迫る追っ手
ヴェステンランドまでは、約300キロ。僕たちならば10日の距離だが、夫人や子どももいる。これからが本当の脱出の始まりだ。
「この方向に行く」
「ゴツトツ国の王都へは向かわないんですか?」
思っていたのとは全然違っていたのでクレバーが聞いた。
「追っ手が来るまでどれくらいだと思う?」
逆に聞き返してきた。
「湖に落ちた衛兵が泳いで岸にあがって王都に伝えに行くのに2時間。それから兵士をまとめてこの地に来るまで2時間。だいたい4時間でしょうか」
「それは普通ならば正しい。でも、ゴツトツ国にはあてはまらないんだ。あの衛兵は我々を逃がした罪で全員処刑される。それならば……」
「逃げ出す」
「そうだ。明日、連絡に来た者が気づいて初めて追っ手が出る。だから明日までは大丈夫だ。それで追っ手はどこに向かうと思う?」
クレバーが質問されて考えている。
「全方位ですね」
「いい読みだ。ゴツトツ国の王都には、今は約2千の兵がいる。その全員を1つの方向につぎ込むことはしない。まず千をヴェステンランドへの街道を封鎖するのに使うだろう。人っ子一人通さないようにする。女と子どもは全員を調べる。そのための人員が必要だ。それが千。そして残りの千をこの周辺に投入するだろう」
「それまで2日ほどですか」
「そうだ。その千もいくつかに分けて、ありとあらゆる方向に向かわせるから、こっちへ来るのは50くらいだろうか」
「それくらいならなんとかなりそうですね」
「それに、いくつか仕掛けもしておいた。だから、王都へ行くよりも森を抜ける方が安全で確実なのだ」
そうして全員で歩き始めた。道があるわけではない。藪をかき分け、木の枝を押しのけて突き進んだ。獣道があると歩きやすいので少し嬉しかったが、なかなか進みたい方向に獣道はなかった。
歩いている時に、ある夫人が叫んだ。
「あそこに人が……」
「大丈夫だ。あれは、我々の仕掛けの1つだ」
シャテーのメンバーが笑いながら言う。
「あれは、カンターと一緒に鹿を捕まえて、女性のドレスを着せておいたんだ。遠くから見ると逃げている我々に見えるだろう。鹿だから追いかけてもなかなか追いつけない。全部で14頭の鹿にドレスを着せて放しておいた。猿も2頭だ。木に登ってくれれば、かなりの時間稼ぎになる」
「ほかに、ドレスの布の切れ端もかなり広範囲にばらまいておいたよ。これでどの方向に逃げたかわからないだろう」
こうした仕掛けをカンさんも手伝っていたようだ。
「3日の時間が必要だったのは、このためなんですか?」
「そうだ。ただ、それだけではないがな」
僕が聞いたら、意味深な返事だった。まだ、この人たちの考えていることはわからない。
ちなみに名前も教えてくれない。”謎”なんだそうだ。
監禁されていた屋敷を脱出して約4時間経った頃だ。
「今日は、いったんここで休もう」
「大丈夫ですか?」
「夜に森を歩く方が危ない。それに疲れてペースが遅くなっては本末転倒だ。休むときにはしっかり休む方が良い」
カンさんがそう言うのならばと、みなで休むことにした。
「交代で起きていよう」
シャテーのメンバーとカンさんが交代で起きていることになった。
僕はなかなか眠れないが、とにかく身体を休めることにした。誰もがそうだろう。ここで眠れるのは、よほどの大人物だ。
*****
翌日は、日の出とともに起きた。
カンさんが背負っている袋にはパンが入っている。
「しばらく、一人に1つだけど我慢してください」
「いえ、大丈夫です。この子たちも、これくらいは我慢できるように育てています」
さすがに騎士の夫人だ。
「小父さんは、槍のカンター?」
子どもが聞いてきた。
「そうだ」
「やっぱり、そうだ」
子どもたちが盛り上がる。
騎士の息子たちにとって、一番の憧れが”槍のカンター”、つまりカンさんだ。あちこちの戦場での活躍は、辺境の子どもたちにも届いていた。
「頑張るんだぞ」
「ハイ!」
カンさんにそう言われて、子どもたちは元気に返事をした。歩きにも力が漲っている。
歩きながらも、カンさんに戦場での活躍を話してもらっていた。
カンさんは、孤児院で子どもの扱いにはなれている。子どもたちにとって苦痛の時間が楽しい時間になった。
その日の夜には、カンさんが鹿を2頭仕留めてきた。パンだけでは心許ない。
解体すると言うより、もも肉あたりを切り取って、焼いてみんなで食べた。
腹もいっぱいになり、疲れていたこともあり、僕はぐっすりと眠れた。子どもたちもみんなそうだったようだ。
翌朝には、その鹿をバラバラにして、あちこちにばらまいた。
「血の臭いがすると、狼が来るだろう」
狼を追っ手の足止めに使うのだ。熊が来てくれるともっといい。
こうした一つ一つが大事なのだ。そうしながら、僕たちは歩き始めた。
それでも、大人の男でも森の中は慣れていない。夫人や子どもたちにとってはなおさらだ。歩みは少しずつ遅くなっていた。
*****
3日目の朝に、兵士の一団が僕の〈探査〉にかかった。想定よりも1日早い。
「約8キロほどのところに兵士がいます。数は正確にはわかりませんが、30人程でしょう」
「そんなに遠くなのにわかるのか!」
みんなは驚くが、今驚くのはそれではないだろう。
〈探査〉もずっと使っているうちにランクが上がったみたいだ。〈探査〉はAになっていた。対象の細かい属性もわかる。〈探査〉に〈鑑定〉の一部がついてような感じだ。
「急ごう」
そう言うが、やはり3日目となると、疲れも溜まっている。なかなか速くはならない。
まだこちらには気づいてはいないのが救いだ。
しばらく歩いてから、もう一度〈探査〉をすると、5キロほどに近づいていた。しかし追っ手の兵士が狼が重なっている。狼の群れに襲われているのだろう。
ヘトヘトになりながらも歩き続ける。
ついに兵士が2キロまで近づいている。シャテーのメンバーの〈探査〉でも確認できる距離だ。もう少しで見えるかもしれない。
ところが、急ごうとする僕たちの進行方向に川が横たわっている。深さは1メートルほどで渡れないほどではないが、子どももいる。足を取られると、確実に流される。疲れている今では危険だ。
そして追っ手の兵士には簡単に渡れるだろう。
「これはチャンスかもしれない」
僕は逆に考えて川辺に立った。
ਪਵਿੱਤਰ ਆਤਮਾ ਦੇ ਨਾਮ ਤੇ, ਮੈਨੂੰ ਬਰਫ਼ ਦੀ ਸ਼ਕਤੀ ਦਿਓ.
そう唱えて、水を凍らせて氷のダムを造った。ダムでせき止められて水が引いて川底が見えるようになった。
「さあ、渡って」
みんなで歩いて川を渡った。
「僕とカンさんはもう少しいるから、先を急いで」
みんな、僕が何をしようとしているのかわかってくれたようだ。
しばらくすると追っ手の兵士が来た。狼とも戦ったみたいで、結構傷だらけだ。かなり疲労もしている。カンさん一人で全員を討ち取ることもできるだろう。
僕たちを見つけた兵士が、走って向かってくる。そして川を渡ろうとしたとき、僕は氷魔法を解除した。
すでに満々と水を湛えていたダムが消えた。大量の水が一気に流れ出し鉄砲水となって兵士を襲う。
あっという間の出来事だった。兵士は全員流されていった。
「これで大丈夫だ。周囲に兵士はいない……」
カンさんに、そう言おうとしたときだった。
「これは……、いったい……」
先を行くシャテーのメンバー、夫人たちに向かって、大人数の一団が迫っている。百人以上はいるだろう。しかも速い。人の速さではない。騎馬だ。騎馬兵士か?
先回りしたのだろうか?
それにしても何故ここがわかったのだ?
何故一日早く追いつかれたのだ。
疑問も浮かぶ。
いくつものことが頭を過ぎるが、まったくわからない。
ここまで来たのに……。
僕は、カンさんと急いで後を追った。
ブラウザで翻訳ができる方は、翻訳してみてください。呪文の意味がわかります。




