旅に出よう
後に「炎のデビュタントボール」と呼ばれる事件から1週間後。
王城の奥、謁見の間に王国すべての貴族が集められた。普段は登城しない地方の貴族もだ。
正装で並ぶ貴族の一番端に僕は立っていた。
「みなの者、よく来てくれた……」
冒頭に王女が話を始めた。
「こたびの王城での事件では、心配をかけた。これも私の力のなさからだ。詫びをする」
それから宰相のネルツ公が、事件の経緯、ニセ金問題、各地での暴動などについての説明をしていった。そして、処分された貴族についても。
「これらのすべては、関わった貴族の私利私欲から始まったものだ。今後は、このようなことが無いように心してくれ」
ネルツ公は、最後にこの言葉で締めくくった。
それから、13人の貴族の名前が呼び上げられた。噴水庭園で王女と人間の壁になった貴族たちだ。
「この者たちは自らの危険を顧みず、若者たちを守ろうした者たちだ。それを称えたいと思う。それぞれ爵位を上げ、新たな領地を与えることとする。これからも王国のために働いてくれ」
13人の貴族は、順に王女から証書を受け取り、礼を返した。
さらに、クレバーが呼ばれた。一連のドクトルへの対応を評価されて男爵位に叙爵することになった。
正装したクレバーは、王女の前に立った。
「よくやってくれた」
そう言葉をかけられて、ネルツ公から男爵位の徴章を授けられた。
クレバーと初めて会ったときは、借金の取り立てで村に来たときだった。それから、ゴツトツ国からの脱出、詐欺事件の解決、聖アンナ正教との対決、それから……。今までの様々な出来事が頭を過ぎっていって、ちょっとほろりとしてしまう。
一連の表彰が終わって、王女は貴族全員を見渡した。
「事件のときに貴族らしからぬ振る舞いをした者がいた。その者たちはここにはいない。爵位を剥奪、領地を没収して平民に落とした。これからは、貴族の名の下に不正を働く者を容赦しないから、そのつもりでいてくれ」
この王女の言葉に、ビビった貴族も多いだろう。
でも、王女が、率先して人間の壁となったことで、あの場にいた貴族のほとんどが王女支持となった。
第1王子派は、デアヴァル公の逃走で事実上解体している。第2王子派は、中心となっていたディールス男爵の失脚で、ほとんど力はない。そして第3王子派は、元々はデーン国とのつながりの方を期待しているので、王位継承についてはそれほど関心はない。
つまり、結果として、王女が王位を継承することを阻む者はいなくなったのだ。
ドクトルの企みという災いが、福となったのだ。
これで、王女が理想とする政治が実現できるだろう。
それから、王女は少し顔を赤らめながら、もう一度立ち上がった。
そこにバルトリアンが出てきて、横に並んだ。
「みなに報告することがある。私は、ここにいるアヒレス・カッツェンシュタインと婚約したことを報告する」
王女は真っ赤になっている。
「おめでとうございます」
貴族一同が、お祝いを述べる。拍手が、広い謁見の間全体に響いていく。言葉だけのお祝い、形だけの拍手では決してない。どの貴族も、笑顔で、心から王女を祝福している。
それは王国が一つになった瞬間のようにも思えた。
並ぶ2人は、幸せそうで、セシリアにも見せたやりたいと、つい思ってしまった。
******
レミュス老人から、お呼びがかかった。セシリアも一緒に来てほしいという。
屋敷の一室で待っていたのはドクトルだった。
「君たちに御礼を言いたいそうだ」
レミュス老人はそう言った。
ドクトルは、軽く頭を下げてから話し始めた。
「温かかったんだ。あの叩かれたとき……、なぜか温かさを感じたんだ」
自分の気持ちを確かめるように話す。
「母と一緒の時、3歳くらいまでかな……、あの温かさに満ちていた。それを思い出したんだ。ずっと、心の底に眠っていた思い出が……、楽しかった頃の思い出が……」
セシリアと僕は、それを黙って聞いていた。
「母が亡くなった……、処刑されたときに、その思い出に蓋をしてしまったんだ。だからといって許されることではないけれど、それで、俺は人を恨んでしまったんだ」
レミュス老人が、ドクトルの背に手をやった。
「おかげで、思い出すことができた……。その礼を言いたかったんだ」
おそらく30代後半だろうか……、その3歳の頃の記憶を思い出すなんて、やはり頭のつくりが違うようだ。
「言いたいことはそれだけだ」
ドクトルはそう言った。
「それだけ?」
セシリアは、そう言うドクトルに聞き返した。
「ああ、それだけだ……」
「どうして? せっかく友達になったのに」
「友達……、そんなことはないだろう……」
セシリアは持ってきたバスケットを開けて、焼いてきたクッキーを出した。
「お茶をお願いできます?」
そう言って持ってきたクッキーをテーブルの上に並べ始めた。
「まず、お茶を飲んで、お話しをしましょう」
セシリアは、笑顔で言った。ドクトルは、あきれたような表情でクッキーに手を伸ばした。
「美味い」
「ほら、笑顔になるでしょ」
それからはセシリアのペースだ。
一方的にセシリアが質問していく。お母さんがどんな人だったか、どんな料理を作ってくれたか……。ドクトルは、おどろくほど細かく覚えていた。
「今度、そのお料理を作ってくるわね」
「俺が勝てなかった理由がわかったような気がする」
ドクトルは、しみじみと言った。
********
クレバーが男爵にとなったことで、ミアさんとの婚約が正式に決まった。
ランドシャフトでは、大宴会だ。
ハンゼ商会のボスから、公爵様、バルトリアンにクリスティアンも参加して大盛り上がりだった。
そして、最近は王女様とバルトリアンが変装してランドシャフトに来るようになった。
来ると言っても、王都を空けるわけにはいかないから、僕が空間魔法で送り迎えをしている。
「一度、ここの料理を食べてみたかったんだ」
庶民の服を着ているが、やはり王女は美人だから目立つ。だから、一番奥の隅っこに席を作った。
王女は、バルトリアンとの食事をしながら、他の客の話に耳を向けている。国民が何を考え、何に悩んでいるのかを知りたいのだ。
「1人だけ、紹介してもいいですか?」
セシリアは、無理を承知で頼み込んだ。
「かまわないよ」
王女がそう言ってくれたので、リアフさんを紹介した。リアフさんは感激で泣きそうだ。王女も、それをなだめるのに苦労している。
それから、村で、ちょうどイモの収穫が始まった。
ルイが植えたイモだ。
約束通り、ルイも収穫に来た。
「こんなに大きくなるんですね」
イモを引き抜いて、顔の高さまで持ってきて、ルイが笑う。
それをデーン王が微笑みながら見ていた。
ついでに王女とバルトリアンも参加した。
本来なら、首脳会談になりそうなところだが、そんな野暮はしない。王女もデーン王も泥にまみれてイモを引き抜いて、転んで、大笑いしている。
その夜には、セシリアが中心になって作ったイモ料理を、みんなで堪能する。
村の人たちは、王女にもデーン王にもすっかり気を許して、タメ口になっている。
「これを食べてみなよ」
村人から、そう言われた王女が口にする。
「これは美味いな」
「そうだろう。王国の名物にしたらどうだ?」
「それはよいな。今度、商業大臣に話をしておこう」
こんな場で、国の政治が動いてしまっている。
王女は、この王国のトップなのに、それを1ミリも感じさせない。これも王女の本当の姿なのだろう。
「これが国の本当の在り方だな」
デーン王が、盛りあがっているみんなを見ながら、しみじみと言った。
「国民がいて王がいる。ただそれだけのことだが、一番大事なのだ。国民がいないように扱われている国が多すぎるのだ」
「そうですね」
「王女殿下も、よい王になりそうだな」
「はい。だから精一杯お仕えしたいと思っています」
「今日は楽しかったよ。また呼んでくれよな」
「ぜひ、来てください」
デーン王は、僕の背中をポンと叩いた。
********
ずっと問題続きだったが、ようやく平穏な日々が戻ってきた。
いつものようにセシリアが作った夕食を一緒にとる。
そんな当たり前の日々がうれしい。
「ねえセシリア」
「何?」
「旅に行かない? 時間もできたし……」
「いいわね。でもどうして?」
「国の仕事をすることになっているのに、僕は、まだこの国のことをよく知らないんだ。だから、どんな地域があって、どんな人が住んでいるのかを見てきたいんだ。王国内なら、空間魔法ですぐに戻れるから、ヨネさんの心配もないしね」
「それなら、ついでにその土地の美味しい物を食べて回ろうよ」
「いいね。それじゃあどこから行こうか?」
「そうね……。北と東は行ったから、次は西かしら」
「何があるんだろうね」
「私も知らないの。でも知らないほうが楽しみだわ」
セシリアは、楽しそうに笑った。
僕が、この世界に来て、いろいろな人と出会って、いろいろな経験ができて、それが今の僕となっている。
この旅で、いったいどんな人と出会うだろう。そしてどんなことが起きるだろう。
もう、ワクワクが止まらない。
100回目までを第1部として、ここでいったん終わります。ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
少しお時間をいただいて、第2部を再開したいと思います。
諸国漫遊で何が起きるのか? 王国から逃走した貴族は何をしでかすのか? 事件の解決のためクレバーとドクトルの協力なども構想しております。
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