僕が逮捕?
ザロモン男爵が捕まり、誘拐されていた獣人の少女たちが解放された。
僕は、獣人族のことをほとんど知らない。知らないと言うより、最初にニケたちに恐喝にあったことからも悪い印象しかなかった。
でも、獣人族が差別されていて、反社会的なことでもしないと生きていけないということをニケから聞いて、なんとか助けてあげたいという気持ちが湧いてきた。
公爵様は、ずっと前からそれを考えていたという。
「多文化共生だな」
公爵様は、僕の倫理の教科書を気に入っていて、時々、教科書に書かれていた言葉を引用してくる。確かにこの世界には”多文化共生”の考えはない。
それを実現したいという公爵様は、まず獣人族などの人類以外のための孤児院をつくった。
そして、セラーと共同して陶器の瓶をつくる工場を領内につくった。焼酎が売れていて、飲み屋だけでなく家庭での購入が増えていて、瓶が必要になってきたのだ。
陶器をつくるには力が必要だ。材料の土は重い。それを捏ねる。そしてできた商品も重い。だから力のある獣人族には向いた仕事だった。その工場で、獣人族などの人類以外の種族をたくさん雇った。工場には社宅や社員食堂が完備している。街で路上で生活している獣人族もかなり減ったという。
ほとんどが公爵様の力だが、僕が社宅などいくつもアイディアを出したこともあって、多くの獣人族から感謝されることになった。
街ですれ違ったときも、みんな笑顔で挨拶してくれるようになってきた。
******
ランドシャフトで、飲んでいる一団があった。どう見てもガラが悪い。ただ、〈鑑定〉で見ても、それほどの極悪人ではなさそうだ。チンピラという程度だろう。
店内には、防衛隊や保安隊の隊員も客として結構いたから、まあ、大丈夫だろう。
そこにまた一人入ってきた。ただ、こいつは〈鑑定〉するとどう好意的に見ても詐欺師だ。ガラの悪い一団の仲間なのだろうか。帰ってもらった方がよさそうだ。
「お客様……」
僕が近づいたら、「はい」と男からナイフを渡された。男は刃の方を持って、僕に柄の方を向けている。僕は、何も考えずにそのナイフを手に取ってしまった。
そのときに、
「ガシャーン」
と大きな音がした。皿が料理ごと落ちたようだ。僕はそちらに目をやった。
そのとき”ドン”とナイフを渡した男が僕に体当たりをした。
「????」
「ひっ、ひとごろし!」
ガラの悪い一団の男が叫んだ。
手元に目をやると、僕の手に握られたナイフが男の腹に刺さっている。血が大量に流れ出した。
いったい何が起きたのだ?
僕のまわりで男たちが叫んでいる。保安隊か?防衛隊か?女性の悲鳴も聞こえた。レナータさんか?
僕は、気を失ったわけではないが、頭の中は真っ白で、何もわからない。思考が停止してしまって、そのまま床にへたり込んでしまった。
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我に返ったとき、僕は保安隊の取調室にいた。目の前には二人の隊員がいる。どうやら僕は逮捕されたようだ。
「どうしてこんなことをしたのだ?」
「ナイフを渡されて、相手が体当たりしてきたんです」
僕は、覚えている限りのことを説明したが、納得してはもらえない。特に刺したという瞬間は、大きな音がして、それに気がとられていた。何が起きたのか、自分でもわかってはいない。
「それじゃあ、相手が自分で刺さったというのか?死ぬかもしれないんだぞ。これが腕や足ならば、少しは信じられるのだが腹なんだぞ」
こういうやりとりがずっと続くだけだった。
確かに、死ぬかもしれないのに自分から刺さってくるというのは、僕が考えてもおかしい。理解できないというのもわかる。でも自分から刺さってきた。それが真実だ。
それから保安隊の建物の中にある牢屋に入れられた。しばらくは、ここと取調室を行ったり来たりすることになるようだ。
しかし、保安隊員の僕の扱いは、とても丁寧で不満はまったくなかった。王都風邪の救護を手伝った者ばかりで、それも僕のおかげだと思ってくれているようだった。
牢の外との連絡はできない。ただ、一人だけ登録された面会人と会うことが許された。面会人に誰もがなりたがったが、絵本の版元〈Mary〉を一緒にやっているヴィリギスが、法律や事務手続きに詳しいと言うことで面会人となった。クレバーは保安隊に出入りするのは嫌だろうし、ヴィリギスならば、あちこちの信頼も高い。僕としても知らない人よりもやりやすい。
「主は、心配してないぞ」
「それならよかった。僕も、ここでは保安隊の方々によくしてもらっているので、心配ないと言っといて」
「うん、わかった。それで、悪い知らせと良い知らせがあるんだけど」
「悪い知らせ?」
「ああ、タクに刺されたという男は亡くなったぞ」
「えっ、亡くなった……」
僕が刺したという認識はないが、それでも相手が死んだというのはショックだ。
「だから殺人罪として捜査がされることになった」
「良い知らせというのは?」
「獣人族とハンゼ商会の人たちが、タクの潔白を証す証拠集めに飛び回ってくれている。だから必ず潔白が証されるだろう。もう心配するな」
「みんなが……」
みんなが、走り回っている顔が頭に浮かんできた。うれしくて涙が出そうになる。
「今、保安隊からは、故意の殺人か、それとも事故なのか、それがはっきりするまで裁判をしないと確約をもらった。これで時間が稼げるはずだ」
「ありがとう。助かるよ」
「あと、タクと亡くなった男が言い争っていたという証言があるんだ。ただ、それを証言した男たちが、どこの誰かもわからない。名乗らず、あの場で保安隊に証言して、それっきりだ。今まで店に来たことがある連中か?レナータ嬢も今まで店に来たことは無かったと言っているんだ」
「ああ、あのガラの悪そうな連中だね。〈鑑定〉で見たとき、3人ともスキル〈釣り〉がBだった。このあたりで〈釣り〉のスキルを持っているのを見たことがなかったので、印象に残っているよ」
「うーん。それは興味深いな。海の近くから、わざわざ連れてこられたのかも……。レナータ嬢は、何度も絡まれたので顔をはっきりと覚えていると言っているし、右腕に三日月のような大きな傷があったことも覚えていた。おそらく連中が何でも知っているはずだ」
その後、いくつかの質問をしてヴィリギスは帰っていった。
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保安隊の隊員たちが気を遣ってくれていたので、牢の中は快適だった。差し入れもOKということで、セシリアが毎日食事を届けてくれていた。会うことはできないが、気持ちが伝わってきて心強い。頑張れる気持ちになる。
牢の中は暇なので、魔法の練習ばかりをしていた。火魔法はダメだが、水魔法と氷魔法は、何かを壊したりしない限り認めてもらえた。
小さな水の塊、氷の塊の形を自在にできるように練習したが、まだまだ思うようにはいかない。
なんで僕が狙われたのだろう。そのことばかりを考えていた。
しかも、かなり手が込んでいると思う。人も死んでいる。僕に何かをしたいのならば、僕を暗殺する方が、よっぽど簡単だろう。
結局、その答えは明らかにはならないまま、事件からほぼ1カ月で、僕は釈放された。
そのために、多くの獣人族の人たちが、僕のために飛び回ってくれたのだった。
釈放されて、その話をクレバーから聞いて、本当に泣きそうになってしまった。




