反乱
あの事件以来、獣人族の人たちと会う機会が増えていたが、そのため街の人たちの獣人族への差別や偏見を見てしまう。それはあまりにも酷い。
街で獣人族の人と立ち話をしていると、嫌そうな顔で見られることはしょっちゅうあった。近くを鼻をつまんだまま通り過ぎられることもよくある。
「お前が盗んだんだろう!」
突然、目の前の獣人族の人がつかみかかられたこともあった。
「僕とずっと一緒にいましたけど、何もしてませんよ」
そう言っても信じない。
「こいつに決まっている」
結局、保安隊の隊員が来て、調べると盗みそのものがなかったのだ。それで詫びるかといえばそうではない。
「お前たちが、この街にいるのが悪いんだ」
悪いのはお前だろう。なんだこのクズは。僕はそう思って、食ってかかろうした。でも、その僕を獣人族の人は押しとどめるのだ。
「気にしないでください。俺たちは慣れていますから……。へんにこじれるほうが、後々たいへんなんです……」
そう言うので、そのときは僕も我慢するしかなかった。
ただ、あの事件で獣人族と保安隊や防衛隊は協力もしたので、隊員の偏見はかなり減ったようだ。獣人族という理由で犯罪者扱いする隊員はほぼいなくなった。一部には、まだいるが、それは大きな進歩だった。
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「全部、戦争のせいなんだ」
獣人族の差別について、ヴァイスが説明してくれた。
30年くらい前のことだ。隣国のゴツトツ国との戦争で、戦闘力が高く、特殊能力もある獣人族が兵として動員された。
その戦いはすさまじく、ゴツトツ国の軍を国境の奥深くまで押し戻し、その結果、好条件での休戦となった。ただその戦いで、戦争の英雄にもなったのだが、一緒に戦った人類の兵士に怖れだけを残すことになったのだ。
戦後、ゴツトツ国との国境は、 ”東の熊”と異名をもつアルブレヒト辺境伯が守り、獣人族 は、この街で兵としての任を解かれた。だからこの街に獣人族が多いのだ。
といってすぐに仕事があるわけではない。しかも、人類の元兵士から獣人族の凄まじさが伝えられることで、よけいに仕事が見つからなくもなっていった。
それで、しかたなく悪事に手を染めた者もいただろう。それでも地道に、暮らしていた獣人族のほうが遙かに多かった。保安隊に捕まる犯罪者の数も、圧倒的に人類の方が多い。
そうして30年かけて積み重なった偏見が、人々の心の奥に残ることになったのだった。
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まさか、という出来事は、突然に起きる。
そのニュースは、あっという間に街に伝わってきた。
アルブレヒト辺境伯が反乱の兵を挙げたのだという。アンタッチャブルの一角で、戦闘力ならばシュパイエル辺境伯と並び、王国最強と言われている。
辺境伯は、まず近隣の2つの貴族領に侵攻したが、その圧倒的な兵力に、貴族と私兵は戦わずに街まで逃げてきていた。
この街の名称はオストール。王都への東の防衛の要とされている。そのために防衛隊が常駐しているのだが、その防衛隊の正式名称が東部方面防衛隊である。つまり”東の熊”の王都への侵攻は、この街で防衛することになる。
誰もがそれを感じ、街全体をピリピリとした緊張感が覆っている。
防衛隊は、普段は500人ずつの2チームで交代で勤務している。ヴァイスが全体を統括し、クリスティアンが、そのうちの1つを率いる。それが有事には、予備役が招集されて、全体で3000人の大部隊になる。
もちろん、それだけでは”東の熊”に対することは不可能だ。周辺貴族の私兵も集められ、王都から正規軍1万が配された。合計で2万を越える。兵数だけなら、戦力差はない。
しかし、相手は常に隣国と戦い続けている”東の熊”だ。格闘家と素人が戦うようなものだ。同じような兵数ならば戦いにもならない。
「”東の熊”の兵力はどんなものなんだ」
クリスティアンが、相談があるというので来たので聞いてみた。
「今のところ5000人くらいの歩兵だけだ。それでもそこらの貴族の私兵じゃ歯が立たない。問題はゴツトツ国との関係だ。こちらに全軍を投入すると、背後をゴツトツ国に狙われることになる。だから全軍ではないのだろう。もしゴツトツ国と何か密約があったりすると……。それは考えたくもないな」
そう言われて、僕も考えてみたが、確かに想像したくはない。
「うちの兵も使えるといいんだが、うちが相手をしているゼンギ国がいろいろと仕掛けてきているんで身動きがとれないんだ」
「シュパイエル伯の力を借りられないんだ。これは厳しいな」
「それで、相談というのは?」
「獣人族の力を借りれないかな?隊長から、過去に何があったのかは聞いていると思うけど。なりふりかまってはいられないんだ。タクからならば、話だけでも聞いてもらえるかもしれないと思って……」
「ああ、聞いている。だから、僕からはなんとも言えない。申し訳ないけど……」
「そうか。わかった。まだここが戦場になるわけでもないからな。もし、状況が悪くなったら、また相談させてくれ」
「悪いな。ただ、さりげなく雰囲気だけは聞いてみるよ」
「ああ、今はそれでいい……」
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街には兵士が増えてきて、あちこちでみかける。防衛隊とは違う装備だ。正規軍か、それとも貴族の私兵なのか。
ランドシャフトの客にも、そうした見かけない装備の兵が増えていた。金払いはいいが、トラブルも起きている。レナータさんにちょっかいをかけるのがほとんどだ。その都度、防衛隊が間に入ってくれるが、相手も兵士だから、なかなか引き下がらない。それで、シュパイエル家の紋章の入った指輪を見せて、なんとか収めていた。
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街を歩いている時だった。
「おい、お前たちは、どこかの軍に入っているのか!」
そういうのが聞こえたので見ると、僕を助けてくれた狼系のラム、サム、タムの3人だ。兵に囲まれていて、うつむいて返事もできなさそうな様子だ。
「どうしたんですか?」
僕が間に入って話をしなければ。
「なんだお前は?まあ、このケダモノを、兵として雇ってやろうと、わざわざ声をかけてやったんだ。こいつらはそれぐらいしか役にたたんだろう。光栄に思え」
その言い方に、かなりカチンときた。
「大変恐縮ですが、彼等は、すでにカッツェンシュタイン公に雇われております」
そう言って頭を下げた。嘘だけど、公爵様は許してくれるだろう。
「何、本当なのか?嘘をついたらお前の首が飛ぶことになるぞ」
脅しだろうけど、全然怖くない。
「もちろん、本当でございます。公爵様にご確認いただいても結構です」
「そうか……。そこまで言うなら信じてやろう。まだ、他にもケダモノはたくさんいるからな。別にこいつでなくてもいい。おい、他に行くぞ」
そう言って兵を引き連れていった。
「ありがとう。助かりましたよ」
「こんなことがよくあるの?」
「俺たちは初めてだけど、もう何人も兵として引っ張られていった。かなり強引にな」
「そうか……」
この街では、いろいろな軍が入り乱れている。その中で、早く獣人族を引き込もうと躍起になっているようだった。
戦争が原因で差別されるようになり、また戦争に翻弄されるのだ。
僕は、その足で公爵邸へ向かった。
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公爵様に状況を説明した。
「そうか……。わかった。獣人族は全員を我が私兵として雇おう」
そう言って、執事たちに伝えた。執事たちは配下の者を使って、公爵家の私兵としての証を、獣人族に配る手配を進めた。公爵様の執事は仕事が本当に早い。
すでに兵として拘束されたのも、こちらに引き抜くという。
「彼等を戦場に出すのですか?」
「場合によってはな。それでも、バカな将校に任せるより、こっちにいた方が百倍もましだよ。突撃して死んでこいなんてことは、絶対にしないからな。獣人族の兵がいるということだけで、十分な抑止力になる。熊も、彼等の恐ろしさは、俺たち以上に知っているからな」
「ありがとうございます」
「お前が礼を言うことではないぞ。こっちこそ教えてもらえてよかったよ」
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獣人族が公爵様の私兵になったと聞いて、巨人でもあるトロル族も公爵様の私兵になりたいと相談に来た。やはり戦闘力があるので、どこの軍からも目をつけられていたそうだ。
これも公爵様は快諾してくれた。
戦場では、また1つの貴族の領地が奪われた。貴族の一族も兵も逃げ出しているので、犠牲者はほとんどいないのが救いだ。
まだ、遠いところのことだが、少しずつ、この街に近づいてきていて、それをひしひしと感じる。
まさか、僕が戦争に巻き込まれるなんて……




