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浴場の王女

 王女が来る前に、打ち合わせのためにルイーゼさんがやってきた。相変わらず姿勢がいい。そして美人だ。

「お久しぶりですね」

「どうして王女殿下が……」

「詳しいところは直接お話ししたいとのことです」

 またか……。いったいなんだろう。

「それで馬車は護衛も含めて20台です。王女殿下のお泊まりは、この建物で結構でしょう。寝具は、すべてこちらで用意します。ベッドだけをご用意ください。護衛の配置は……」

 淡々と説明して、淡々と進めていく。やはり優秀だ。


「それと領民にも伝えて、たくさんの人が集まるようにしてください。いつも、聖女としてのアピールはかかせませんので……」

 いやはや……、やはり王女らしい……。


******


 建設中だった新しい施設は、大きなお風呂だ。スーパー銭湯をイメージしたが、まだそこまではできていない。男女とも大きな湯船を二つずつ用意して、脱衣所までをつくった。そのほかはこれからだ。

 温泉を探したが、見つけたのはかなり離れたところだった。石炭が潤沢にあるのだから、それで湯を沸かすことにしたのだ。


 それは、王女の訪問の直前に完成した。

 ちょうど王女が来るのだから、一番風呂に入ってもらうことにした。聖女だから、PRにもなる。


 王女の訪問日。王女専用の馬車を連ねてやってきた。どう見ても20台以上はあるぞ。


 僕は、セシリア、アルブレヒト辺境伯様と奥方、ベルンハルトと並んでお待ちしていた。王女ファンのセシリアの目は、もうウルウルだ。


「タク兄様あああ」

 先頭の馬車の窓から、アナとグレタが顔を出して手を振ってきた。シシィもいるようだ。

「えっ、なんで?」

 3人が馬車から飛び降りてきて僕に飛びついてきた。

「メサリーナお姉様が行くって言うからついてきたの」

 アナとグレタがピッタリと声を揃えて言う。


「どこのご令嬢ですかな?」

 辺境伯様が聞いてきた。

「カッツェンシュタイン公のお嬢様です。以前、勉強を教えたりもしましたので……」

「セシリアお姉様に、おやつを作ってもらったの」

 またピッタリと声をそろえる。本当に天使だ。久しぶりに癒やされる。


 そして、ひときわ豪華な王女を乗せた馬車が到着した。馬車の扉の両側に近衛兵が並ぶ。

 カチャリと音がして馬車のドアが開けられ、王女が顔を出す。

「おおお!」

 見物に来ていた千人以上の領民から、ひときわ大きな歓声があがった。

 今日の王女は、真っ白なドレスの聖女スタイルだ。ほとんどの男は、うっとりと見惚れている。その本性も知らずに。

 見物の領民に軽く手を振った後、ゆっくりと僕たちのほうに歩いてきた。


「こたびは大変でしたね」

 まず、王女が辺境伯様に声をかけた。

「お言葉、痛み入ります」

 辺境伯様が頭を下げる。

「それにも関わらず、新しい領地を見事に治めたと聞き、感服しておりますのよ」

「それは彼の力によるものです」

 王女は僕を見た。

「アルブレヒトの旧領を任されたのですが、うまくいかなくて……。それで何か参考になればと来てみましたの」

「それは、よいお心掛けで。ぜひ、ご覧ください」

 そうして中へと案内される。

「後でな」

 王女は僕の耳元で、そっとささやいた。


 王女は、ジャックポットにもチャレンジして1回でオール1を出した。もちろん、クレバーが用意したイカサマ賽だ。

 でも翌日には「聖女!また奇跡を起こす」のニュースが王国をかけめくるんだろう。これで「聖女様が当選した台」とPRになるのだが、詐欺っぽいので、少し心が痛む。


 一通りの視察を終えて、疲れているというので、できたばかりの浴場へと案内した。

 それで、いったん我々はお役御免のはずだった。


 ところが、ルイーゼさんがやってきて「お呼びです」と言う。

「浴場へですか?」

「はい、それと婚約者様もご一緒にとのことです」

「私も……?」

 セシリアは不思議そうな顔をしているが、憧れの聖女様からのお呼びと喜んでついてきた。


 女性用の浴場の脱衣室まで来た。

「このままで?」

「いえ、まさかお風呂ですので、お脱ぎください」

「二人とも?」

「はい」

 僕とセシリアは顔を見合わせる。

「王女様は……」

「中でお待ちです。普段から近衛兵の前で着替えたりもしておりますから、気にはされません」

 王女という身分だから、小さいときからそうなのだな。

 王女がそういうのだから仕方がない。


「僕の後にいなよ。そうすれば見えないから」

 セシリアは、黙ってうなずいた。

 シュッシュッと衣擦れの音が後から聞こえる。ドキドキする。僕は何も言えずに着ているものを脱いだ。そういえば、僕はセシリアから見られているんだ。前でなくてよかった。

「脱いだわ」

 すぐ後にセシリアが全裸でいる。心臓が爆発しそうだ。

 でも、それどころではない。これから王女様に会う。お風呂で王女に会うのは、ライオンの檻の中で、まさにライオンの口に手を入れようとしているような状況なのだ。


「それじゃあ……」

 僕は浴室の戸を開いた。湯気が立ちこめる中、浴槽に人影が見える。王女だ。

 ゆっくりと歩く。後からヒタヒタとセシリアの足音が聞こえる。


「お呼びですか」

「ああ、これはいいな。大きい風呂というのは初めてだが、気持ちのいいものだ」

「お喜びいただけたようで嬉しく存じます」

「うむ、これと同じものを屋敷にも作れるか?」

「もちろんです。すぐに手配いたします」


 近づいて、目が慣れてくると王女の全身が見えた。やはり大きい。ウエストも細く、スラリとした足が浴槽の中で揺れている。肌は水滴をはじいている。

 女性の裸を生で見たのは初めてだったが、意外とドキドキはしない。王女は完璧すぎるのだ。

 むしろ、後で見えないセシリアのほうが気になって、心の中で”鎮まれ、鎮まれ”と繰り返し唱えていた。


「そなたが婚約者か?」

「はいセシリアと申します」

「うむ。美人だな。タク、大切にしろよ」

「ありがとうございます。もちろん大切にします」


「セシリアは、もう下がってよい。噂を聞いていたので、見てみたかったのだ。タク、お前には話があるから残れ」


 そう言われて、セシリアは出て行くが、ヒタヒタという足音が乱れている。


「前に私が言ったことは覚えているか?」

「殿下のために働くということですか?」

「そうだ」

「もちろんです」

「そうか。アルブレヒトの旧領だが、しばらくそこに行ってくれないか?ご老人には1週間ほどならと許可をいただている」

「承知しました。それで、何をすればよろしいのですか?」

「この地と同じでかまわない。今はまったくの赤字だ。新しい財布になると思ったのに……」

 それが狙いか……。財布としたいから、直接僕に言いたかったのだろう。

「準備ができ次第向かいます」

「あの婚約者も連れていけ。料理が上手いと聞いている。何か金になる名物でも考えさせろ」

「はい」


 王女は、すくっと立ち上がった。全身が丸見えだ。それは完璧なプロポーションで美術の教科書で見た絵画のようでもあった。

 思わず見惚れそうになる。

 そのとき、頭がボーッとしてきて、甘い匂いがしてきた。

 しまった。あのスキルだ。

 全身が、舐め回されているような感じがする。気持ちいい。でも王女は立ったままこちらを見ているだけだ。何もしていない。セシリアを思い浮かべるが、やはり全裸は強烈だ。下半身が反応しそうになってきた。必死にがまんするがダメだ。どうすれば……。


「褒美だ」

 王女がそう言うと、普通に戻った。

「もしかして、お前はヘタレなのか?」

「はい、筋金入りです」

 そう聞かれて即答した。王女は笑う。

「そうか。それで納得した。婚約者ともまだなんだろう」

「はい、その通りです」

 王女は、思い切り笑った。

「お前は、どこかほかの男とは違うと思っていたが……。やっぱりそうか。わかった。もう、下がってよい」


 浴室を出たが、王女はまだ笑っている。そんなおかしいことなのだろうか。


 脱衣所では服を着たセシリアが心配そうな表情で待っていた。

「大丈夫だよ。何もなかったよ。極秘の仕事を依頼されたんだ。ここなら誰にも聞かれないからとね」

 セシリアは、ほっとした表情になった。僕と王女が何かあったのではないかと心配していたのだ。大丈夫だ。僕には、そんな度胸はない。そう言いたいが言えない。


「セシリアのことも褒めてたよ。料理が上手いって聞いたと」

 そう言われて、セシリアの顔がパアッと明るくなった。憧れの人から褒められたのだから、うれしいはずだ。


******


 その日の夜は、辺境伯様の屋敷で晩餐会が開かれた。僕とセシリアも招かれた。

 遅れて公爵様も奥方と到着した。考えるとすごいメンツだ。その中に僕がいる。


「いろいろと頑張ったようだな」

 公爵様に言われて、この地でやってきたことをようやく実感できた。やはり公爵様に言われると嬉しい。


 料理もずいぶんと豪華になった。今の領地の経済状況を反映しているのだ。

 双子とシシィは王女のまわりに座る。これが一番無難でトラブルも起きにくい。

「ブランコ乗ったの」

「シーソーを一緒にしましょう」

 王女はニコニコしながら、話を聞いている。浴場の王女とは別人だ。


「ほう、この料理は?」

 王女がたずねた。

「国境沿いの山に住むヤマドリの肉です。貴重で、年に10羽くらいしか穫れません。その肉を、蜂蜜のソースで焼き上げたものです」

 セシリアが説明した。

「うむ。これほど美味い鳥の料理は初めてだ。うれしく思うぞ」

 そう言われて、セシリアが泣いている。

「期待しているぞ」

 セシリアには、一緒にアルブレヒトの旧領に行くことは伝えてある。

「ご期待にそえるようがんばります」

 王女は、うむとうなずいた。またセシリアが感激して泣く。

 こういうやりとりだけを見ていると、普通の、というか良い王女様だ。


******


 翌日から王女は、塩や石炭の採掘場を視察した。本当はめんどくさくて嫌らしいが、公爵様から促されてしかたなくだった。

 金の採集も実際にやってみた。小さい欠片が数個採れた。もちろん仕込みだ。これは楽しかったらしい。

「もっと採れないのか」

 こういうところに王女らしい一面も見れた。


 1週間ほど滞在してから、公爵様と帰っていった。視察はわずかで、実際には、ほとんど浴場で過ごした。

 もちろん貸し切りだから、開業が少し遅れることになった。それでも聖女様が入った風呂ということで、開業前から話題になっていた。


 それから、2日ほど準備をしてアルブレヒト旧領へ出発した。

 今度は馬に乗ってだ。辺境伯様から極上の馬をお借りした。

 セシリアを後に乗せたのだが、ずっとピッタリくっついているので、しばらくはドキドキが止まらない。

 ニールスとデニスの二人も同行してくれることになった。旧領の地理にも詳しい。


 順調にいくかに思えた。

 しかし、そう簡単にはいかない。クズはどこにでもいるのだから。


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