二人の未来は
防衛隊に、ランドシャフトまで送ってもらった。
店に行くと、みなが残っていた。レナータさんを徹夜で待っていてくれたのだ。
「よかった。無事で……」
ずっと心配していたようで、レナータさんの無事な姿を見て喜んでいる。
「お腹がすいたでしょ。簡単なものでも用意するわ」
気がつくとすでに朝食の時間だ。
「よかったら、一緒に朝飯でもどう?話したいこともあるし……」
と、クリスティアンを誘ってみた。もちろんレナータさんもだ。
「そうだな。そうするか」
パンとスープと飲み物を用意してもらった。
疲れた身体にやさしい。気持ちも落ち着いてきた。
残っていた人も疲れているだろうから、今日は臨時休業にしてゆっくりと休んでもらうことにした
「身体は大丈夫?どこか痛いところはない?」
クリスティアンが心配そうに声をかけた。
「ええ、特に痛いところもなくて、もう大丈夫です」
「よかった。本当に」
「また、詳しいことを聞くことになると思う。思い出すのは辛いかもしれないけど……」
「私は、平気です。ビックリしましたけど、それほど酷いことはされていませんから」
「それならよかった」
今の二人のやりとりを見ていると、さすがににぶい僕でも気づく。この事件で、二人の距離がぐっと近づいたようだ。
公爵様に報告もしなければならない。話を聞くには今が一番良いタイミングだろう。
「それで……、これからのことだけど……」
僕は、話を切り出した。
「えっ、何?」
「うーん、だから二人のこと……」
クリスティアンは、僕の意図を察してくれたようだ。顔が真剣になった。姿勢も正す。
「僕は、レナータと結婚したいと思っている」
きっぱり言った。
それを聞いたレナータさんは驚きの表情を見せたが、そのままうつむいてしまった。
僕は、きっと喜ぶだろうと思っていたのだが、そうでもない。
ゆっくりと顔を上げたレナータさんの目が潤んでいる。
「とても光栄です。でも私にはその資格はありません」
「資格?」
「はい、父があのようなことをしてしまって……。私には、幸せになる資格がないのです」
レナータさんは、目にうっすらと涙が浮かんでいる。
クリスティアンは、レナータがザラブ男爵の令嬢とは知らない。そもそも平民だと思っていた。そしてレナータも、これまでも極力知られないようにしてきた。ザラブ男爵が何をしてきたかは、防衛隊なら誰もが知っている。知られると必ず嫌われる、そう思っていた。
求婚されて、もう隠してはいられない、そう考えたのだろう。
「私は、降爵されたザラブ男爵の娘です……」
ポツリポツリと話し始めた。ザラブ男爵が、今までどんな悪いことをしてきたかを。
レナータさんがそう考えていることは感じていた。公爵様もだ。だからこそ養女にして幸せになってほしいと思っていたのだ。
「いや、君と君のお父さんは別の人間だ。君は何も悪いことはしていない。責任をとれとは誰も言わない。むしろ君は犠牲者なんだ。胸をはって生きていいんだ。自信をもって」
「でも……」
それでも自信がないようだ。
「元々、君が平民でもかまわないと思っていた。僕が家を出て平民になって君に求婚するつもりでもいたんだ。君がどこの誰でも関係ない。素のままの君が好きなんだ」
クリスティアンの言葉に、レナータが顔を上げた。目は真っ赤だ。
「私で……、いいんですか?」
「君が、いいんだ」
その言葉に、また顔を伏せてしまった。
「レナータは、クリスティアンのことをどう思っているの?」
「お慕いしています。ずっと前から……」
「それじゃあ、何も問題ない。実はね、カッツェンシュタイン公が、君を養女にしたいと言っているんだ。君が今のようにザラブ男爵のことを気にしているんじゃないかと心配してね。君が苦労していることはご存知だ。それで君が幸せになるために力になりたいともおっしゃっているんだ。今、二人の気持ちを聞いたのも、公爵様から頼まれてのことなんだ」
「公爵様が……」
「そう。公爵様だけでない。僕も、クリスティアンも、セシリアとリアフさんも、ルイーゼさんも、そして防衛隊のみんな、ランドシャフトのお客さん、みんな君に幸せになってほしいと願っているんだよ」
「みんなが……」
「私は……、幸せになってもいいんですか?」
「もちろん!」
「僕が、絶対に幸せにする!」
レナータさんの目から、涙があふれる。それを拭おうともせず、両手を差し出した。
「よろしくお願いします」
クリスティアンは、その手をとって、力強く握った。
*******
その翌日のことだった。
開店そうそうに公爵様が来た。バルドリアンも一緒だ。
「なんで昨日は休みなのだ!」
入ってきていきなり雷が落ちた。
「いや、いろいろと事情はお伝えしたかと……」
「それは聞いたが、あんな伝言を送ってきて休みとはなんだ」
昨日、クリスティアンとレナータと話したことを公爵邸に、すぐに伝言屋に伝えてもらっていたのだった。伝言屋は、前の世界の郵便と宅配便を合わせたようなもので、手紙や物を届けてもらうことができる。
それを見てすぐに駆けつけのだが、ランドシャフトは休みだった。
「めでたいことは、早いほうがいいだろ!」
怒っていながらも笑顔の公爵様を、まあまあとバルドリアンがとりなしてくれる。
「二人がそろったほうがいいですね」
「そうだな。それまで酒を飲んで待とう」
しばらくするとクリスティアンが来た。昨日のことがあるから、毎日顔を出すだろうと思っていたが、今日は早い。おかげで助かった。
クリスティアンとレナータさんを公爵様のテーブルに呼んだ。
「こちらがカッツェンシュタイン公です。隣が、ご子息のアヒレス様です」
バルドリアンは、本名で紹介する。
レナータさんは、二人を見て驚きの表情だ。
「いつも、いらっしゃっていますね。まさか公爵様とは存じ上げず失礼もいたしました」
「気にするな。いつも君が働いているのを見ていたよ。がんばっていたね」
「恐縮です」
レナータさんは貴族らしい礼をした。
「私は、クリスティアン・フォン・シュパイエルと申します」
クリスティアンは名乗って頭を下げた。
「シュパイエル?というと辺境伯の?」
「はい、シュパイエル辺境伯家の次男です」
「そうか……」
公爵様は、何かを考えている。それも難しそうな顔でだ。悩んでいるのだろうか。
「レナータ、悪いが私の養女という話はなかったことにしてくれ。代わりの養父は私が責任をもって紹介するから」
突然のことに、僕は驚いて「なぜですか?」と聞いたが、
「いや、特に理由はないが……」
と歯切れが悪い。
それまで盛り上がっていた場が冷たくなった。誰も何も言えない。
そこにバルドリアンが助け船を出してくれた。
「親父、何を情けないことを言っているんだ」
「何が情けないのだ」
「親父は、シュパイエル伯爵とはライバルで、ここのところ負けっぱなしだから、頭を下げたくないんだろう。だから彼がシュパイエル家と聞いて顔色がかわったんだろう」
「いや、そんなことはないぞ」
「じゃあ、なんだよ」
「それは……」
「妹たちも、お姉さんができるって喜んでいたのにな。これで嫌われるかもな」
「それを言うなよ……」
「僕は、レナータが公爵様の養女でなくても結婚するつもりです。ですから公爵様がご無理をされる必要もないかと存じます」
クリスティアンは、まるで決意表明のように強く言う。
「そう言われるとなあ。わかった、わかった、レナータを養女にする。いや、私が養女にしたかったんだ。そう……、養女になってくれ。頼む……」
完全に公爵様の負けだ。
見ていたレナータさんは、笑顔で頭をさげた。
「よろしくお願いします」
それから四人で軽く食事をして、その日は終わった。
後日、改めて公爵家にて正式にて手続きをするという。
ただ、この二人の結婚が、後に大きく国を揺るがすことになるが、それはまた後の話だ。
それより、近衛兵を尋問する中で、とんでもないことが発覚して、事態は急展開となった。




