聖女へのプレゼンテーション
公爵の屋敷。ドアの向こうには王女がいる。
ドアを開け部屋の中に入る。おそるおそる、ゆっくりと。
3人掛けのソファーの真ん中にメサリーナ王女が深く腰掛けていた。
王女は、やはりすごい美人だ。髪、肌、瞳、すべてが完璧で調和がとれている。
前に見た白のドレスではなく、深紅のドレスだ。その深い赤が、彼女の美しさをより際立たせていた。
そして、”私は王女よ”というオーラが全身をまとい、誰も近づけさせない。
「誰?」
「君にお願いがあるんだって」
王女の向かいに座っている公爵様がニヤニヤしている。
「そういうことで呼んだのね。叔父様が来てくれなんて何かと思ったわ……」
王女は、座ったまま僕を値踏みするように、爪先から頭の上まで視線を動かした。
「私にお願いをしたいなんて、何者なの?」
「僕は……」
と言いかけたら、
「あなたには聞いていない!」
とピシャリと言う。想定通り厳しい。
「平民の願いなんてきいてられないわ」
とも言う。そして、
「私に会うというのに、なんて格好をしているの。これだから貧乏人はいやなのよ」
と、厳しい言葉がマシンガンのように出てくる。
「彼はね、孤児とか子どもたちのためにしたいことがあるんだって……。だから協力してあげようと思ったんだ」
公爵様がそう言うが、
「子ども……。ふーん、それで……」
と、子どもにはまったく感心が無いような素振りだ。
「まあ、そう言うな」
まあ、ここまでは想定内だ。僕は部屋の外に合図をした。
ドアを開けて、侍女が入ってくる。
「よろしかったら、これをお試しください」
と、王女の前にアイスクリームを出した。まだ、この世界には無い。
「これは何よ」
「まあ、いいから食べてごらん」
公爵様が、うまく促してくれる。
王女は、おそるおそるスプーンで少しだけすくって口に運んだ。
口にいれた瞬間、王女の目が大きく開いた。少し笑みもこぼれている。美味しかったのだ。こういう表情だけをみると、ほんとうにかわいい。
「まあ、悪くないわね」
そう言って、二口目、三口目を口に運ぶ。
「ほんの気持ちですが、こちらも受け取って頂けたら」
と、カバンの中に入っていた100均で買ったアニメキャラのマスコットがついたキーホルダーを手渡した。半透明のプラスチック製。この世界ならば宝石にも見えるかもしれない。
王女はそれを手に取り、回しながら見ている。
「これは何なの」
「アクセサリーみたいなものです。私たちは、それをカバンなどにつけたりしています」
「ふーん、とりあえず頂いておくわ」
受け取ってもらえた。まず、第一段階はクリアだ。
「じゃあ、入ってきて」
僕は、部屋の外に声をかけた。
「はーい」
とかわいい声がして、シシィ(アマーリエ)と双子のアナとグレタが入ってきた。ヒラヒラした白いドレスを着ている。
「ようこそお姉様」
と挨拶をした瞬間に、王女の手のアイスクリームを見つけた。
「あっ、アイスクリームだ!」
と王女のテーブルに突進しようとする。
「みんなの分はあるから安心して」
僕がそういうと、うれしそうにうなずいている。
「じゃあ、練習通りにやってみてください」
三人はは王女の前に来ると一礼して歌い出した。
聖女よ、聖女、やさしき聖女
私たちの願いをききたまえ
我がヴェステンランドを守り、人々を導きください
・
・
・
歌い終わって、もう一度礼をした。
王女は、笑顔で拍手をしている。
「おねええさまあ」
歌い終わった三人は、王女のソファに飛び乗った。王女は三人を交互に抱きしめる。
王女は、きれいなもの、かわいいものが大好きで、この三人が大好きだった。王女にとっての唯一の弱点だ。三人がいると、悪い口のききかたは絶対しない。
三人にアイスクリームが運ばれてきた。王女もおかわりだ。機嫌もかなりよさそう。
「今、歌っていただいたのが、”聖女の歌”です。我々がつくりました。この歌を広めたいと思っております。この歌には、王国の国名、都市や重要な地名なども織り込んであります。この歌を広めることで、子どもたちが王国のことを理解するのに役立つことと信じております。王女殿下におかれましては、この歌を広めることをお許し頂きたく存じます」
僕は、深く頭を下げた。
「まあ、いいんじゃない」
王女はそっけなく言うが、口元がほころんでいる。少しうれしいらしい。
第二段階はクリア。でも問題はこれからだ。
「それで、私に何かメリットはあるの?」
食いついてきた。
「そのため、もう一つお願いがあります」
僕は、そう言って、王女の前に絵本と何枚かのカードを出した。
「あっ、お姉様だ」
三人娘が声をそろえる。絵本は、王女をモデルにして、白雪姫をアレンジしたものだった。美しい姫が、王子に虐げられ城を追い出されたという設定にした。もちろん、あの王子をイメージしている。
カードは、王女のブロマイドのようなものだが、版画で作成するため、精緻な絵にはできない。そこで公爵家のお抱え絵師にシンプルな線画で何パターンか描いてもらった物だった。
「これらを売りたいのです。そしてその売上を孤児たちのために使いたいのです。もちろん王女殿下には、謝礼をさせていただきます」
「謝礼?」
「はい、絵本やカードは、1冊、1枚売れるごとに200円をお支払いします」
「200円……」
そんな金額と、鼻で笑うようなリアクションだ。
「ええ、ですから千部売れると20万円、1万部売れると200万円、百万部売れると2億円を殿下にお支払いすることになります」
「にっ、2億円!」
王女はソファから立ち上がりそうにもなったが、ぐっとこらえた。
「ええ、そうなります」
数百万というこの国の人口を考えると、百万部売れることはあり得ないのだが、王女はバカで計算ができないらしいから、そう言っても大丈夫だろう。売れればそうなるのだから、これは詐欺ではない。
「まあ、いいんじゃないの。承認するわ」
ニヤけているのを悟られたくないのか、扇子を開いて口元を隠している。
「そうしますと、いくつかある絵柄で、どちらがいいかご希望をお聞かせください」
「私はこれがいい」
とシシィとグレタが1枚のカードを取り上げた。
「私は、これがいいな」
とアン。
「みんなの意見も尊重したいけど、私はこれにするわ」
と、王女は1枚のカードをとった。三人娘の選んだのよりもクールな感じの絵柄だ。
「これで決まりですね。それでは今後王女殿下にご相談することも出てくると思いますので、殿下の侍女で、どなたか窓口を決めて頂ければと思います。こちらは公爵家のヴィリギスが窓口となります」
「わかったわ。あとで連絡させる」
これで終わった。すべてはうまくいった。
公爵様は、何も言わず、ニヤニヤと見ているだけだ。面白がっているだろう。でも、公爵様は、大義名分ではなくて本当に孤児のためにもと思っているようだ。だから、これだけ力を貸してくれているのだ。
「それでは失礼します」
「タク兄様、またね」
三人娘のかわいい声に送られて、部屋を出た。
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後日、ヴィリギスのところに王女の使いとしてルイーゼという女性が来た。先日の取り決めの確認とそれを文書として残すためだという。そのあたりの手続きは、ヴィリギスがすぐに手配してくれた。本当に有能だ。
絵本もカードも試作品ができた。
それを聖女推しのセシリア、リアフさんにも見てもらう。
「これは絶対売れるわ」
二人とも強く言ってくれた。少し不安もあったが自信が湧いてきた。
ちなみ王女と直接会ったことは内緒にしている。
絵本やカードの木版印刷の職人を王国全体から集めて工房も立ち上げた。これは公爵様のコネクションを使った。腕の良い職人を集めたので印刷の質もいい。
そして、下働きには公爵領の孤児院の子どもたちを総動員した。それも公爵様のねらいだった。子どもたちの手に職をつけさせ、自立できるようにもするのだ。
いきなり王国全体ではリスクもある。ヴィリギスのアドバイスで、まず街だけで販売を開始することにした。
さあ、販売開始だ。




