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王女のスキル

 王都風邪が沈静化して、日常が戻った。


 レナータさんは、公爵様の養女として正式な手続きを終え、近くシュパイエル辺境伯様から公爵様へと婚約の申し入れがされるという。


 そんな日に、ランドシャフトにシュパイエル辺境伯様が来た。王都での仕事を終えて領地へ帰る途中だそうだ。

「娘の顔をみたくてな」

 そう言ってガハハと笑う。

 店では、さすがに貴族とは言えないので、兵隊さんとか、適当にごまかしていた。


 レナータさんが応対しているのだが、僕も呼ばれた。

「タク、ありがとうな」

「えっ、なんですか?」

「王都風邪だよ。カッツェから聞いた対策をやったのだが、タクが考えたそうじゃないか。おかげで犠牲者はでなかったよ。本当にありがとう」

 ただ、前の世界のコロナ対策を伝えただけなのに、僕が過大評価されているようで、お尻の辺りがムズムズする。


「それでな、タクは独身だよな」

「ええ、そうですが」

「嫁を紹介しようか。良い娘がいっぱいいるぞ」

 僕は、どう答えようか一瞬迷ってしまった。一応貴族様だ。きっぱり断っていいのだろうか。

「だめですよ。タクさんには、想っている人がいるんですよ。両想いのね」

とレナータさんが助けてくれた。といっても、両想い?そうなのか?

「なんだ。残念だな。うまく俺の領地に連れていこうと考えたのだがな。ふられてしまったか」

 そう言って、またガハハと笑った。


*****


「来週の水曜日に王都まで来ていただけませんか」

 開店前に、突然ルイーゼさんが来て、そう言った。いつものようにピンと伸びた背筋で、いかにも侍女だ。

「王都ですか。なぜです?」

「王女殿下がお話しがあるそうです」

 王女殿下が?いったいなんだろう。カードと絵本の印税のことだろうか。あの王女と話なんてしたくはないけど、しょうがないな。

「わかりました。王女殿下でしたら断ることはできませんね。それでどんなご用でしょうか」

「それは、今はお話しいたしかねます。当日に王女殿下よりお聞きください」

 ルイーゼさんは、いかにも事務的な対応をする。


「王女殿下のお使いとしての仕事は、これで終わりです。タクさん、レナータのことでは、ありがとうございました。親友として、本当に感謝しています」

 侍女の顔から素敵なお姉さんの顔になって言った。

「そんな……。気にしないでください。僕がやりたくてやったんですから……」

「いえいえ、カッツェシュタイン公の養女にもなれて、クリスティアン様と婚約もできました。これも全部タクさんがいなかったらできなかったことですよ」

 ここのところ褒められてばかりで、なんかムズムズすることが多いが、ルイーゼさんに褒められるのは結構うれしい。素直に喜んでみた。


*****


 王女への面会の日。王女が住んでいる庭園に囲まれた離宮に向かった。


 約束の時間まで結構あったのだが、絶対に遅刻できないので早めに来た。離宮の入り口では、ルイーゼさんがもう待っていた。相変わらず背筋がピンとして姿勢がいい。

「ご足労頂き、ありがとうございます。まだ早いですが、こちらへ……」

 赤いフカフカの絨毯を歩いて、小さな部屋に通された。たくさんの花が飾られている。


「王女殿下とお話しするときは気をつけてね。まず、殿下の話を遮ってはダメ。殿下が話し終わってから話をして。次に、絶対に”いいえ”は言ってはダメ。”自分で決めることはできないから、前向きに検討します”とか言って引き延ばしてね」

 僕は黙ったままうなずいた。こうしたアドバイスはありがたい。

「それと……、タクさんには愛している人はいる?」

「それは……」

「どう言っていいのかわからないんだけど、”ヤバい”と感じたら、愛する人のことを思い出してね」

「それはどういうこと?」

「ごめんなさい。それ以上は言えないの……」

 ルイーゼさんは、そう言って頭を下げた。


 ドアがカチャリと開いて、王女殿下が入ってきた。

 真っ赤なドレスで、胸元が大きく開いている。今まで見たのは聖女としての清楚なドレスが多かったから気づかなかったが、かなり大きいモノを持っている。谷間がくっきりだ。

 僕は、この世界に来てからエロ画像、エロ動画などを見ることもない。久々に、エロいものを見てしまって、目が離せない。でも今はそんな場合ではない。グッとこらえなければ。


 僕とルイーゼさんは、立ち上がって頭を下げた。

「王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しくお慶びを申し上げます」

 僕は、ルイーゼさんに習った挨拶を、精一杯した。

 王女は、手で遮って、

「堅苦しい挨拶はいいわ。今日はよく来てくれました」

 僕は頭を下げた。


「今日来てもらったのはほかでもない。新しい絵本は出さないのか?」

「はい、出すつもりでおりますが、新しい物語がまだできておりませんので出せないでおります」

「そうか……、それではこの話はどうか」

 そう言って、何枚かの紙を差し出した。

「拝見します」

 僕は、それを恭しく受け取った。

「私が考えた物語だ。それで絵本をつくってほしい」

「わかりました。ただ私一人では決められませんので、戻りまして、みなと前向きに検討させていただきます」

「ふむ、よろしくたのむ」

 話というのは、これだったのか。これだったらなんとかなる。しかも王女の言葉も以前のようにきつくはない。考えすぎだったのだろうか。


 王女は話が終わって、ルイーゼさんの方をみた。ルイーゼさんは、すっと部屋を出て行った。この部屋では王女と二人きりになってしまった。さすがにちょとビビる。


 なんだろう。何か、甘い匂いがしてきた。花の香りではない。もっと身体の奥までとろかすような匂いだ。


「タクと申したな。ここのところお前の名をよく耳にするぞ」

「恐縮です」

 王女が、僕をじっと見ている。

「どうじゃ、これから私のために働かないか?」

 予想しない話に、戸惑う。これが本題だったのか……。

 どう答えればよいのだろう。返答を間違うと、物理的に首が飛ぶかもしれない。難しすぎる。


 どう答えようか悩んでいるうちに、頭がボーッとしてきた。甘い匂いが強くなってきて、身体の奥まで染み込んでくる。不思議な感覚だ。


 そうしていると僕の口の中に何かが入り込んできた。普通なら驚くところだが、正常な判断ができない。意識もせずに受け入れてしまった。

 それが僕の舌をねぶる。そういう経験はなかったが、動画で見たディープキスはこんな感じだろう。すごく気持ちいい。

 まさか王女が、と思ったが、王女は離れた椅子に座ったままで僕を見ているだけだ。幻覚か?いったい何が僕に起きているんだ?


「どうじゃ。考えは決まったか?」


 王女の声が、頭の中に直接響いてくる。

 そして僕の舌をねぶっていたのが、徐々に下がっていく。乳首、へそ、そしてさらに下に……。

 下半身がムズムズしてきた。ヤバい。気持ちよすぎる。暴発するかもしれない……。

 それで王女を見るが、やはり座って僕を見ているだけだ。まったく動いてもいない。


「”ヤバい”と感じたら、愛する人のことを思い出してね」

 あのときのルイーゼさんの言葉を思い出した。”ヤバい”というのは、まさに今だろう。


 そして頭に浮かんだのはセシリアだ。セシリアの笑顔が浮かぶ。いつも僕を励ましてくれるセシリアだ。その笑顔が力になっていたことが浮かんできた。

 ああ、僕はセシリアを愛しているんだ……。

 そうすると、僕の身体にまとわりついていたものがすっと消えていった。ムズムズしていたモノも治まった。

 でも、それがバレるとやばいかもしれない。とっさにそう思って、暴発を必死に耐えているふりをした。


「どうなのじゃ。答えよ」


「はい、力の限りお仕えします。ただ、王女殿下に直接お仕えするのは、あまりに畏れおおいので、ルイーゼさんのお手伝いというのでいかがでしょうか」

 必死の形相のふりをしながら答えた。


「それでよい。それにしてもよく我慢したな。あとはルイーゼと話をしてくれ」

 王女はそう言って、笑いながら部屋を出て行った。


 僕は力が抜けて椅子に倒れ込んでしまった。

 これが、王女のスキル〈性技〉なんだ。ルイーゼさんのアドバイスがなかったら、そしてセシリアがいなかったら、どうなっていたかわからない。おそらく普通の男たちなら、言いなりになるだけだろう。王女の怖さを改めて実感することになった。


 その後、部屋に戻ってきたルイーゼさんと王女から言われたことについての相談をした。特に急ぐような用件はないという。しばらくは何も変わらないだろう。それを聞いて少しホッとした。

 そうして王女からの宿題を手に離宮を後にした。


 ところが、王女から渡された物語は、スキル〈虚言A〉が織り込まれた物語だったのだ。

 情けないことに、僕はそれに気づかなかった。


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