美少女とクズ親父
最近幸福を感じる一つの理由が、セシリアだった。
村長の家には作業場があり、僕の他にも何人もの村人が働いていた。
セシリアもそのひとりで、年は僕と同じくらい、金髪で薄く青い瞳の美しい少女だ。
こっそりと鑑定でステータスを見た。
いくつもの一般スキルを持っているが、特筆できるのは〈料理 A〉と〈掃除 B〉だ。力仕事はだめなようだが、この2つはすごい。
でも、セシリアの父親は、どうしようもないクズらしい。働かないでお酒を飲み、ギャンブルにあけくれる。セシリアの給料を村長さんに直接もらいに来て、追い返されてもいた。日本のドラマの中で描かれているようなクズの父親の典型だった。
ときどき、頬が赤く腫れているときもあった。
夜中に酒がなくなり、殴られたそうだ。
コンビニなんてないから、夜中に買いに行くわけにもいかない。
それがわからない、クズ親父だ。
母親は、ずっと昔に亡くなったそうで、そのクズの父親と二人で暮らしている。
そのセシリアの存在に、僕は癒やされていた。
見た目だけでなく、僕を気遣った言葉をかけてくれる。
重い荷物を運んでへたりこんでいる僕に、冷たい水をコップに入れて駆けてきてくれたこともあった。
ちょっとした失敗で落ち込んでいるときには、「どんまいよ」と励ましてくれる。
いつもまわりの人たちのことばかりを考えている。そんな彼女をすばらしいと思った。
そしてなんとか助けてやりたいとも思った。
*****
ところが、ある日のことだった。
朝、セシリアに挨拶しても、返事がない。いつもは元気な声で返してくれるのに。
心なしか、元気がなさそうだ。よく見ると目の周りが赤くなっている。
セシリアは村長さんと何やら話をしている。
ヨネさんが、困った表情で僕の所に来た。
「どうやら、セシリアは父親の借金で売られるらしい」
「売られる?」
「そう」
「売られるって、どこに?」
「たぶん、街の娼館……」
そう言ってため息をついた。
(売られる?娼館?)
僕の頭の中で、その言葉がグルグルと回る。
「何とかならないんですか?」
「こればっかりは……」
ヨネさんは頭を振るだけだ。
僕は、セシリアと村長さんのところへいった。
「借金って、いくら?」
「言っても無理だから……」
「でも……」
「百万くらいらしい。それくらは私にも貸せるが、そうするとあの父親ならまた借金をするだろう……。それがわかっているから……」
「それなら、僕に貸してください」
「タクに?それでも同じだろう」
「いや、そのお金で僕がセシリアを買うんです」
「君が買う?」
「ええ、セシリアがいるから相手は金を貸したんでしょう。セシリアを僕に売ってしまえば、もう借金の形になるものはないから、金は借りられないでしょう」
「確かにそうだけど……」
「村長さんに借りたお金は僕が全力で働いてお返しします」
「私からもお願い」
ヨネさんも一緒に頼んでくれた。
「わかった。ただし、タクがセシリアを買うというのはダメだ。私が買おう。いったんセシリアを父親から奴隷として買う。そして折りを見て奴隷から解放しよう。確かに私の奴隷になってしまえば、もう借金の形にはできない」
(奴隷制度ってあるんですか?)
こっそりとヨネさんに聞いた。
「ええ、ただし、認められているのは2つで、犯罪を犯した者の犯罪奴隷と借金が返せない者の借金奴隷。それぞれ期間を定めて奴隷とされるの。それ以外は違法よ。ジルベールが、セシリアに金を貸したことにして、それでセシリアを借金奴隷にするの。そうすれば合法よ」
「なるほど、そうなんですね」
セシリアが奴隷、という表現には抵抗も感じるが、村長なら大丈夫だろう。
「私は、売られなくていいんですか……。ここにいてもいいんですか……」
「ああ、私にまかせなさい。今から君の父親のところへ行ってくる」
泣きじゃくっているセシリアの肩をヨネさんが優しく抱いた。
「もう泣かなくてもいいのよ」
「いえ……、悲しいんじゃなくて……、うれしくて……」
そんなセシリアを見て、僕ももらい泣きしてしまった。
村長は、無事に父親と話をつけ、その足で街へ行き、借金を理由にして役所でセシリアの奴隷登録をしてきた。これで父親も手をだせない。
*****
これで平穏になるかと思っていた。
それから数日後に、十人程の男たちが押しかけてきた。どう見ても真っ当な連中ではない。
鑑定で見ると暴力系のスキルばかりだ。〈殺人 E〉なんてのもいる。本当にクズばかりだ。
(やばそうだな)
「村長を出せ!」
大声でわめき散らす。
「何の用だ!」
「娘を出せ。あいつは借金の形だ」
「いや、借金は返したんだろう」
「返さずに逃げたんだ」
「ええっ!」
僕たちも驚いた。まさかだ。あの親父は、想像のはるか上を行くクズだった。
「だから娘を出すんだ」
「いや、すでに奴隷登録もしてあるから無理だ」
「奴隷登録をした?」
「ああ、役所の証明もある。なんなら役所に問い合わせてみろ」
男たちの後ろから、一人の男が前に出てきた。
「そうすると父親から回収するしかないけど、もう金はないでしょうね。その場合は命で払ってもらうしかないか……」
「そんなことするわけないだろう。殺しても1円にもならない。それより父親を借金奴隷として売った方が得だろう」
「いやいや、借金を踏み倒して無事でいられると真似する奴がでてくるからね。ここでしっかりと見せしめになってもらったほうが得なんだよ」
「そっ、それなら……、やはり私が行きます」
セシリアが涙ながらで言う。クズでも、やはり父親だ。
「ダメだ。君はもう私の奴隷だから、勝手にはできない」
「ど、どうすれば……」
「あのお……」
僕は、意を決して前に出た。
「何だお前は」
思いっきり威嚇される。
「その方と、二人で話ができれば……」
「何を言ってるんだ」
「いや、かまわない。で、なんだ話は」
「できれば二人で……」
その男は、歩き出した。ついてこいということらしい。後を追いかける。
家の外の大きな木の下まできた。
「それでなんだ?」
「あの、僕は召喚者なんです。違う世界からの……」
「何!」
驚いた顔で僕を見る。視線は頭から足下へ。品定めをしているように。
「だから、内緒でお願いします。僕は、この世界と違う世界の知識があります。今回のは貸しにしませんか。きっと役に立てることがあります」
男は、しばらく考えている。
「そんなことを話して、俺たちに食い物にされるとは思わなかったのか?」
「あなたが、そんな人ではないことがわかりましたので」
「鑑定か?」
僕はうなずいた。
〈鑑定〉で、この男を見ると、暴力的なスキルはない。〈交渉 B〉〈商売 B〉と出ている。話は通じるし、利に聡いようだ。セシリアを娼館に売るよりも大きい利益があれば、話にのるだろう。不安もあったが、そういう勝算もあった。
「よし、わかった。それで手を打とう」
「ただし、あなたのために働くのは1回だけですよ」
「3回だ」
僕は、ちょっと考えた。3回くらいなら、まあ大丈夫だろう。
「わかりました。それでは3回で」
「俺はクレバーだ」
男は笑って、手を差し出してきた。
〈真実の目〉を使うと、青く光っている。嘘はない。
「僕はタクです」
とクレバーの手を握り返した。
みなのところへ戻る。
「よし、話はついた。みんな帰るぞ」
「娘は?」
「いらない」
「金は?」
「いらない」
「それじゃあ……」
「もっと良いものを手に入れた。これで十分だ」
クレバーは振り向いて
「お前の親父の命も助けてやる。見つけて俺の借金奴隷にして、しばらくお前に貸してやる。借金を返せるまで、こきつかいな」
とセシリアに告げた。
セシリアは、涙目で、深く頭を下げた。
クレバーは、それを見て大声で笑いながら手下を引き連れて帰っていった。
(やはり、実はいいやつだったんだな)
「いったい何を話したんだ」
村長さんとヨネさんが声をそろえて言う。
「いや、ちょっと取引を……」
「何の?」
「それはまだ言えないけど。安心して、絶対に悪い人じゃないから」
「いや、悪い奴らだぞ」
「タクが絶対というなら、大丈夫よ。信じましょう」
ヨネさんは、僕のスキルを知っている。だから信じられると思ったのだろう。村長さんも不審そうな顔だけど、とりあえず認めてくれたようだった。
*****
しばらくしてクレバーがセシリアの父親であるギブルを連れてきた。
首には隷属の首輪をつけている。これをつけていると主人には絶対の服従をすることになるらしい。
今の主人はクレバーだが、セシリアへその権利を移すという。
「村長さんの言うことを聞いて働きなさい」
セシリアは、うれしそうに命令をする。
「はい……」
ギブルは、不満そうだが、言うことを聞かざるを得ない。
畑に出て働くギブルを、セシリアはうれしそうに眺めている。
(本当によかった)
そのセシリアの姿に、異世界に来て一番の幸福を感じていた。