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もう一つの褒美

 謎の老人から子爵の徴章を受け取ってから数日後に、王宮から使者が来るとの先触れがあった。

 僕とヨネさんは、慌てて街でそれなりの服を買いに出た。もうバタバタだ。

 僕たちだけでは不安なので、セシリアにも服を選ぶのを手伝ってもらう。


 ヨネさんの家で、王宮の使者を迎えるわけにはいかないので、村長さんの家を借りることにした。村人が総出で清掃してくれた。僕のためにと思うと、本当にありがたい。


 当日、10台以上の高級そうな馬車が連なってきた。

 僕とヨネさん、村長が並んで使者を出迎えた。

 まず、最初の1台の従者が赤い絨毯を敷いて、その上に立つように言った。僕たちは言われるままに、その絨毯の上に並んで立つ。

 後の馬車からはぞろぞろと役人が出て整列する。

 その中の3人が、両手で箱を掲げて歩いてきた。

 このあたり手順は先触れの役人からは聞いていたのだが、ものすごく緊張する。


「このたびは王国への貢献を認め、タクヤ・ジークフリートを子爵に叙する。謹んで拝受するように」

 真ん中の使者がそう宣言して、箱を差し出した。

 僕は、頭を下げ、両手でそれを受け取って、ヨネさんに渡した。

 次に右側の使者が箱を差し出す。同じように受け取って、村長さんに渡す。

 そして最後に左側の使者の箱を受け取る。

「今後は、王国のためにますますの貢献を期待する」

「子爵の名に恥じないよう努力いたします」

 使者はうなずいて馬車に戻っていった。これでセレモニーは終わりだ。シンプルだ。余計なことは一切無い。


 最初に受け取ったのが、子爵の徴章の正式なものだ。先日受け取ったのは、フォーマルな服装に付けるものだそうだ。次の箱には、剣が収められている。これで王国を守れ、ということだ。そして最後の箱には、家名などが記載された書状が入っている。


 ものすごく緊張したが、無事に終了した。


 この機会に、僕とヨネさんは養子縁組をして、ヨネさんは僕の母となった。

 前の世界では、悪い印象しかなかった両親だったが、その両親とは完全に縁を切ったことになる。少し寂しさも感じたが、それでもヨネさんと家族になれたことがうれしかった。


 それから村中の人たちが村長の家でお祝いをしてくれた。

「いったい何をしたんだ」

 村のみんなから聞かれたが、極秘だということで納得してもらった。


「ジークフリートってなんなんだよ?」

 かけつけてくれたクレバーとセラーが笑いながら聞いてきた。

「そんなに変かな?先触れの役人が、とにかく家名を決めてくれというんで、前の世界でかっこいいと思っていた名前をそのまま使ったんだ」

 そんな理由か、と二人は大笑いした。


 僕は、まだ酒は飲まないけど、祝いの宴会は盛り上がっていく。

 そんなとき、セシリアが来た。

「タクは、もう遠い人になっちゃたんだね」

 少し悲しそうに言う。

「そんなことないよ。さっき村の人たちにも言ったけど、僕は今までと変わらないよ。だからみんなも、変わらないように接してほしいんだ」

「そうよ。今まで通りよ。私もヨネ・ジークフリートって名前になったけど、何も変わらない。何がなんだかって感じよ」

 ヨネさんが来て、そう言って二人の肩を抱いてくれた。温かさが伝わってくる。

「そうだといいんだけど……」

「そうよ」

 ヨネさんの言葉に、セシリアも少しはほっとしたようだった。


 子爵に叙せられたことを知らせたのは、ほんの一部にとどめた。ランドシャフトでも働きにくいし、気軽に街を歩けない。街での僕は、本当に今まで通りでいこうと思う。


******


 新しいアルブレヒト辺境伯爵領へ行く前にやっておきたいことがあった。

 それは、子どもたちのための教科書をつくることだった。

 人類の子どもたちも獣人族の子どもたちも、読み書きや計算ができない。それが将来を決めていた。孤児院で手伝っている時も、それを感じていた。どうにかできないかと。

 子どもたちのために学校をつくることも考えたが、教師が圧倒的に少ない。それで公爵様が、教科書をつくったらどうかと提案してくれた。王国の子どもたちに無料で配る。そのお金も公爵様が出してくれるという。

「焼酎が売れまくっているからな。これぐらいは安いもんだよ」

 そう笑って言ってくれる。


 そして王国の優秀な学者が公爵様の屋敷に集められた。

 僕が小学校だった頃の教科書を思い出して説明し、それを学者がこの世界の文化にあわせて変えていく、そうした作業をしていた。

 僕のいた世界のほうが文化的にもレベルが高かったが、数学の学者は、少なくとも僕よりも数学ができた。僕の世界でもピタゴラスの定理は2千年以上前に発見されている。僕にその定理に独学でたどり着くことはできないだろう。昔の人でも数学はできた。

 そして「九九は便利だな」とも言う。

 数学の記号も、「便利で使いやすい」ということで僕の世界の+-×÷に変えることになった。筆算のやり方も。

 僕ができることは終わった。あとはできあがりを待つだけだ。これでアルブレヒト辺境伯爵領へ行ける。


 学者の方々に教科書の説明が終わった頃に公爵様に呼ばれた。


 公爵様の部屋に通されると、なぜかヨネさんがいた。

「どうして?」

「ああ、お前が牢に入っているときに、いろいろと手伝ってもらったんだ。それに召喚者だというじゃないか。それから前の世界の話を聞かせてもらったりもしていたんだ」

 ヨネさんも公爵という肩書きに萎縮しないで馴染んでいるようだ。これも公爵様の人柄なんだろう。


「それで用というのは、私からも褒美をやろうと思ってな」

「褒美ですか?もう十分頂いていますが……」

「気にするな、褒美というのはほかでもない。お前に嫁を紹介してやろう」

「嫁……。いや、結構です」

 公爵様は、突然何を言い出すんだ。

「そう言うな。お前の母親となったヨネさんも心配しているのだぞ」

「いや、でも……」

「誰か好いた者でいるのか?」

「そういうわけでも……」

「煮え切らないな……。よし、これは私の命令だ。お前は、これから会う娘と結婚しろ」

「命令ですか……。しかもこれから会うのですか?」

 さすがに公爵様の命令となると逆らえない。どうすれば……。セシリアの顔が浮かんでくる。少し怒った顔が……。

「ああ、もう来ている。入れ」

 公爵様が侍女に指示を出した。


 カチリと音がしてドアが開いた。

 入ってきたのは、薄い水色のドレスに身を包んだセシリアだった。

「ええっ」

 あまりのことに驚いてしまった。それに初めて見たセシリアのドレス。金髪の髪が肩で揺れ、ドレスの薄い水色は彼女の瞳そのものだ。うっすらと化粧もしている。

「きれいだ……」

 つい言ってしまった。

 セシリアは真っ赤になってうつむいてしまった。


「それでどうじゃ。これでも断るのか」

 公爵様は意地悪そうに言う。ヨネさんから聞いて、知っているのだろう。

「わかりました。公爵様の命令なら、しかたありません」

「しかたない……。本当にそうか?」

「あっ、いえ、喜んでお受けします」

 公爵様は、笑っている。


「セシリアはね、タクが子爵になったから平民の私は身を引く、と言ってきたのよ。泣きながら……」

 ヨネさんが言う。

「そんな……。僕は変わらないと……」

「そう言っても、やはり平民と貴族は結婚できないって、それが普通なの」

 セシリアにそう思わせたのは、僕が悪いんだ。僕がヘタレだったからなんだ。


「それならば、きちんとプロポーズをしなくてはな」

 公爵様にそう言われて覚悟を決めた。たぶん……。


「セシリア、僕に味噌汁をつくってください」

 セシリアは、ポカンとした顔をしている。しまった。前の世界のプロポーズだ。

「何をわけのわからぬことを……」

 公爵様が、少し怒ってきている。


「セシリア、けっ、結婚、結婚……」

「早く言え!」

 本当に覚悟を決めた。

「あっ、はい。僕と結婚してください」

「私でいいですか?」

「もちろん、君がいいんだ」

 セシリアは、真っ赤になってうなずいた。


「決まりだな。私が立会人にもなってやるぞ」

 公爵様は、そう言ってガハハと笑った。

「みんなにも知らせなければな」


 セシリアはうつむいたまま泣いていた。

「大丈夫?」

「大丈夫。うれしくて……」

 そんなセシリアがかわいくて、つい抱きしめてしまった。


 その日の夜、ランドシャフトは大宴会になった。

 僕の婚約のお祝いだ。

 公爵様も平民の服に着替えている。クレバーとセラーも、バルドリアンにクリスティアン、ヴァイスさんに村長さんも、それから獣人族のみんなも。ハンゼ商会のボスのミヒャエル・ハンゼさんもいる。勢揃いだ。

 本当にいい仲間たちだ。最初はクズだと思ったのもいるけど、実際は違った。


 そして、アルブレヒト辺境伯爵領へはセシリアも一緒に行くことになった。

「せっかく婚約したのに離ればなれになることはないだろう。それに息子も行くから、その世話も頼むな」

 だから婚約を急がせたのだろう。公爵様の配慮だ。


 それから、辺境伯領へ行く準備を進めた。

 ランドシャフトは、もう僕もセシリアもいなくても大丈夫のようになっていた。セシリアのレシピは完璧で、誰でも料理を作れる。それから氷魔法を使える者も雇った。


 出発の日が迫る。そして、そこに待っていたのは、やはりクズだった。


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