもレミュス家のことはまだ内緒だ。
新しいアルブレヒト辺境伯領は、順調に発展しているようで、僕はお役御免になった。
スーパー銭湯のような施設も、次々と新しい設備ができていて、領地外からも人が集まっているという。
落ち着いたら、セシリアと遊びに行こうと思う。
ジャックポッドは相変わらずの人気だ。元手がかからず集客ができるので、王国内のあちこちで作られている。
それでも辺境伯領の台は、聖女様が当てた台ということで一番の人気だった。
*******
僕たちは、ヨネさんの待っている家に帰った。
その日の夜は、ヨネさん、村長さん、そしてセシリアの父親のギブルと5人と、そして侍女のビルギッタさんと一緒に夕食をとった。
ギブルは、もう隷属の首輪を外されているが、ずっと真面目に働いていた。
侍女のビルギッタさんは、子爵家の世話のために国が雇ってくれているのだが、ヨネさんと仲良しになって家事も一緒にやっているという。
セシリアは、食事の間中、これまでのことを話していた。さすがに聖女とお風呂に入ったことは言えないが、声をかけてもらって感激したと力を込めて話していた。
食事を終えて寝室に戻ると、シャテーのLが待っていた。本当に神出鬼没だ。
「明日、お迎えに来ますので、ご用意していてください」
レミュス家に入るための儀式があるという。そして5日ほどかかるとも。
******
翌日の朝、馬車が迎えに来た。普通の馬車だ。
馬車に揺られて2日で、とある山に着いた。馬車を降りると、そこにはシャテーのL、G、Mが待っていた。
「ここの山全体が、レミュス家の聖地として立ち入り禁止になっております。これから向かうところは、普通の人では行くことができません。そのため我々がご案内します。お手を」
そう言われて手を差し出す。僕の手が握られた途端に周りが真っ暗になった。トンネルに入ったような感じだ。向こうに明るい光が見える。それに向かってゆっくりと歩いた。
出たところは、石造りの大きな部屋だった。テレビで見たエジプトの神殿の石室のようでもある。そこにレミュス老人がいた。
「よく来たな。今日は、まずレミュス家の一員となるための儀式だ」
僕は黙ってうなずいた。こうした儀式では声を出さない方がいい……。勝手にそう思った。
「その石板に手を置きなさい」
部屋の奥には、祭壇のようなものがあり、その真ん中に大きな石板がある。
その石板には、魔法の呪文の文字が刻まれていた。
僕は、ゆっくりと歩いてその石板に手を置く。後では、レミュス老人が、ずっと呪文を唱えていた。今まで聞いたことがない呪文だ。
僕がその石板に手を置くと、石板はボウッと薄く光り出した。蛍のような淡い光だ。
そして、僕の頭の中に大量の呪文が流れ込んでくる。頭がパンクしそうだ。
数秒、数分、いや数十分、どれくらいの時間かわからない。あっという間のようで、長いようにも感じられた。
すべての呪文が僕の中に入ると、石板の光は消え、もとの石の塊に戻った。
「これが、レミュス家に伝わる魔法だ。まだ当主ではないからすべてを使えないがな」
「どんな魔法が使えるのですか?」
「一番が空間魔法だ。使ってみろ」
「使えと言われても……」
そう思ったが、自然と呪文が出てきた。
ਦੇਵੀ ਅਤੇ ਪਵਿੱਤਰ ਆਤਮਾ ਦੇ ਨਾਮ ਵਿੱਚ, ਮੈਨੂੰ ਆਕਾਸ਼ ਅਤੇ ਧਰਤੀ ਦੀ ਸ਼ਕਤੀ ਪ੍ਰਦਾਨ ਕਰੋ.
ところが、何も変わらない。
「行きたいところも念じるのだ。そうすれば、どこへでも行けるのだ。まず、わしの後に続け」
そう言うとレミュス老人は消えてしまった。
後に続け……? 僕がそう思うと、また周りが真っ暗になったあと、大きな屋敷の前に立っていた。
「ここが、わしの屋敷だ。といっても普通の世界ではない。魔法で作られた空間、世界なのだ」
要は、並行世界、異次元、そういったものなのだろうか。
それから空間魔法について説明してくれた。
レミュス家の魔法で、一番特色があって、一番使うものだそうだ。
この屋敷も、魔法で作られた空間にあり、空間魔法が使える者しか来れない。
シャテーのメンバーは全員がこの空間魔法が使える。それで、シャテーの本拠地でもあり、メンバーの住居にもなっている。
空間魔法は、こうした空間を自由に作れる(といっても作れるほどのレベルがあるのは、老人だけだ)。そして魔力に応じて行きたいところまで移動できる。通常の魔力で10キロほど。魔力量が多いと、100キロ以上も可能だという。
そして、空間を歪めたりもできる。移動もある意味、空間を歪めて近づけているようなものなのだ。
「タクのいた前の世界にも行けるかもしれないぞ」
「本当ですか?」
「行きたいのか?」
「そうではありませんが、行けたら本とか道具とか、いろいろと持ってきたいですね」
「前の世界に行っても戻って来れないぞ。前の世界には魔法はないのだろう。女神も聖霊もいないのだろう」
「そうですね。魔法はありませんでした」
それから考えてみたが、帰って来れないのなら戻りたいとは1ミリも思わない。セシリアがいないのだから。
それから屋敷の中を案内してもらった。かなりの広さがある。僕の行っていた高校くらいはありそうだ。そして僕の部屋も用意されていた。
これだけのものが、魔法で作られた空間にあるとは信じられない。
この屋敷の空間には、距離の概念がない。どこにいても瞬時で来ることができる。ただし、普通の世界に戻るときは元にいた場所だけだ。
「これでレミュス家の一員となった。これから王にも報告しなければならない。また連絡するからな」
レミュス老人からそう言われるが、まだレミュス家の一員と言われてもピンとこない。この屋敷といい、空間魔法といい、驚くばかりで、その実感がないのだ。
「あと、シャテーのメンバーの、この3人はタクの専属とした。自由に使ってくれ」
人質救出で、ずっと一緒だったL、M、Gだ。彼等なら気心も知れている。
「よろしくお願いします」
「タクさんが主なのだから敬語はなしでお願いしますよ」
「いえ、僕のほうが若いのだから、そちらが敬語なしでお願いします」
「タク、これから立場が変わってくるのだから、受け入れることも必要だぞ」
レミュス老人から、そう言われて受け入れるしかなかった。
帰りは空間魔法で、あっという間に帰ることができた。距離にして100キロくらいはあるらしい。やはり僕の魔力量はかなりのものということなのだ。
******
それから日常が戻った。しばらくはのんびりしたいので、セシリアと一緒にあちこち出歩いていた。
ランドシャフトには客として行っていたのだが、忙しそうだとつい手伝ってしまう。
レナータさんは、結婚するまでと、まだ働いていてくれた。レナータさんがいると客の入りが違う。
夜は、できるだけランドシャフトで夕食をとった。セシリアも一緒だ。ヨネさんとビルギッタさんも時々来てくれて、一緒にご飯を食べた。
ランドシャフトで夕食をとるのにはわけがあった。やはり、こういう店では街の噂が飛び交う。何か問題があると、その生の声が聞けるのは、こうした店だ。
今の立場でできることを考えるには、そうした市民の生の声が必要なのだ。そういうことを意識し始めたのだった。
時折、〈真実の目〉で客を見るが、やはり誰もが軽い嘘をついている。以前クレバーが言ったとおり、誰もが自分を良く見せたいし、話を面白くしたいからだ。
その日は、一組のカップルが気になった。女性は青くて嘘をついていないが、男は真っ赤だ。どうやら浮気したかしないかでもめているらしい。
「とんでもないことになったそうだな」
突然、公爵様とバルトリアンが僕たちの席に酒のグラスをもって乱入してきた。
レミュス家のことだろう。もう公爵様の耳には入っているのだ。
「まだ、内緒ですよ」
「ああ、わかっている。でも、こうなるとは思っていたのだが……」
まだまだ公爵様の手のひらの中なのだ。
「黙れブス!」
カップルの男の声が店内に響いた。かなり大きな声だ。店にいた全員が注目する。
「いや、……。だから、もうお前みたいなブスとは話しもしたくない」
男は、声を落として話す。店の客全員が話すのをやめて、耳を男に向けている。
「俺が、浮気なんてするはずはないだろう。お前みたいなブスを相手にする心優しい俺が浮気なんてするはずがないだろう」
男を見ると真っ赤だ。女の子は服とかは垢抜けないが、それでもブスではないし、むしろかわいい。
「だって……。街で娼婦を買ったって……。あなたの友達が言ってたのよ」
「あれは嘘だって」
「だって……」
「モテる俺が、お前みたいなやつと付き合ってやっているんだ。俺を信用しろ」
なんか、ずっと真っ赤かだ。何度も恩着せがましく言うのもうざく感じる。
「もういい!お前なんかと別れる!」
そう言い残して男は出て行った。
セシリアが気にして、女の子をなだめにいった。レナータさんも水をもっていく。
女の子は泣いているだけのようだ。
「あんな言い方をされて……。向こうから付き合ってほしいって、頭を下げてきたのに……」
聞くと、男のことはそんなに好きでもないらしい。でも、頼まれて付き合って、お金も貢がされたという。たいしたクズだ。前の世界でもよく聞く話だ。クズ男は、どこの世界でも一緒だ。
「ほう、それなら私に協力させてほしい」
公爵様が参加する。何やら不適な笑みだ。何かたくらんでいそうだ。
「あの男は、ちょくちょく来るのか?」
「ええ、3日に1度は来ますのね。1人のときもありますし、この子と一緒のときもあります」
「そうか……」
公爵様は、絶対に何かを企んでいる。
3日後に、バルトリアンがいつもとは違ってしっかりした身なりで来た。こうやって見ると、かなりのイケメンだ。
店の隅には、あの男も来て1人で飲んでいた。女の子に浮気を追及されて出て行った男だ。
そこに女性が1人で入ってきた。品の良い服を着て、化粧もして、かなりの美人だ。店中の男が注目して振り返る。
よく見るとあの子だ。これが公爵様の企みなのだ。公爵様の侍女がよってたかって磨き上げたのだろう。
「よく見てろよ」
気がつくと僕の横に公爵様がいた。ニヤニヤが止まらない。
バルトリアンが、その女の子の席に行く。どうやら口説いているようだ。美男美女で絵になる。
浮気した男が、女の子に気づいた。口が開きっぱなしで、じっと見るだけだ。
女の子はバルドリアンにエスコートされて店を出ようとする。そのとき男も席を立った。
「待て!お前こそ浮気していたんだろう」
「いいえ、この方とは今日初めてお会いしました。私のことを美しいとおっしゃってくださいます。あなたのようにブスとは言いません」
「いや、悪かった。ブスじゃない。だから……」
「私は、ブスですから……。もう話すこともないでしょう」
そう言って、バルトリアンと店外へ出て行った。男は呆然とみているだけだ。
そのときに、店内中から拍手がわき起こった。前に見ていた客だ。そして見ていない客に顛末を話していたのだ。酒の話題としては格好だ。
拍手と歓声、乾杯も聞こえる。あの男はやっぱり嫌われていた。もう、ランドシャフトに来れないな。
「ああ、楽しかった」
一部始終を見ていた公爵様は、思いっきりの笑顔で笑った。
男が出て行ったあと、バルトリアンと女の子は戻って、僕たちと一緒に食事をした。
女の子も、すっかりと気分をよくして、ずっと笑顔だった。
そんなふうにランドシャフトで過ごしていたら、何か怪しい話が出てきた。
それは、どうやら教会がらみらしい。そして裏側には……。
のんびりと過ごせるのは、もう終わりかも。
ブラウザで翻訳ができる方は、翻訳してみてください。呪文の意味がわかります。




