パンデミック
「王都で風邪が流行っているらしいよ」
ランドシャフトの客同士で、そういう話がでていた。
「熱が高くて、咳が止まらないと聞いたぞ」
「かなりの人が死んだらしい」
誰もが耳にしたことがあったようで、その話で店中が盛り上がっていく。あちこちのテーブルで侃々諤々と意見が飛び交っていた。
僕は、それを聞いていて、もしかしたらインフルエンザか?と考えた。
ヨネさんも村長さんも高齢だから心配にもなる。確か、お年寄りがヤバいはずだ。
*****
その翌日に公爵様から呼び出しがあった。
「タク、王都の風邪について知っているか?」
「ええ、昨日聞きましたが、詳しいことはまだ知りません。どんな状況なんですか?」
「もう百人以上が死んでいるんだ。今まで、こんなことはなかった……」
公爵様はため息交じりに言う。
「お前の持っていた生物の教科書だと、病気は目に見えないような微生物のせいだとなっているが、今回の風邪もそうなのか?」
「風邪ならばそうですが、その病気は風邪と違うかもしれません。判断は難しいですね」
「残念な話だが、この国の医療は君のいた世界とくらべると格段に低い。まだ病気は悪魔のしわざ、精霊のいたずらとも思われているんだ。この風邪でも、祈るだけという人も多い。どうすればいいんだ?なんでもかまわない。教えてもらえないか」
そう頼まれたが、僕も自信はない。
「教科書に書いてある以上のことはわかりませんが、僕がいた世界でも伝染病が広がったことがあります。そのときのことをお話しします」
そうして公爵様と何人かの執事にコロナの対策について説明してみた。どこまでわかってもらえただろうか。
その翌日も公爵家に呼ばれた。
その日は、広めの部屋に通された。そこには50人くらいの人がいる。
「領地の医者や村長などを集めたんだ。昨日の話をもう一度みなにしてほしい」
「わかりました」
そうして僕は説明をはじめた。
まず細菌やウィルスによって病気が引き起こされていることを話す。これはほとんどの人が納得できなかった。
次に感染の対策だ。薬もないのでとにかく感染しないようにしなければならない。コロナのことを思い出して、手洗いやうがい、不要不急の外出を避けて、三密にならないようにと説明をした。マスクはこの世界にはない。
そして対策として休息をとること、水分補給が重要であることなどを話した。
しかし、どれだけわかってもらえただろうか?
「原因は、精霊や悪魔じゃないんですか?」
と真顔で質問もされる。
「目に見えない、ということで同じようなものですね。では、とりあえず精霊としておきましょう」
細菌やウィルスを精霊と言い換えただけだと考えればいい。これで、少し受け入れてもらえたようだ。精霊が移らないようにすると考えれば、密も避けてもらえるだろう。
ただ、納得してもらえないところもいろいろとあった。
「休んで水を飲むだけなんて、いい加減じゃないのか」
そう非難もされた。
「とにかく、できることは限られている。それぞれの村や持ち場で、今の話を徹底して実行するように。それを厳命する」
と公爵様が言うと、
「はい」
と、いい返事が返ってきた。そっと〈真実の目〉で見ると、半分近くが薄い赤だ。たぶん返事だけなんだろう。なかなか理解はされない。実行されるのは、それほどないだろう。
「犠牲者が出ないといいんだが……」
公爵様がポツリと言う。
この国に孤児が多い理由の第一は貧困だが、第二の理由が病気だ。若くて病気で亡くなる人が多い。クレバーもセラーも孤児となったのは両親の病死だった。病で亡くなる人を減らし、孤児を増やさないようにしたい。それが公爵様の願いでもあった。
*****
王都風邪と名づけられた感染症は、数日で街にも広まってきた。
村については村長さんが中心となって、僕の提案した対応に取り組んでくれるという。
感染した人たちのための、塩と砂糖を混ぜたスポーツドリンクのようなものも樽で用意した。
街は、王家の管轄だが、防衛隊が中心となって僕の提案を実行してくれるという。
ランドシャフトのお客さんも、僕を信じてくれると言ってくれている。
とはいえ、コロナやインフルエンザと同じでよいのか。全く違った感染症だったらと、心配もあった。
*****
さらに数日が経った。
王都では、すでに2千人以上が亡くなったと伝わってきた。みな不安だ。そしてその不安に便乗するクズたちが出てきた。
ランドシャフトは、人数制限をして密にならないようにして営業した。お客さんに手洗いをお願いして、テーブルなどもこまめに拭いた。
あるお客さんに手洗いをお願いしたら、
「俺はこれがあるから大丈夫だ」
といって、お札のようなものを出した。
見ると、教会の紋章がある。
「教会で販売している病気除けのお札だ」
別のお客は、
「俺は、これだよ」
と小さな陶器の瓶を見せてくれた。医者が売っている薬だそうだ。
薬はないはずだが、と思ったが、僕は医者ではない。なんともモヤモヤした感じが残った。
*****
次の日に気になったので、お札を販売しているという教会に行ってみた。
お札を求めて、たくさんの人が集まっている。すごい密集だ。
お札は、1枚3000円もする。
「神のご加護がありますよ」
教会の職員らしき人が大きな声で言う。〈真実の目〉で見ると真っ赤だ。嘘の自覚があるのだろう。人々の不安で儲けようとする。クズなやつらだ。
とはいえ、ここで効果がありません、ということもできない。黙ってみているしかない。
それから、薬を売っているという医者も見に行った。
その途中、リアフさんとも会った。
「知り合いにほしいって頼まれたのよ」
と言う。
医者の前に行くと、ここも多くの人が密集していた。
「これを飲めば罹りませんし、罹っても治りますよ」
と売っている男たちは言っている。〈真実の目〉で見ると、彼等も真っ赤だ。
「全部嘘です」
「やっぱりね。知り合いには売り切れていたと言うわ」
リアフさんは、僕のスキルをなんとなくわかっているようだから、僕の言うのを信じてくれた。
その瞬間、売っていた陶器製の薬の瓶が次々と割れていく。見ると中の薬が急激に凍り、膨張して割れてしまったようだ。
リアフさんを見ると、
「最近、レベルが上がったのよ」
と言って、「テヘッ」と笑った。
そしてこのクズたちの正体は、またしてもアレだった。




