緒戦
Lの予想したとおり、1カ月でゴツトツ国からの使者が来た。
この休戦協定は、国と国の協定と言うより、ゴツトツ国と王女の協定だ。だから今は僕のところに来る。
使者が持ってきた書状には次のように書かれていた。
「休戦協定を破棄する」
その下に、いろいろと理由が書いてあった。「本来協定を結んだ4貴族が転置になった」「ゴツトツ国に批判的な新領主になった」など、責任はすべてこちらだということが、延々と書かれていた。どれもとってつけたような理由だ。
休戦協定が廃棄されたからといって、その日に攻め込んでくることはない。少なくとも1週間は猶予がある。それがこの世界のしきたりだという。
といっても、ゴツトツ国は時間をかけて戦争の準備をしてきている。1週間ぐらいでは何もできないだろう、そう思って甘く見ているのだ。
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それからきっかり1週間でゴツトツ国軍が国境に迫った。
ゴツトツ国軍の陸戦部隊は、この世界で最強とも言われている。ただし、それはイノシシのようなもので、突っ込んでくるだけだ。アルブレヒト辺境伯様は、それを軽くいなして勝利を上げていた。闘牛士が牛をさばくように。
しかし、それも1000人程度の兵士による小競り合いのようなものだ。55000の兵をいなせるのか?
侵攻は、3つの経路が想定されている。街道がある中央、北、南の3つだ。国境には、小さな山が連なっている。それほど高くはないが、大軍で乗り越えるのは、時間もかかる。大軍を一気に投入して力押しするゴツトツ国軍にとって、街道を通るの正攻法だ。
それで軍を3つにわけた。比較的平坦で大軍を動かしやすい中央に10000を配する。そして最も地形が険しい北を、クリスティアンが率いるシュパイエル辺境伯軍1000。遠回りになる南をカンさんが率いる4貴族の残した5000。
アルブレヒト辺境伯軍5000は中央に配置して、遊軍として自由に動く。
そして、駆けつけてくれたヴァイスが率いる魔法兵、獣人族の兵は、それぞれの部隊に分けて配置された。
獣人族は、それぞれが卓越した能力がある。例えば、狼族とウサギ族をセットにして各所に配置する。狼族の遠吠えを暗号にしてウサギ族がそれをキャッチして伝える。無線通信のようなものだ。猫族、狼族は、森や山を駆け抜けて背後を脅かすこともできる。
熊族の攻撃力は、ゴツトツ国でも長く語り継がれている。その存在そのものが脅威だ。
クリスティアンは、僕が冤罪で逮捕されたときに獣人族と共闘してくれたので、彼等の特性も熟知しており、お互いを信頼し合ってもいる。
僕は、ファビウス将軍、ソーゲン師、そのほかの参謀と一緒に本陣にいることになった。
ニールス・フォクトマンとデニス・バグナーの二人も兵としての出陣を希望したが、若いということで、僕の側で伝令の任務を授けた。
この戦場となる地は、平坦で守りにくい。そこで急遽、防壁を築いた。
1月前から、煉瓦を焼き、領内の廃城、廃砦の城壁の石を集めておいた。1週間前に、それを組み上げ、高さ3メートル、全長2キロの防壁をつくった。
低いようだが、上から槍で突き、矢を射かけ、石を落とすことができるので、守るには十分だった。
そしてその前には、落とし穴を掘り、カルトロップ(大きめの撒菱)をばらまいた。
そして防壁の前に、20程度の砦を設けた。守るに固く、防壁や他の砦を攻撃すれば、背後を襲える。
この布陣は、猪突猛進のゴツトツ国軍は幅の広い中央をゴリ押ししてくる、そう読んでいたからだった。
しかし、それは大きくはずれる。
ゴツトツ国軍は、中央に25000、北に30000を配して、南は0だった。
クリスティアンが危ない。
「すぐに南の兵を北に送った方がよいのではないでしょうか」
僕は、ファビウス将軍に進言した。
「心配するな。大丈夫だ」
「しかし……」
「あのシュパイエル辺境伯軍だぞ。1000でも多いくらいだ。それに策も授けてある」
ソーゲン師が僕を気遣ってくれる。それでも30000だ。いったいどうやって?
僕の疑問をよそに、ファビウス将軍もソーゲン師も動じてはいない。あたかも予想通りだと言わんばかりだ。
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中央のゴツトツ国軍25000が、一気に迫ってきた。
ピリピリとした空気が、後方の本陣まで伝わってくる。初陣となるニールスとデニスも、緊張で武者震いをしている。
反乱軍が僕たちの街オストールに迫ったときも、ピリピリした空気に包まれたが、それとは比較にならない。
口の中が乾く。誰も、何も話さない。
ウオーッ!!!!!
戦端が開かれたようだ。兵士の雄叫びが聞こえてくる。
想定した戦闘では、まず敵軍が砦を攻略していく。
桶狭間の戦いでも、今川軍が織田軍の散らばった砦を攻略している間に、その背後の今川義元の本陣を急襲して成功した。
今回は敵の背後を急襲するということはできないが、最初に砦を攻略されるのは想定のうちなのだ。
その砦攻略軍の背後を他の砦の兵が攻めて、敵の兵力を削るのが定跡なのだ。
ところが、届くのは砦が落とされたという敗戦の報ばかりだ。もう3つの砦が落ちた。
「兵士は、兵士は無事ですか」
僕は伝令に聞いた。
「うろたえるでない」
ファビウス将軍は言う。
「たとえ24900人の兵を殺されても、55000人の兵を殺せばこちらが勝ちだ。それが戦争というものだ」
「しかし、兵には家族も……」
「お前は、誰も死なないで勝てるとでも思っていたのか!」
一喝される。確かにそうだ。しかし……。
「タク……、戦争では犠牲者が出るのは避けられない。我々は、犠牲者が出ることを覚悟して命令を出すのだ。そしてお前は、すでにそういう立場なのだ。きれいごとを言える立場ではないんだ」
ソーゲン師はそう言うが…………。僕は何も言えない。
「国を守るために死んでくれ、そういう命令をお前は出せるのか?」
「僕にはできません……」
「兵として戦場に行け、というのはそういう命令なのだ。その命令を出すのを、あのクズ貴族に任せられるか?」
「…………、それはダメです。あいつらは領民を虫けらのように思っている」
「そうだろう。でも、目の前に敵が迫っている。だから誰かが命令を出さなければならない。そういうときは、お前が命令を出すしかない。そしてその命令で、誰かが死ぬ。自国の兵士かもしれない。敵の兵士かもしれない。命令が遅れると国民が死ぬ。それを自覚し、覚悟しろということをファビウスは言いたいのだ。口下手だからな。こいつは……」
また伝令が来た。
「現在、軽傷者が13名です」
「ふむ……」
「13名?」
「そうだ……。何か?」
「でも、砦が落ちているんですよね……」
「そうだが」
「それで軽傷者が13名なのですか?」
「そうだ……」
僕はわけがわからない。
「戦場へ行けという命令は出さなければならない。でも、可能な限り犠牲者を出さないように最善をつくすのだ。それが将軍の役目、軍師の役目なのだ。その結果が軽傷者13名なのだ」
ソーゲン師の言葉にファビウス将軍は苦笑いをしている。
「最前線の砦は、すべて逃げるための抜け道を用意してあったんだ」
ドーンと音がして煙が上がった。砦のある方角だ。
「引っかかったな。タクが用意してくれたものが効いたようだ」
最初の3つの砦には、兵を配置していた。攻められてヤバくなったら抜け道から脱出する。逃げるまでの攻撃で、かなりの兵を削れた。重傷者が50人出れば、救助、運搬で100人以上の戦力が削がれる。
4つめからは、罠が仕掛けられていた。最初の3つに抜け道があることがわかると、次から抜け道を塞いでから攻撃してきた。しかし、砦に立っているのは案山子だ。離れたところから魔法兵が風魔法で動いているように見せた。
そして砦に突入しようとして、落とし穴、落石、様々な罠で、また兵が削られる。
トドメが、タクが用意した石油だった。砦中にまき散らされていて、突入した直後に魔法兵が火魔法を放つ。砦全体が火に包まれた。
石油は、アルブレヒト辺境伯の新領で僕が発見したものだ。それを汲み上げて、そのままでは使いにくいので、焼酎の蒸留所で精製した。ガソリン、軽油、重油のように細かな精製はできないが、よく燃える部分を分留できた。おかげで蒸留施設の一つが使えなくなってしまったが、しょうがない。すべて1カ月前にLから伝えてもらっていたことだ。
そうしてできた石油20樽を送ってもらった。翌週にはまだ送ってくる予定だ。
砦の罠は、それだけではない。予想外の罠で砦を落とすたびにゴツトツ国の多くの兵が削られていった。
これがファビウス将軍得意の、守りながら敵の戦力を削る作戦だ。
ゴツトツ軍は、疑心暗鬼に陥る。そのうち砦は放置されるようにもなった。これも将軍のねらいでもあった。
砦をパスして、防壁に近づくが、いくつもの罠で攻めあぐねている。次に何があるのか、多くの兵が前に出たがらない。右往左往する兵士。
それはファビウス将軍の手のひらの上で弄ばれているようにも見えた。
「戦争というのは、欺し合いなのだよ」
遠くの戦場を見つめて、ファビウス将軍は言う。
本陣には、北から、南から伝令が来る。
その1つを聞いて、ファビウス将軍から僕に指令が出た。
「タクは、魔法兵と北へ行ってくれ。その2人の若者も連れていってやれ」
「何かあったのですか?」
「心配はいらない。魔法兵が必要になったのだ」
「わしも行く!」
ソーゲン師が、ニールスの馬の後ろに乗った。
北で、何があったのか。クリスティアンは無事なのか。
とにかく急ごう。
僕たちは馬を走らせる。




