人質はどこに?
王女からの宿題は、簡単ではないだろう。
街に帰った僕は、まずクレバーに相談した。彼のスキル〈知力〉はA。いつも的確なアドバイスをくれる。そして最も信頼できる男だ。
「やはり王子はクズだな」
僕の話を聞いてクレバーが最初に言ったのはこれだった。僕もホントにそう思う。
「それでも、ついに王子に手が届くんじゃないか」
そう言われればそうだ。元々、クズ王子への復讐することが、僕の願いでもあったのだ。
それからクレバーは、しばらく黙って考えていた。
「少し時間をくれ。調べたいことがある」
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クレバーと相談してから2週間経った。
反乱軍は兵糧がないから、すぐに侵攻はしてこない。時間はある。それでも2週間も無駄にしてしまったようで気持ちが落ち着かない。
「いろいろとわかったよ。そして驚く結果だったよ」
セラーが来て言う。
「クレバーから頼まれてね。いくつかの商品の流通をおいかけていたんだ」
「監禁されている将兵の家族は、平民じゃない。少なくとも騎士階級だ。平民の兵の家族を人質にしても、意味はないからな」
確かにクレバーの言うとおりだろう。
「それで、日用品、例えば石鹸の流通を調べてもらったんだ。我々平民はムクロジやエゴノキの木の実を使うけど、貴族や騎士階級はそうではなくて石鹸を使う。この石鹸の購入されているところを調べていけば、監禁場所に近づける。そう考えたんだ」
「なるほど」
「それで結果なんだけど、辺境伯領では通常の購入と変わらなかった。目立ったところはない。辺境伯の屋敷、騎士階級の屋敷が並ぶあたりでは、今まで通りの販売量なんだ。でも調べていくと驚くところで購入されていたんだ」
「どこだ?」
「ゴツトツ国の王城だ」
「何!それは本当か?」
「ああ、残念ながら本当だ」
「でも、それはゴツトツ国の貴族ではないの?」
「いや、それはない。ゴツトツ国は、貴族でも石鹸を使わない。元々石鹸を使う文化がないんだ。だから今まで王城で石鹸が買われたことは一度もなかった。それが反乱の直前あたりから定期的に購入されているんだ。そしてこの国の女性用下着も、大量にゴツトツ国に送られている」
「だから、今まで監禁場所がわからなかったんだな」
「それじゃあ、反乱軍とゴツトツ国は繋がっていたということ?」
「そうだろう。だから背後を気にせず全軍をこちらに投入できたんだ」
「それにしてもマグヌスのやつ……、なんてことを。王国を滅ぼすつもりか……」
「どういうこと?」
「人質の家族がゴツトツ国にいるということは、反乱軍は、マグヌスではなくてゴツトツ国が自由にできるということだ。今はマグヌスの指揮下だが、その後は……。マグヌスはバカなのか……」
クレバーの眼と言葉に怒りがにじみ出ていた。
「もう一つ悪い話がある。反乱軍は、ゴツトツ国から大量の兵糧を購入した」
「それじゃあ……」
「ああ、また侵攻が始まる」
僕の背筋に冷たいモノが走った。もう猫族の力を借りて兵糧の焼き討ちもできないだろう。全面対決になるのか。
「それは、すぐにヴァイスに知らせなければ……」
「ここに来る前に防衛隊に知らせてきた」
「そうなると、人質の解放を急がなければ。侵攻まで時間が無い」
「監禁場所がゴツトツ国となると、どうすれば……」
「ゴツトツ国だと獣人族は使えないな」
「どうして?」
「30年前の戦争で、獣人族の兵に蹂躙されたことがあってから、ゴツトツ国では敵視されているんだ。だからゴツトツ国内に獣人族は一人もいない。行くと目立つし……、最悪見つかり次第殺される」
「そうか……。それならば、まずあの老人に相談しようか」
「ああ、そのほうがいいな」
そのとき、部屋の陰から一人の男が忽然と現れた。
「それは我々が伝える」
男は低い声で、静かにささやくように言った。
まったく気配はなかった。音もしなかった。あまりのことに僕たちは何も反応できない。
「私は、”老人”と君たちが呼んでいるお方の配下だ。君たちをサポートするように言われている。我々がすべてを伝えておこう」
「ずっといたんですか?」
「我々が必要だと思ったときは」
それじゃあ、僕たちの話はすべて聞かれていたのか。
「それでは、僕たちはどうすれば?」
「まず、ゴツトツ国へ向かってくれ。その間にあのお方からの指示があれば伝える。王城が石鹸を購入していたとしても、実際の監禁場所はわからない。王城のどこなのか?それとも王城の外なのか?それを先に調べてほしい。そして我々も可能な限りサポートをする」
「わかりました。出発の準備はできていますので、今日にでも向かいます」
「頼む。我々はシャテーと言う名の組織だ。必要ならこの名を呼べば必ず誰かがかけつける」
〈鑑定〉をしなかったが、現れ方といい、ものすごいスキルを持っているのだろう。獣人族の協力を得られない状況で、これはものすごく心強い。
******
ゴツトツ国は約300キロほどの距離にある。普通に歩いて10日ほどだろう。
僕のいた世界で言うならば、王都を東京とすると、僕たちの街、オストールは鎌倉あたりで、反乱軍が布陣したのは相模川あたりになる。箱根の山々に相当する森林を抜けると反乱軍が占領しているあたりになる。そして辺境伯領は静岡あたりで、浜松くらいからゴツトツ国だ。そこで普段は両国がにらみ合っている。
ゴツトツ国の王都は名古屋あたりと考えるとわかりやすい。
僕とクレバー、そしてカンさんの三人で向かう。カンさんがいれば心強い。いざというときの判断も的確だ。
そしてセラーの紹介で、とある隊商に同行させてもらった。
途中には戦争状態の地域もある。そこを通り抜けるには商人と一緒だと都合がよい。戦争状態にあっても様々な物資は必要だから、隊商は通り抜けを許されるからだ。
カンさんも、用心棒ということにすればフリーパスだ。
街を出発してしばらく歩いていると、防御塁や砦を建設しているのが見えた。
今回は、しっかりと準備をするようだ。すでにヴァイスから、反乱軍が兵糧を手に入れたことが伝わっているのだろう。
兵士や作業員がせわしなく走り回っている。
さらに広大な森を抜けて反乱軍の占領地域に入った。
占領地域は、戦争状態と言ってもおだやかだった。
隊商を見て、物資の買い付けにくる者もいる。平穏だが、とにかく物資が少ないらしい。
*****
辺境伯領に入ったときに、シャテーからの連絡が入った。
「そのまま、ゴツトツ王国に向かうように」
公爵様の配下が、辺境伯領で調べた結果も伝えてくれた。士官、下士官の家族で行方がわからない者がいないかを確認していった。士官クラスの行方不明者イコール人質だ。
監禁されている人質は、8家族で26人もいる。すべて騎士爵の家族だ。
最も上の3人の将校の家族は入っていない。この3人は、忠誠心が高いから自分の家族よりも主君を優先する。この3人には人質が意味をなさないのだ。
ただ、部下思いでもあるので、3人を取り込むために部下の家族を人質としたのだろう。自分の家族に国のために死んでくれと言えても、部下の家族にそれは言えない。実際には大成功だった
「26人もいるのか……」
「助け出すのは難しそうだね」
「ああ、助け出したとしても、これだけの人数だ。しかも女性と子ども。見つからずに王国まで連れて帰るとなると……」
クレバーが難しそうな顔で考えていた。
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僕たちは隊商から離れて、3人でゴツトツ国内に入った。
ここからは敵国だ。慎重すぎるくらいでなければならない。ずっと以前から潜入していたというシャテーのメンバーが案内をしてくれる。ゴツトツ国の一般的な服も用意してくれた。そして人通りの少ない街道をうまく選んでくれていた。
ゴツトツ国は、山に囲まれた緑豊かな国だった。
ただ、耕作地が少ないので食料が豊富というわけではない。
荒涼とした荒れ地も多いらしい。だから他の国を侵略するのだ。
街を出てから10日目。ゴツトツ国の王都も近い。
小さな宿場町を通り抜けようとすると通りが騒がしい。
「何かあったんですか?」
近くにいた親父に聞いた。
「ヴェステンランドへ侵攻する軍が、この宿場を通るんで若者や娘っこが騒いでいるんだ。ようやく、あの休戦の屈辱を晴らすときがきたんだ。騒ぎたくもなるよ」
親父は嬉しそうに言う。
「それはすごいですね」
さすがにヴェステンランドの者とは言えないから、ゴツトツ国の人間になりすます。言葉も同じだし、服も同じならば区別はつかない。
休戦とはいえ、ヴェステンランドの人間が王都近くのこんな宿場町にいるはずがない。ゴツトツ国の誰もがそう思うだろう。
それに幸いにこの世界は獣人族、巨人族など人類以外の種族がいるから、人類の人種の違いはあまり気にされない。僕のような東洋系の顔立ちも、特に気にされたことはなかった。
遠目に見たゴツトツ軍は、屈強という表現がピッタリだった。
「2万……、いや3万はいるな」
クレバーの言葉に、身体が震えた。ヴァイス、クリスティアンの顔が浮かぶ。大丈夫だろうか。
とにかく一刻も早く人質を見つけ出さなくては。




