ザラブ子爵令嬢
突然ランドシャフトにやってきたルイーゼともう一人の令嬢。そして僕に「助けてほしい」と言う。しかも彼女は、あのザラブ子爵令嬢とも……。
「とりあえずこちらへ」
と僕は、テーブルへ案内した。
「きれいな人ね」
とセシリアが耳打ちする。
「そんなんじゃないよ」
と言うが、僕が言うのも聞かないで、さっさとお茶の準備に行った。
「私たちは席をはずしましょうか」
リアフさんが気を利かしてたずねた。
「いえ、みなさんに、特に女性の方にも聞いて頂きたいのです」
「いったいどういうことですか?僕にできることですか?」
「最初にヴィリギス様に相談に行ったのです。しかし、子爵家と公爵家の関係もあるので、できることは限られると。そしてタク様に相談するようアドバイスをいただきました」
それから、ルイーゼは淡々と説明を始めた。
ザラブ子爵家の令嬢のレナータさんは、子爵の前妻のお子さんで長女にあたるという。
前妻と子爵は、家同士が決めた政略結婚だったため、お互いに愛情はなかったそうだ。しかもザラブ子爵には愛人だらけ。そんな中で、普通の結婚生活が送れるわけがない。
そしてレナータさんが10歳のとき、その母親が病気で亡くなった。それからのレナータさんの扱いが酷くなったという。
「彼女とは、幼年学校からの親友だったの。それが急に学校にこなくなって……」
母親が亡くなると、すぐにレナータさんには物置のような部屋をあてがわれ、子爵家の雑用を押しつけられるようになった。食事も満足に用意されなかったという。
見ると、痩せ細った手足で、皮膚もカサカサ、髪にも艶がない。ひどい栄養状態だったのだろう。
ザラブ子爵は、すぐに愛人だった今の後妻と結婚した。レナータさんにとっては継母だ。
その後妻も酷かった。レナータさんの実母が残してくれたドレスや宝石は勝手に売り払ってしまった。思い出がつまった大事な形見だ。
お茶を淹れるように言ってきて、「ぬるい」「まずい」とカップを投げつける。夜中に翌朝までの掃除を言われることもしょっちゅうだ。ハッキリ言って、いやがらせでしかない。
そしてできなければ、罰として食事抜きにもされる。鞭で打たれることもあったという。
実の父親であるザラブ子爵も、何も言わないだけでなく、一緒にいやがらせをするのだ。
「辛かったのは、カエルの世話です」
「カエル?なんで?」
「お父様は、その昔に赴任していた地域でカエル料理にはまってしまって、このあたりにはいないので屋敷で養殖していたんです。その世話をやらされていました。濡れるし、重いものを運んでばかりの重労働でした」
「僕がいたところでも食用ガエルはいたな……。ここでは珍しいのか……」
そう言うのをリアフさんとセシリアは、思い切り嫌悪な目で見ている。
「私には無理。絶対に」
田舎で生まれ育った二人でもそうなのだ。貴族の令嬢として生まれたレナータさんにとっては肉体だけでなく、精神的にも大きな負担があったのだろう。
「そして、今度はブロッケン伯爵に嫁げと……」
「ブロッケン伯爵?」
「ええ、あまり知られてはいませんが、よくない噂ばかりの貴族です」
「えっ、どんな噂なの?」
「いい年をして、確か50歳は越えていたかと思いますが若い女性が好きで、若い奥さんばかりをもらっているんです。そこに嫁げと……」
「うわあ、やだな。でも結婚は家が決めることですよね」
と言うのは、年下旦那をもらったリアフさん。
「ええ、家の当主が決めれば逆らえません。でもブロッケン伯爵には、重大な疑惑があります。それは、もらったばかりの若い奥さんが立て続けに亡くなっているんです。3人連続で。すべて病死と届けられています。殺されたという噂もあります。そんなところにレナータをやるわけにはいきません」
「それで逃げ出したんですね」
レナータはうなずいた。
「先日、王女殿下のお使いで街に来たら、彼女とばったりあったんです。街で行き場所もなくて、途方に暮れていました。幼年学校以来で、話を聞いてなんとかしてあげたいと思ったんです。いったん私の屋敷に連れて帰りましたが、私の屋敷ではすぐに見つかってしまうでしょう。それで助けてもらえる方を探していました。どうでしょうか?」
「保安隊などに保護してもらえないの?」
僕は、前の世界の感覚で質問した。親子の虐待などは警察案件だ。
「無理です。この国では女性は家の所有物です。保安隊も手を出すことはできません」
セシリアが、全力で首をふっている。そういえば、セシリアもそうだった。
「わかりました。とりあえず、ここの二階に部屋がありますから、そこで過ごしてください。セシリアもリアフさんもいますし、カンさんという強力に頼りになる人もいます」
「よろしいんですか。ありがとうございます」
ルイーゼさんもレナータさんも、泣きながら僕の手をとった。
「心配いりませんよ。私たちにまかせてください。タクも、こういうときは頼りになりますから」
セシリアは、自分の父とのことも思い出したのだろう。僕もちょっと頼られてうれしい。
それにしても、ベアル男爵といい、ザラブ子爵といい、そしてブロッケン伯爵、クズばかりだ。まともなのは公爵様だけだ。
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レナータさんのことは、ヴィリギスにも報告した。タクを紹介してよかったと、あのクールなヴィリギスが笑顔で喜んでくれた。
そして当然クレバーにも話をした。
「なんてやつなんだ。ほんとにクズだな」
そう言いながらも、
「ザラブ子爵を聖女から切り離すために、潜入して調査もしていたが、なかなか尻尾をつかませてくれなかったんだ。今の話は役立つな。ちょとおもしろいアイディアを思いついた」
「そうか?」
「ああ、今度、その令嬢にも会わせてくれ」
「わかった、そう話しておくよ」
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レナータさんをランドシャフトの二階に匿った。しばらくは安心だろう。
でも、レナータさんが「何もしないのは申し訳ない」と手伝いをすると申し入れてきた。店に顔を出すと見つかる可能性もある。
「お皿洗いでもなんでもします」
貴族令嬢とは思えない。良い人だ。でも、皿洗いの裏方と言っても、店内から丸見えだ。
「大丈夫よ。まかせて」
リアフさんが、レナータさんの髪を結って、お化粧をする。
セシリアが、何着かの服を持ってきた。
「タクは外に出ていて」
と追い出されてしまった。
「入っていいよ」
そう呼ばれてまた店に入る。
お化粧をして、着替えたレナータさん。まったく別人だ。変装と言ってもいいだろう。
「女性って……。すごい……。もしかしてリアフさんの素顔は……」
と言いかけたところで、セシリアに頭を叩かれてしまった。
「そういうことは言っちゃだめ」
レナータさんは笑っている。やはり彼女は美人だ。ランドシャフトの新しい看板娘の誕生だった。
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「来週、ザラブ子爵の屋敷で、酒類販売公社の総会とパーティが開かれる」
クレバーが、店に来て言った。
「いよいよだな」
「ああ、準備はできている」
「レナータさんも来ると良いよ。きっとおもしろいものが見られるよ」




