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心を折る


 ゴツトツ国の補充兵も来て、攻撃が一段と激しくなってきた。

 防護壁を突破しようと突撃をかけてきている。

 それに対して防護壁の上から矢を射かけ、石を落とす。石油をばらまき、火をつけることもある。

 まだ、防衛壁はビクともしない。まだしばらくは大丈夫だろう。


「これからどう戦うのですか?」

 ファビウス将軍に聞いた。これまでも、砦の罠、北の戦場での火計、捕虜収容所、しっかりと準備もされていた。しかし、僕には何も教えてもらっていなかった。

 これからどう戦うのか?気になる。


「心を折るのだ」

 将軍の答えは、ただそれだけだった。


「自分でも考えてみろ、ということだよ」

ソーゲン師が、心配そうな僕を見て、横からアドバイスをしてくれる。

「しかし……。僕が考えても……」

「それでいいんだよ。考えることが大事なんだ」

 なんだかごまかされたような気もするが、この2人の神算はすさまじい。僕がどう考えても、その域には到底たどり着けない。


******


「枢機卿がご到着です」

 幕舎に伝令が来た。

「すぐ行く」


「枢機卿って?」

 ソーゲン師にこっそりと聞いた。

「教会の幹部だ。聖座様に次ぐ位階で、聖座様を補佐する立場だ」


 この国の宗教は、女神を主神としての多神教だ。その祭祀を執り行うのが教会で、そのトップが聖座で、その下に20人の枢機卿がいるそうだ。

 その枢機卿の一人が、この戦場に来たという。いったいなぜなんだろう。


 ファビウス将軍に続いてソーゲン師、数人の参謀、そして一応だが貴族である僕も同行した。


 今まで見たことがないような荘厳な馬車が停まっている。王女の豪華で派手な馬車とも違う厳粛さがある。その前で枢機卿は立って待っていた。

 枢機卿は女性だった。30代だろうか。かなりの美人だ。真っ白な聖職服に身をつつみ、立つ姿はルネッサンスの宗教画のように思えた。


「このような所までおいでいただき、恐縮です。イレーネ卿」

 ファビウス将軍がひざまずいて頭を下げた。ソーゲン師や他の参謀も続く。僕もあわててひざまずいて頭を下げた。

「それで、首尾はいかがです?」

「この地は、あと3日で。すべてが終わるまでに10日でしょうか」

 3日?10日? それで終わる……?


「そうですか。聖座にもそのように伝えましょう」

「はい、よろしくお願いいたします」

 将軍は、もう一度深々と頭を下げた。


 枢機卿は、戦場に目を向けて、黙ったまま見つめている。

「ゴツトツ国の兵が、また一人亡くなったようですね……」

 そう言って、手を合わせて祈りの言葉を口にした。

「ありがとうございます。亡くなった兵士にも神の加護があることでしょう」

「あなた方にも神の加護がありますように……」

 イレーネ卿は、そう言葉をかけた後、馬車に乗り込んだ。馬車はゆっくりと帰っていく。


「3日って?それで戦いが終わるのですか?」

「ああ、そうなる」

 ソーゲン師がそう言われるのだから、そうなる確信はあった。しかし、どうやって?総攻撃で終わらせるのか? 頭の中は、?だらけだ。


******


「敵が引いていきます」

 伝令が来た。

「よし、予定通りだ」

 ファビウス将軍らが、前線に向かって歩く。

 防護壁まで来ると、確かに兵はいなくなっていた。


「北からアルブレヒト辺境伯軍5000とクリスティアンの1000。そして獣人族。それから南からカンターの率いる5000が、ゴツトツ国の中央軍の背後を襲ったんだ」


 まず、中央軍の最後尾から離れたところに陣営していた兵糧を運ぶ輜重隊を急襲した。これで、ゴツトツ国軍の兵糧をすべて奪取した。


 兵たちは、大量の木材を抱えてきていた。それで進むのに時間がかかっていた。

 持ってきた杭を打ち、横木を縛り付けて、防護柵をあっという間に立てた。そして、その前に石油をまいて、火の壁もつくる。

 ゴツトツ国軍は、こちら側と背後の二つの防護の壁に挟まれた形になった。山へ逃げようにも、そこには獣人族が待っている。


 背後の防護柵を突破しようと兵を進めると、こちら側から防護壁を開いて兵を送る。

 こちらの兵に向かってくると、再び防護壁の中に逃げ込む。イタチごっこだ。

 ひたすらそれを繰り返す。その中で少しずつ、そして確実にゴツトツ国軍の兵が削られていく。


 翌日も同じ戦いが繰り返された。火の壁ができると何もできない。遠くから矢を射るだけだが、その矢も尽きかけてきた。

 さらに食料はない。水もそれぞれの水筒の分だけだ。


「心を折るのだ」

 ファビウス将軍の言葉が思い出された。

 頼みの綱のはずだった補充兵が加わっても何もできない。

 武器も尽きてきた。食料も水もない。

 そして、どんなに攻めても状況はまったく変わらない。いつ終わるのか、あとどれくらい戦えばいいのか。兵士は不安に押しつぶされそうになる。


 そして、兵士たちの心が折れた。

 

 その翌日に、降伏の使者が来た。完全勝利だった。

 ファビウス将軍の言ったとおり、3日での終結だった。


******


 それから兵を編成し直した。カンさんの率いた軍を、何人かの参謀で分けて、捕虜の移送にあたらせた。そのほか15000の兵でゴツトツ国の王都をめざす。


 ゴツトツ国内でのアルブレヒト辺境伯の名声は高い。それぞれの地域の守備兵も、辺境伯が来たというだけで降伏した。王都まで、ほとんど戦うこともなく進軍できた。


「人質救出のときに、ここに来たね」

 僕は、カンさんに声をかけた。あのゴツトツ国軍を行軍を見た宿場町だ。そんなに時間は経っていないのに、あのときとはまったく立場が違う。

 若者たちの歓声で見送られた軍は、今は捕虜収容所だ。


 そしてファビウス将軍が言った10日目にゴツトツ国の王城の前に来た。

 ここでの籠城戦かとも思ったが、王族は隣国に逃げ出していた。王城の城門は、抵抗もなく開かれた。


 終わってみればあっけないものだった。


 王族が逃げた隣国ルーサンは、ゴツトツ国の同盟国だった。しかし、それは力で無理矢理従わせていただけだったから、ルーサン国の王家、国民は、ゴツトツ国王には恨みもあった。

 問い合わせる使者を出したが、知らないという返事だ。おそらく、密かに処刑されたのだろう。


******


 ゴツトツ国王都を落とした翌日に、教会からの使者がやってきた。イレーネ卿をはじめとした5人の枢機卿だ。

 ゴツトツ国王城内で、その教会の使者、ファビウス将軍、そしてゴツトツ国の教会の聖座で会談がもたれた。


 後からソーゲン師から聞いたのは、今後はゴツトツ国の教会が治めるということだった。

 ゴツトツ国の宗教は、ヴェステンランドと同じ女神を信仰している。微妙な違いはあるが、大きな違いはない。ヴェステンランドの教会とは考えも近く、交流があった。

 国を治めるには新たな象徴が必要だ。しかし、それにふさわしい有力な貴族もいない。

 そこで、教会の力を使うことにした。元々国民の支持も王よりもあった。


 会談が終わり、ゴツトツ国は、聖アンナ国と国号を変えた。聖アンナは、主神である女神の名で、すべての母とも言われている。

 教会の聖座が最高指導者となり、10人の枢機卿、10人の有力貴族による合議制により政治を執り行う。この枢機卿の1人にはヴェステンランドの枢機卿が就く。有力貴族には、全員を親ヴェステンランドの貴族だけを選んだ。


 体裁としては独立国家だが、実際にはヴェステンランドの傀儡のような政体となった。

「この方面の平和を維持するためだ」

 ソーゲン師はそう言う。


 これで、ゴツトツ国がこの世界の歴史から消えた。


*****


 ファビウス将軍、ソーゲン師は、戦争が始まる前から、勝利した後にゴツトツ国をどのように治めるのか、それまでを準備していた。

 新しい国造りを、教会にまかせようと考え、そのためにヴェステンランドの教会にも根回しをしていた。


 捕虜収容所の収容人員も、ぴったりだった。

 開戦から終戦までの日数もだ。


 双方の犠牲者も、この規模の戦争としては非常に少なかった。


 敵兵を捕虜としたのも、新しい国造りには人手が必要だからだった。

 そして、恨みを残したままにしてはいけない。

 捕虜収容所の扱いもよく、すべてゴツトツ国王の身勝手から始まった戦争であることなどを伝えて、捕虜たちを洗脳もしてしまった。


 すべては、2人の手のひらの上で転がされていたのだ。


 これで、この地の平和が戻った。

 もう大量の軍を駐留させる必要もないだろう。


 しばらくは、この地の領主として戦後処理にあたらなければならない。ピルモント子爵の屋敷を接収して拠点とした。

 戦死した兵士の家族への保障も必要だ。

 捕虜の食料の手配、収容所の運営のサポートもある。

 そのため4貴族の使用人から優秀な者を集めて、対応させることにした。


*****


 確か、この地の任務は1週間ほどのはずだったが、もう3カ月ほど経っていた。

 屋敷の執務室で、たくさんの書類にサインをしていたときのことだった。


「よく働いてくれたな」

 部屋の隅から、あの老人が現れた。シャテーが主というあの老人だ。


「いえ、驚くことばかりで、僕も勉強になりました」

「そうか……。それで、また頼みがあって来たのだ」

 またか……と思うが、僕には断ることはできないだろう。それに、老人の頼みというのは、必要なことでもある。それは十分承知している。


「そのためには、まずメサリーナのことを話さなければならない……」

「王女殿下ですか?」

「そうじゃ。それは……」

 老人は、王女のことを話し始めた。それは……、王女の真実の姿だった。

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