捕虜
「よう、来たな」
クリスティアンは、笑顔で手を挙げて、僕を歓迎してくれた。まるで遊びに来た友人を迎えるような感じだ。
北の戦場には、緊迫感はほとんどない。さすがに戦いに慣れているシュパイエル辺境伯軍だ。
ただ、クリスティアンのいる北の本陣から300メートルのところで戦闘が行われているのが見える。バチバチと剣があたる音と、グフッという斬られたうめき声が聞こえてくる。それなのに、この余裕だ。
戦場は、両側を高い崖に挟まれた街道から広い草原へと出るところだった。街道の幅は3メートルもない。そこにゴツトツ兵を押し込めている。たとえ30000の兵がいたとしても戦えるのは、一番先頭の10名足らずだろう。あとは後に長い行列になっているだけで何もできない。
こちら側は広いので、クリスティアンの兵は50人程で出てくる敵を取り囲む。そして順番にゴツトツ兵に対処していた。疲れたら次の組と変わるだけ。余裕をもって対していた。
「一人で10人倒せば、10000人だよ」
クリスティアンは笑いながら言う。
「でもね。誰も殺さない。ケガのまま後にいってくれたほうが、その介抱でまた人手がとられて兵力が落ちるからね」
時折、後の方から矢を射かけてくるが、それもシュパイエル兵にたたき落とされる。
しびれを切らした後方のゴツトツ兵が、山を抜けてこちらの背後に回ろうとするが、そこには獣人族が待っている。その兵は蟻地獄に落ちた蟻のようなものだ。
狼族が藪から突然現れて斬り、そして藪の中に消えてしまう。追いかけても追いつかない。神出鬼没。そして圧倒的な強さがある熊族。山中では、どんなに人数がいても獣人族にはかなわない。
そして獣人族も、決して兵を殺さない。腕の1本ほど落として、足のアキレス腱を切って、そして恐怖をしっかり植え付けてから返してやる。これで、山に入ろうという兵はいなくなるし、ケガ人の介抱でまた人がとられるのだ。
「うまくいったな」
ソーゲン師は言う。
ゴツトツ国のスパイを利用した。北には1000の兵士しか配置しないことが伝えて、ゴツトツ国に大量に兵を投入させる。そう仕組んだ。その結果、中央の兵が減り、20000以上の兵が、ただ立っているだけになっている。
地の利、人の利を熟知した作戦だ。
僕は、戦場は初めてだが、ファビウス将軍、ソーゲン師の指揮官としての奥深さを知り、自分の浅はかさを改めて感じさせられてしまった。
*******
「そろそろかな」
ソーゲン師が、クリスティアンに声をかけた。
「準備はできています」
「うむ。タク、兵を引かせる。それをゴツトツ兵が追ってくるだろうから、そのときに、あの目印に火魔法を放て。味方にはあてるなよ」
「わかりました。やってみます」
クリスティアンが合図を送った。ゴーンと引き上げの銅鑼が鳴らされた。
最前線で戦っていた50名の兵が、振り向いてこちらに走り出す。
ゴツトツ兵が、慌てて追いかける。前が空いたのを見て、さらに多くの兵が出ようとした。
ਪਵਿੱਤਰ ਆਤਮਾ ਦੇ ਨਾਮ ਵਿੱਚ ਮੈਨੂੰ ਅੱਗ ਦੀ ਸ਼ਕਤੀ ਦਿਓ
僕は呪文を唱えて、ファイヤーボールを目印に向かって放つ。
ファイヤーボールが目印に当たった途端、大きな火柱が立ち上がり、その火があっという間に左右に広がり、ゴツトツ兵を取り囲んだ。そこには石油がまかれていたのだ。
そして、山の方でも火の手があがった。ものすごい勢いで燃えている。
「これで、ゴツトツ兵30000は終わりだ」
ソーゲン師は言う。後方にいる30000の兵も火に取り囲まれたのだ。山の木々が勢いよく燃えている。兵を取り囲んで。その火がじわじわと兵のいるところへ迫り、すべてを焼き尽くすのだ。
遠くから悲鳴が聞こえてくる。
「これで、間違いなく天国へは行けないな」
ソーゲン師がポツリと言った。惨い話だが、戦争ではしょうがない。僕には何もできない。ところが……。
「それで、タク……、どうする?」
「どういうことですか?」
「彼等を助けるかどうかだ。降伏を迫ることもできるぞ」
「助けてもいいんですか?」
「ここで一番の高位は、子爵のお前だ。お前がそうしたいのならできる」
「でも、助けてしまったら……」
「そりゃ心配だろう……。それでもどうするか? 考えろ。それがお前の仕事だ。考えて失敗してもいい。そして判断できなければまわりを頼れ」
ソーゲン師からそう言われて覚悟を決めた。
「クリスティアン。可能ですか?」
「武器を捨てさせれば可能です」
クリスティアンも今は敬語だ。とりあえず立場に準じて話すのだ。
「降伏した後はどうするのですか」
「武器さえもっていなければ、1000人で制圧できます。1人の武器をもった兵が、30人の捕虜を見るだけですから。30人で襲いかかられても、武器をもったうちの兵なら簡単に制圧できます」
「そうなんですね。わかりました。降伏を促しましょう」
指示を受けて、シュパイエル兵が火の壁に近づいて叫んだ。
「武器を捨てて投降すれば、命は助ける。繰り返す。武器を捨てて投降すれば、命は助ける。後まで伝えろ」
シュパイエル兵は大声で、何度も繰り返した。
すると火の壁の向こうで手を振っている。武器も手にしていない。投降するのだ。
「あそこの火を消せ」
命令を受けた魔法兵の何人かが、水魔法、氷魔法で、5mほどの通り道を作った。
ゴツトツ兵は、武器をその場に捨てて走ってきた。崖に挟まれた街道からもドンドン出てくる。ケガをした兵を運んでいる者もいる。30000人といってもフルに戦えるのは、もっと少ない。
シュパイエル兵は火の壁の出口で、武器をもっていないことを確認して通していた。
「こんなに来ても本当に大丈夫なんですか」
それでも、30000という人数の兵を見て、少しビビってきた。
「ああ、大丈夫だ。もう戦意はない。一度戦意がなくなったら、もう戦えないものだよ」
クリスティアンが言う。確かにそうだろう。せっかく助かった命だ。ここで武器をとって殺されたら元も子もない。
火から逃れるために全力で走ってきて疲れ切ったのだろう。広い野原の地面に座り込んでいる。ケガをした兵を介抱している者もいる。どう見ても、もう戦えない。
改めて30000の兵を見ると、やはりすごい人数だ。日本武道館2つ分。これをどうするのだろうか。
「タク、お前の氷魔法で、あの捕虜の周りに壁を作れるか?」
「一度には難しいですが、何度かやれば……」
「それなら、我々も協力します」
魔法兵がそう言ってくれた。
魔法兵全員が手をつないで、端の一人が僕の肩に手を置いた。
「こうするとそれぞれの魔力を送ることができるのです」
ਪਵਿੱਤਰ ਆਤਮਾ ਦੇ ਨਾਮ ਤੇ, ਮੈਨੂੰ ਬਰਫ਼ ਦੀ ਸ਼ਕਤੀ ਦਿਓ.
呪文を唱える。肩の手を通して魔法兵の大量の魔力が流れ込んでくるのがわかる。
これならできる……。僕は、さらに呪文を重ねていく。
ズン、ズン、ズン。大きな音を立てて、高さが5メートルくらいの氷の壁が捕虜の周囲にできた。
まさか、これほどとは。自分でもビックリするくらいの壁ができた。魔法兵の魔力量もすごかったのだろう。
「これでしばらく大丈夫だな」
ソーゲン師は、氷の壁を見上げる。
捕虜は、翌日にはアルブレヒト辺境伯軍が来て、廃城を修復して作られた捕虜収容所へと連れていくという。ソーゲン師は、それの連絡と手配をする。
クリスティアンの言うとおり、戦意をなくした捕虜は言われるままだ。
「ゴツトツ国は、王の恐怖で兵を縛っていたから、元から忠誠心はなかったんだ。いやいや来ていた兵も多いと思うよ」
そう、クリスティアンが補足してくれた。
捕虜収容所が、すでに作られていたことには驚かされた。それも30000人の兵を収容できる収容所だ。捕虜ができることが、前提となっていたのだ。
僕が捕虜にする判断をすると、ソーゲン師は想定していたのだろう。それも戦いが始まるずっと前に……。
そこまでを想定していたとはファビウス将軍とソーゲン師の慧眼には、すさまじいものを感じる。結局は、僕も2人の手のひらの上だったのだ。
もしかして、戦争の終結までを描いているのでは……。そうも思えてきた。
将棋の何十手先を読むようなものだろうか。
*****
本陣に戻った僕たちはファビウス将軍に報告をした。
「うむ」
将軍は、ただうなずいただけだ。30000人を捕虜にしたのに驚きも、喜びもしない。予定通りなのだ。
もう日が暮れる。この世界では夜は戦わない。同士討ちの可能性もある。ゴツトツ兵は撤収していった。
その日の王国の犠牲者はゼロだった。
「可能な限り犠牲者を出さないように最善をつくす」
開戦時にソーゲン師が言われた言葉を思い出していた。
その日の夜に、ゴツトツ国による夜襲があったが、これも難なく撃退した。
「来ると知っていたんですか?」
「知らなかったけど、100%夜襲があることは確信していたよ」
ソーゲン師は、当たり前のように言う。
「さて、残った25000は、ゴツトツ国の中でも最高の精鋭だ。そう簡単に勝たせてはくれないぞ」
翌日は、防壁のあちこちで小さな戦闘があっただけだった。しかし、王国の兵にも100人程の重傷者がでた。そう簡単ではない、ソーゲン師の言うとおりだ。
ゴツトツ軍は、10000程の兵を補充するとの情報も届いた。
「ここを、ごり押しで突破するのだろう」
そう予想されている。
確かに、ここを突破されると王国軍は崩壊する。
補充兵を待たずに攻めるということも考えられるが、様子を見ると言う。
30000人の捕虜を見たときに思った。彼等全員が死んだらどうなるのだろうと。
これから補充兵を含めた35000人と25000人が激突する。
今度は、犠牲者無しではすまないだろう。
また恐ろしさがぶり返してきた。
ブラウザで翻訳ができる方は、翻訳してみてください。呪文の意味がわかります。




