騎馬兵士の正体
騎馬の兵士が迫る。早く知らせなければ……。
僕とカンさんは急いだ。しかし、茂みの草が僕たちの足に絡みつき、木の枝が僕たちを阻む。気持ちばかりが空回りする。
〈探査〉をすると、騎馬兵はみんなのところまでわずか2キロだ。馬ならば5分もかからない。
とにかく走る。
やっと森を抜けた。ここからは岩が転がる荒涼とした荒れ地だ。
1キロほど先にみんなが見えた。その先に砂煙が上がる。つむじ風ではない。騎馬兵だ。もう目の前に迫っている。
僕は手を振り、大声で伝えようとするが、気づかない。
万事休すだ。
こうなったら勝ち目はない。夫人たちと子どもは大事な人質だから殺されないが、僕たちは殺されるだろう。僕とカンさんだけでも逃げるか?
いや、それはできない。クレバーもいる。シャテーのメンバーもいる。見捨てることはできない。
最後に全力の魔法であがいてやる。
でも、みんなも気づかないはずがない。
何かがおかしい……。
そうこうするうちにみんなは騎馬隊に取り囲まれた。しかし誰も逃げようともしない。
「みん、みんな……。逃げろ……。」
僕はありったけの力を振り絞って叫んだ。
「大丈夫だ! 味方だ! 味方!」
シャテーのメンバーが手を振り、大声で知らせてくれた。
「味方?なぜ?」
僕は、味方と聞いて力が抜けて、その場にへたりこんでしまった。その僕をカンさんが脇を支えて立たせてくれた。ゆっくりと歩きながらみんなのところへ行く。
「言っていなくて心配をかけたな。この方たちはフィヒテル王国の兵士だ。我々を助けに来てくれたんだ。我々の勝ちだ」
「フィヒテル王国?」
「ああ、ヴェステンランドの第一王女だったディアナ様が今は王妃様で、我が国の同盟国なんだ。それで我が主を通して連絡していたんだ。このあたりに脱出すると……」
僕は、それを聞いてさらに力が抜けた。そして、助かったんだ、勝ったんだ、その喜びがじわじわと膨らんできた。
つまりは、こういうことだった。また僕のいた世界で考えると、名古屋がゴツトツ国だとすると長野県がフィヒテル王国だ。脱出して一直線に東京へ向かうのではなく、森を抜けて長野県に入った。そこから中山道(JR中央本線)を通って東京へ戻るイメージだ。そしてこの経路ならば同盟国を通り抜けるので安全なのだ。
「私は、フィヒテル王国国境警備隊のシュテファン・ベーメと申します。みなさんが無事脱出されたことを、今、早馬での伝令を出しました。鳥も飛ばしましたので、早ければ明日、遅くとも3日後にはヴェステンランドには伝わるかと思います」
「3日後……。それなら間に合う……」
さらに力が抜けた。
「だから、この方が早いと言っただろう」
それから国境警備隊の兵士が話を続けた。
「みなさんには馬車を用意していますので、来るまでもう少しここで休んでお待ちください。お食事も用意します」
「ありがとうございます」
「あと、伝令では知らせましたが、やはりお一人でも行かれた方がよろしいかと思いまして早馬をご用意してあります。もちろん途中での替えの馬もございます。それを乗り継げば3日で行けます。ただし、ずっと乗りっぱなしですので、非常に体力を使いますが……」
「そうだな。人質だった者が一人でも顔を見せると信頼が違うな」
シャテーのメンバーがそう言うが、誰が行くのだろうか。夫人には難しい。それとも子どもか?
「僕が行きます」
二人の男の子が名乗り出た。二人とも10歳になったばかりだという。
「僕はニールス・フォクトマンです。フォクトマン騎士爵家の嫡男です。騎士を目指して毎日馬に乗っていますから3日でも4日でも平気です」
「僕はデニス・バグナーです。バグナー騎士爵家の次男です。馬は得意です。兄も父もこの反乱に加担したことになっているのですから、兄と父の汚名を雪ぐためにもやらせてください」
「あなたたちのお父様は立派な騎士です。あなたたちなら必ずできます」
リーダー格の夫人が、そう励ます。二人の母親も、がんばってらっしゃいと声をかける。
軽く食事をとってから、二人は馬に乗った。
僕は馬には詳しくはないが、用意してくれた馬はすごいというのはわかる。目つきも違う。自分の速さに誇りをもっている、そんな感じがひしひしと伝わってきた。
「それじゃあ、行きます」
そう言って、5人の騎士に連れ添われて走っていく。砂煙を立てて、あっという間に見えなくなった。
「これで終わりですね」
僕は、シャテーのメンバーに聞いた。
「ああ、これで大丈夫だろう。我々も独自のルートで知らせを出す。あとは、あの二人の若者次第だ。顔つきを見る限り、大丈夫だろう。これで反乱は終わるし、あとはゴツトツ国の軍だけだが、それは我々の仕事ではない」
「準備というのは、このことだったんですね」
「ああ、そうだ。言わなくてすまなかった。ただ100%確実な話ではなかったからな。期待して来なかったときの落胆は大きいから言えなかった。心が折れてしまう、それが一番怖かった」
「そうなんですか。でも……、僕も謝らなければなりません」
「なんだ?」
「一瞬ですが、みなさんを疑いました。ゴツトツ国の兵士が先回りしたと思ったので……、そして、なぜ1日も早く追いつかれたのか……」
「気にするな。疑うことも大事だ。特にこんな状況の時はな。少しでも危険を避けなければならない。ただ1日早く追いつかれたのは、想定外だった。追いつかれることなく、ここまで来れると計算していたんだがな。さっき夫人たちに聞いたのだが、夜中でも見回りに来るらしい。たぶん、俺たちが脱出した直後に見回りが来たのだろう。だからもっと早く追いつかれる可能性もあった。それでも来なかったのは、鹿の仕掛けが効いたのかもしれないな」
「そうですね。あのときはまだ〈探査〉にはかかりませんでしたから、追っ手は別の方向へ動いていたのだと思います」
しばらくして馬車が来た。
人質だった夫人と子どもたちと乗り込んだ。しかしシャテーのメンバーは乗らない。
「俺たちは、またゴツトツ国の王都へ戻ってやることがある。ここでお別れだ。君と一緒に働けてよかったよ」
「僕もです」
一緒に危険を乗り越えたので、なんというか、強力な仲間意識が芽生えていた。ここで別れるのは寂しいがしょうがない。そもそも僕とはまったく違う世界の人たちだ。
「俺も、いろいろと勉強になりました」
クレバーも名残惜しそうに言う。
「たぶん……だけど、また会うことがあると思うよ」
「そのときはよろしくお願いします」
「ああ」
そう言って手を振りながらシャテーのメンバーの3人は、また森に向かっていった。
ゴツトツ国の軍は、人質が逃げ出したことから急がされていた。反乱軍が気づく前にヴェステンランドを征服しようと。
本来なら、軍の規模が大きければ大きいほど進むのは遅くなる。3万を越えていると、ただ歩くのと比べると格段に遅い。日ごとに野営地をつくって、食事を用意してと、違うことで時間がとられるのだ。
それが、夜は適当に寝転がって、携帯食に切り替えての進軍になっていて、辺境伯領を抜けるところまで来ていた。
その頃、僕たちは馬車でヴェステンランドに向かっていた。荒れ地だからゴトゴトとかなり揺れる。それでも早馬で走り続けているよりは遙かに楽だ。早馬の若者は、ずっと走り続けているのだ。
無事に着いてくれ……。
そして間に合ってくれ……。それだけを祈る。




