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クズは権威が好き

 塩や石炭の販売を開始してから、1カ月ほど経った。

 その販売で領地の収入も安定してきた。農作物の税、いわゆる年貢だと時間がかかるが、塩や石炭の販売は早くから収入が入る。


*****


 あるとき辺境伯の兵士からお礼をしたいとセシリアと招待された。

「お礼ってなんだろうね」

 僕が兵士に特別に何かをしたということは記憶にない。

 それでもお礼ということだから、出かけることにした。

 セシリアは、いつものように侍女にしっかりと着飾られた。もうあきらめて、慣れてもきたようだ。


「こんなところで驚いたでしょう」

 招待された場所は街の中でも古びた地域だ。そこの広場にテーブルを並べて食事が用意されていた。

 50人くらいの兵士らしき人と、それより多い女性と子どもがいた。


「ここは、元々は貧民街でした。それだけでなくて犯罪者、ならず者も多く住む暗黒街とも言われていた地域だったんです。それで空き家も多く、安いので私たちが住むようになったんです。私たちは、旧領を飛び出してきたので、そんなにお金もありません。こうしたところしか住めなかったんです」

 兵士の一人が説明してくれた。


「それで……。お礼というのは?」

「前もお話ししたかと思いますが、私たちは主に勝手についてきたんです」

 そういえば、塩の採掘で会った兵士だ。確かにそう言っていたな。

「それにもかかわらず主は給金を出してくれたんです。でも、それは家族を養えるものではありません。それで全員が家族を旧領に置いてきたんです。それが塩と石炭の販売で給金が上がって、家族を呼べるようになりました。これもタク様のおかげです」

 その場にいた全員が、そうだ、そうだとうなずいている。

「でも、それは僕がしたわけでは……」

「いえ、タク様のおかげです」


「旧領の新しい領主はひどいものでした」

 兵士の夫人の一人が言う。追加の税のとりたてがあったり、若い女性を召し上げたりもしたという。だから、若い女性は髪をざん切りにして顔に泥や炭を塗って逃げていたという。

「だから、一日でも早くこの地に来たかったのです」


「私たちは、塩や石炭を発掘する労働者のためのお弁当屋をはじめました」

 もう一人の夫人が言う。その手にあったのはハンバーガーだ。

「セシリア様が考えられたハンバーガーです。これも大好評でした。本当にセシリア様のおかげです」

 この地に来た夫人たちも仕事をしなければいけない。5000人近い兵士だから、夫人もその半数以上の人数になる。独身の兵士は親を連れてきたのもいた。

 全員が何かの仕事に就かなければならない。その多くが飲食店関係だった。お弁当屋を開いた者、露天を始めた者、いろいろだが、そこでセシリアのレシピを使ったという。


「それで、ささやかですがお礼をしたいと思って、今日、来ていただきました」

 僕たちは、そんな大それたことをしたわけではないが、それでも何か役に立ったのならうれしい。


 旧領から来た兵士の家族の約1万人が新たな住民となった。元から比べると倍増だ。

 今日来たのは、ほんの一部だが、そのほとんどが、僕たちに感謝しているという。何か、むずがゆい気持ちだ。


 用意された料理は、決して高価なものではないが、やはり手間がかかって美味しかった。セシリアは、また、その手間暇に感動して、僕にその凄さを説明し続けていた。

 兵士やその家族も、そのセシリアの説明を喜んでいる。セシリアは、また多くの人の心をつかんだ。


 この世界で感じたのは、温かさが満ちているということだった。前の世界には冷たさしかなかった。気温が高くても、人の間に流れているのは冷たさしかなかった。


******


 料理を食べている僕たちを、建物のかげからのぞき込んでいる男の子と女の子がいた。お腹がすいているのだろうか。じっと見ている。

「こっちに来なよ。一緒に食べよう」

 僕は、そう声をかけた。最初は、知らんぷりをしていたが、次第にもじもじしながらも近づいてくる。夫人たちが料理を渡すと、喜んで食べた。


「ああ、この子たちの親はギャンブル狂で、今日も置きっぱなしでギャンブルにいったんでしょうね」

 一人の夫人が教えてくれた。


「まあ、かわいい」

 セシリアが女の子を抱き上げた。この子の母親と自分の父親のギブルに重なったのだろうか。

「セシリア様、お召し物が……」

 それを見てある夫人が言ったが、セシリアは、きょとんとしている。

「お召し物が汚れますが……」

「ああ、洗えばいいですよ」

 セシリアは、まったく意に介さない。抱き上げた女の子に飲み物を飲ませている。


「とっても良い子たちなんです。母親が食事を用意したりしないから、街のゴミ拾いをしたり、私たちの仕事を手伝ったりして、食べ物をもらったりもしているんです」


「ねえタク、この子たちに服を買ってあげない?もう小さくなってピチピチだし、ところどころ破れてもいるの」

「ああ、いいね。この会が終わったら買いにいこうか」

「よろしいんですか?」

 夫人の一人がたずねてきた。

「いいですよ」

「そうしていただけると、私たちもうれしいです。実は、ずっと気になっていたんです」

 助けてあげたい、そう思っても、自分たちも余裕はないのだろう。

 それにしても、この子たちの母親は……。


******


 兵士とその家族たちとの食事を終えて、僕とセシリアは二人の子どもと一緒に服を買う店に行くことにした。といっても、まだこの街にはどんな店があるのか、それもよく知らない。夫人たちからいくつかの店を教えてもらって、宴会場となった広場を離れた。

 兵士たちは、僕たちが見えなくなるまでずっと手を振っていた。本当に気持ちの良い時間だった。


 ところが、まさかのことが起きる。


 最初に紹介してもらった店に入った。その店の入り口には、「アルブレヒト辺境伯様御用達」と書かれた看板があった。ここなら大丈夫だろう。


 ところが店に入って、太った男性店員から言われた第一声が、「何しに来た」だった。

「えっ、服を買いに……」

「ここにはお前たちのような者に売る服はない。出て行け」

「お金ならありますが……」

「どうせ盗んだ金だろう。出て行け、出て行くんだ」

 そう言われてかなり頭にきたが、こんな店で買いたくはない。僕たちは、店を出ることにした。

「何も盗まれていないな」

 店の外に出た僕らの後から、その言葉が飛んできた。なんて店だ。

 確かに僕とセシリアは、子どもたちと遊んで服も汚れていたし、抱き上げたときに髪をかきむしられてボサボサだった。でも、そんな身なりで人を差別するなんて……。


 それで次の店にいったのだが、そこでも同じだった。

 この店も「アルブレヒト辺境伯様御用達」と書かれた看板を掲げている。

 店に入ってすぐに痩せた年輩の女性が、

「この店の服はお高いですよ」

と言う。

「お金ならあります」

「でも、それでご飯が食べられなくなったら困るでしょう」

 僕たちを貧乏と決めつけている。胸糞が悪くなったので、この店も出ようとした。

「何も触らないでちょうだい」

 大きな声で、そう言われた。


 そして次の店もまったく同じだ。早々に追い出された。そしてこの店も「アルブレヒト辺境伯様御用達」の看板を掲げている。まるでこの看板がダメな店を見分けるサインになっているようだ。

 権威を最大の価値だと思って、権威で人を差別する。これが最大のクズだ。


 さて、どうしようか……。

「どうしたんだい。しょぼくれて……」

 振り返ってみるとバルドリアンが馬車の中から声をかけてきた。横にはベルンハルトもいる。

「そっちこそ、どうしたんだい」

「ああ、二人で飯を食いに行ってきたところだ。ランドシャフトみたいな料理を出す店があるというのでな。結構良かったよ」

 あのセシリアと一緒に行った店だな。

「ふーん。そうして見ると、子連れの若夫婦に見えるな。ようやく、しっくりしてきたのかな」

 バルドリアンが冷やかす。セシリアが、”若夫婦”という言葉に反応して真っ赤になっている。

 

 そこでバルドリアンに、店であったことを話した。

「なんだよ、その店は。子爵だって言えばよかったんじゃない。土下座して謝るよ。たぶん」

「いや、だって、そう言ったって信じてもらえないでしょ」

「確かにそうだな」


「僕にまかせてもらえます」

 ベルンハルトが言う。

「当家の名前が入った看板を掲げているのだから、当家の責任でもありますから」


 それで、ベルンハルトと最初の店に行く。ベルンハルトと子どもたちだけで店に入って、僕らは外から見ていた。


「これは、ベルンハルト様。今日は、どんなご用で?」

 さっきの店員が揉み手でニヤニヤしながら出てきた。

「この子たちの服を買いたいと思ってね」

「承知しました。それでは、いくつかご用意しますね」

 小太りの男性店員は愛想笑いで答える。どうやら、さっき来た子どもとは気づいていないようだ。


 ベルンハルトは、子どもに何かを聞くふりをした。

「なになに、この店では買いたくない……。そうか。それじゃあ別の店にしよう」

 いかにも大仰な演技をする。

「私共に何か不手際でも……」

 驚いた店員は、恐縮そうに聞いた。

「この子たちは、先ほどもこの店に来たそうだが、売る服はないと言われたと言っているんだが、本当か?」

 そのとき初めて気づいたようだ。

「あっ、あのときの……」

 店員の顔面が青ざめていく。

「当家の大事な客なんだ」

 店員は、何をどう言えばとうろたえるだけだ。


 ベルンハルトは店員が何か言おうとするのを無視して外に出た。店員が追いかけてくる。

「先ほどは、すみませんでした。まさかベルンハルト様の関係の方とは……」

「お前は、そういうことで客を差別するのか?それじゃあ、この看板はすぐにはずせ。当家の家訓は”領民のため”だ。領民を差別するような者に、この看板を許すことはできない!」

 店員は、もう何も言えずに立ちつくすだけだ。店の外だから多くの人が見ている。この店はもう終わりだろう。


 それから、ベルンハルトは、残りの2つの店でも同じようにして、看板を取り上げた。


「それじゃあ、次の店に行こう。当家の子どもがいる侍女が評判にしている店だ」


 そうして連れてきてくれたのは、小さな店だった。ベルンハルトが、僕がいなくても大丈夫というので、僕とセシリアと子どもたちで入った。


「いらっしゃい。あらあらお顔が汚れていますね」

と、年輩の女性店員がいきなり言ってきた。前の店と同じか、と思ったら大違いだった。

 きれいなハンカチを取り出して、子どもたちの顔と手を拭いてくれる。

「これで大丈夫ね」

「あの、そのハンカチが汚れてしまって、すみません」

「かまいませんよ。洗えばいいのですから」

 さっきのセシリアと同じだ。この店なら大丈夫だ。


 それから、この子たちの服を選んでほしいと頼んだ。

「僕たちは、子ども服のことは全然わかりませんので」

「おまかせください。当店の子ども服は丈夫で汚れに強いのが自慢です。子どもは動き回って汚すのが仕事ですものね。まだ小さいですから、少し大きめのものにしましょう。お父さんとお母さんは、こちらに座って待っていてください」


 やはり、夫婦に見えるのだろう。実際に子どもができたら、こうなるのか。

 セシリアは、子どもたちが楽しそうに服を選んでいるのを見つめている。子どもが好きなんだろうな。


 やさしい店員のおかげで、よい服が買えた。子どもたちも満足だ。


 そうなると、次は母親だ。母親というよりギャンブルの業者だろうか。やはり元から絶たねば。

 ギャンブルとなると、やはり彼の出番だ。彼の知恵を借りよう。


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