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1.8 ネームドモンスター

「ダンジョンのボスか!?」

 強風を受けながら太鼓は声を張り上げる。巻き上がる土が目には入らないように腕で庇いながら突如現れた怪鳥を睨んだ。

「いえ、このダンジョンにボスはいないはず……」

 ユウカは攻略するダンジョンの事前調査を怠らない。深淵の螺旋階段にボスの類は存在しない。情報が出回りにくいゲームとはいえ、特別個人的な利益が出ない限りはダンジョンの存在やボスの有無などは公開される傾向にある。それはダンジョンなど大掛かりなものは発見されやすいからであり、隠匿するうまみも少ないからである。


 そのような状態であるからこそ、情報の見逃しというのは起こりにくい。それゆえユウカは混乱していた。しかしチームのブレインたるユウカは状況をすぐに把握して指示を飛ばす。

「よけて!」

 ユウカは叫ぶ。暴風の主は太鼓を標的にしてすさまじい勢いで襲い掛かる。

「ぐっ」

 胴体を貫こうとする爪を太鼓はかろうじて横に転がり回避したが、後れを取り脇腹に爪がかすり、少なくないダメージを受けた。


 リンドウは太鼓の前に瞬時に移動、4人をかばうように敵と向き合う。相手は追撃のタイミングを見計らっている。リンドウはカバーに入らなければ不味そうだと判断した。

「太鼓!大丈夫か?ヤバそうなら一旦引いとけ」

「リンドウさん!あれは……」

 クラウドは注意をそらさず敵を睨み付けながら尋ねる。今まで戦ったことがない桁違いの圧力を受け、声は少し震えている。それでもパーティーの壁として最前線にたつ。


「『吹き荒ぶ暴君 ハルケンティア』、ボスじゃないけど何故かここの最下層を住処にしてる巨大な狂鳥だな」

 リンドウは気を抜かず冷静に説明する。

 ネームドモンスター。ダンジョンボスといった存在など、種族ではなく固有の名前が与えられているモンスターをそう呼ぶ。ネームドモンスターは総じて高い戦闘能力を有する。ダンジョン以外に一部地域を占領していることもあり、争いを避けるため縄張り周辺にはその他モンスターは近づかない。ゆえに、妙にモンスターと遭遇しない場所にはネームドモンスターに類する強力な存在がいることが多い。


 ハルケンティアは深淵の螺旋階段の最下層を縄張りとするネームドモンスターだった。これは非常に珍しいタイプで、常にダンジョンにいるわけではないのでボスとはされていない。出現条件も今のところ謎で、普段は深淵の螺旋階段の外に出ていることだけはわかっている。精霊術師以外のプレイヤーはそもそも深淵の螺旋階段に訪れることが少ないため、目撃証言も少ない。ユウカの事前調査にハルケンティアの存在が引っかからなかったのはそのせいだ。

 移動速度と距離が半端ではないため、ハルケンティアの生態を調査するのは難しい。


 クラウドはリンドウの説明を聞いて顔をしかめる。嫌な敵と遭遇してしまったと。

「リンドウさん、僕たちのレベル的に戦えそうな相手ですか?」

 クラウドは先ほど太鼓がやられる姿をみている。十中八九無理だとわかっていながらも聞かずにはいられなかった。

「君らだけなら難しいかな……見てわかる通り恐ろしく動きが速い。強敵のなかでもっとも厄介な、逃走することが難しいタイプだ」

 冷静に状況を分析、それを伝える。


「そうですか……」

 クラウドはリンドウの答えを聞き納得。予想通りの答えであるため落ち込みはしない。ちらりと太鼓のほうに視線をやる。ユウカが回復魔法<ヒール>をかけていた。全回復までは時間がかかる。戦闘できなくはないが、策もなしに戦闘に入ればジリ貧になりそうだ。


 そのときクラウドに疑問が浮かんだ。深淵の螺旋階段について詳しいというリンドウ。ハルケンティアについても知っており、彼の落ち着いた態度から何かしらの策があるのではないかと。

「『君らだけなら』って……リンドウさんならどうですか?」

 クラウドはリンドウの横顔を見る。これまでの戦闘と変わらず、焦った様子はない。ただいつも通り敵を見据えていつでも行動できる構えをとっていた。

 リンドウはクラウドの言葉に驚きと期待、そして”なるほど、彼らは強くなる”と納得していた。

 (戦う意思は消えていない……と)

 リンドウの戦力をある程度予想したうえで、一緒になって戦えば自分たちでもハルケンティアと戦える可能性を見出し、安易に敗北を意識しない。攻撃を受けた太鼓もハルケンティアを強くにらみつけている。回復をしつついつでも味方にバフをかける準備をしているユウカ、魔法の詠唱に入り、火の精霊を呼び出しているお茶、ともに戦闘モード。

 人間だれしも圧倒的強者の前に戦うことすら諦めてしまうことがある。しかしクラウドたちの瞳には戦う意思が宿っている。状況が少しでも異なれば蛮勇かもしれない。しかし今であれば勇気、成長への第一歩となる。

 

 であるならばと、リンドウは彼らの意志を尊重する。

「一緒にあいつを倒すとしようか!」

 リンドウの掛け声を皮切りに戦闘が始まる。


「よし!じゃあまずは先輩のかっこいいところを見せないとな」

 リンドウは構える。即座に<噴炎の槍>を左右に展開して、ハルケンティアに向かって走り出す。魔法職の戦いやすい距離ではなく、あえて接近したのは後ろにいるクラウドたちにヘイトが向かないようにするためだった。

 ハルケンティアは向かってくるリンドウに甲高い声を上げて威嚇する。


「いくぜ!」

 炎の槍が同時に発射される。リンドウの目的は相手のタゲをとること。

 (この攻撃が簡単に当たるようなモンスターなら楽なんだけどなぁ……)

 炎の槍が着弾する直前に、ハルケンティアは飛翔する。砂が舞い、羽ばたくだけで強い風が吹く。リンドウの攻撃は回避され、壁にぶつかり合い爆発する。噴炎の槍が当たれば十分なダメージになった。リンドウとハルケンティアはお互いを見合う。


 深淵の螺旋階段のダンジョンレベルを考えると、ハルケンティアはボスに見合わないといえるかもしれない。しかし深淵の螺旋階段に登場するモンスターは、遠くから魔法による攻撃を行い、常に浮遊していたり、攻撃と撤退をうまく繰り返したりする。そうすると常に空中から攻撃をしかけ、移動が速いハルケンティアは、深淵の螺旋階段のボスらしいとも言える。


 (俺が初めてここにやってきたときもこいつに歓迎されたな)

 リンドウは初挑戦初攻略を思い出していた。ダンジョンに潜って十数分後、帰還したハルケンティアによってモンスターたちは一斉に上から下へ。リンドウは大群から逃げる形で階段から飛び出し、最下層まで落下。なんとか着地したもののハルケンティアとの戦闘になった。ハルケンティアと遭遇することがまれであると知ったのはダンジョンから帰還後だった。なんて運が悪いんだとうなだれたものである。


 リンドウの初挑戦と同じく、クラウドたちの初攻略もハルケンティアとの遭遇と相成った。奇妙な巡り合わせ。当初危惧していたことが起こってしまった。

「ビェェェェェ!!!」

 ハルケンティアが叫ぶ。上空からその翼を大きくはためかせると両翼の前に竜巻が発生する。10メートルはある竜巻がリンドウに向かって放たれる。

「<焔渦>!」

 リンドウは多めにMPを注ぎ込んだ巨大な炎の竜巻を発生させた。迫り来る2つの砂塵の竜巻に対して、リンドウは炎の竜巻を正面からぶつける。衝突の瞬間、嵐のような強風が吹き荒れる。巻き上がる砂で視界が制限される。次の瞬間にはハルケンティアの竜巻が炎に呑まれ、1つの竜巻となって弾け火の粉が舞う。


 ハルケンティアの目が赤く光り、鋭くリンドウを睨み付ける。目下一番の敵。ハルケンティアはリンドウをそう認識した。

 「クラウド!タゲは俺がとる。回復した太鼓と敵の動きをよく見て攻撃しろ?深追いするなよ。ユウカとお茶はサポートに専念しろ、俺じゃなくて男子 2 人のほうな、ユウカは防御バフやヒール、お茶は風属性のバフ掛けられるか?あったら味方にかけるのを忘れるな?攻撃はしないほうがいいぞ、こいつは遠距離攻撃スキルを使うプレイヤーをしつこく狙うようになってる」

 リンドウは指示を出す。クラウドたちの戦闘がハルケンティアに通じないわけではないとリンドウは判断する。手数はあったほうがリンドウとしてもありがたい。ただし一撃が致命傷になる可能性も高いため安全を意識して行動するように呼び掛ける。


 この間にもハルケンティアはリンドウに攻撃を仕掛けている。その速さを武器に突進したり、竜巻を起こしたりと動きは縦横無尽。

 (こいつとは何度も戦っているからな。攻撃パターンは完璧に覚えている。クラウドたちに注意を配りながらだと若干鈍るかもしれないがレベル差を考えると問題はないな)

 リンドウは全ての攻撃を避ける。かつヘイト管理も忘れない。ハルケンティアの攻撃を避けると同時にリンドウは攻撃を加える。攻撃後の硬直を狙って胴体に<噴炎の槍>を命中させる。注意を引くだけの最初の一撃とは違い確実に当てるタイミングで仕掛けている。

 直撃を受けたハルケンティアは大きくよろめき、着弾点からは黒く焦げた羽が抜け落ちる。

 (さて、俺の役目はダメージを稼ぐこと。それでもやっぱりクラウドたちがいると効率が違うな)


「せやぁぁ!」

「くらえ!」

 そこへすかさずクラウドと太鼓が攻めかかる。クラウドの持つ剣も、太鼓が持つ大剣も少ないがダメージを与えている。ハルケンティアの体には少しずつ傷が増えていく。

「ビェェェェェ!!!」

 たまらず反撃に出るハルケンティア。翼を振り回し、鋭い刃のような羽を飛ばす。散弾のように発射された羽は地面に突き刺さる。しかしクラウドと太鼓はすぐに攻撃範囲外まで撤退していた。攻撃は届かない。


「クラウド!次はスキル撃てるぞ」

「了解。こっちも溜まっている」

 太鼓の<十字斬り>とクラウドの<ホーリースラッシュ>のスキルが発動できるようになった。戦闘開始から何度も使用してきた攻撃スキル。二人は同時に攻撃を当てることで少しでもハルケンティアが体勢を崩すこと目的としている。

 (あいつらは落ち着いてきたな。動きが普段通りに戻ってきている。初見の敵だとおっかなびっくり行動が制限されて日和ってしまうことが多いけど、なんとかうまくやっている。女子二人のほうは……と)


「お茶!」

 リンドウはお茶の名前を呼ぶ。これは対象に風属性耐性を付与する属性バフスキル<風のベール>を発動するタイミングの指示。

「うん、ようやく行動パターンがつかめてきた。もう指示なくても大丈夫」

 お茶は戦闘中ハルケンティアの動きを注視していた。それは行動パターンをつかむため。例えばハルケンティアは攻撃によって怯んだあとは周囲に羽を撒き散らす。滑空攻撃のあとには硬直が入り、上に高く飛んだら風の刃を広範囲にばらまく。ユウカがクラウドと太鼓の動きに注目して回復を切らさないようにしているため、お茶は普段のユウカの仕事を請け負っていた。


 (こっちも対応力があるな……お茶に任せて正解だった。ユウカの<ヒール>タイミングもほぼ完璧だ)

 リンドウは称賛する。モンスターの行動パターンを読めと言われて即座に挑戦し、ある程度の結果を出せるプレイヤーがどれ程いるだろうか。彼女が報告をすることで男子組の大きな力になる。

「<風のベール>、クラウド太鼓!風の連打くるよ」

 クラウドと太鼓に風の力が宿る。数秒後、ハルケンティアは飛翔して上空から幾百もの風の刃を振り撒く。

 クラウドと太鼓は攻撃範囲内でできるだけ回避しているがすべてを避けられているわけではない。しかし<風のベール>による保護でダメージは少ない。ユウカの<ヒール>が余裕で間に合う。


 (みんなハルケンティアの動きになれてきたな)

 リンドウは戦況を確認する。おおむね有利に進んでいる。4人とも対応が間に合うようになってきており、リンドウも火力を出す余裕がでてきた。

「<焔渦>!」

 ハルケンティアの広範囲攻撃が終わったタイミングでリンドウはスキルを発動する。上空に漂うハルケンティアのもとまで炎の渦が勢いよく拡大する。

 自身を飲み込まんとする勢いを見てハルケンティアは羽ばたき、焔渦の効果範囲から逃げるためその場からの高速移動を試みる。

 リンドウはそれを見逃しはしない。


「そう簡単に逃がさないよ。<魔女の鎖>」

 ハルケンティアの周囲に黒い円形のポータルが4箇所出現する。ポータルの中から鎖が飛び出し、今炎の竜巻から逃げようとしていたハルケンティアの足や翼、胴体に巻き付く。何十年と手入れもされず空気にさらされたような、ひどく赤錆びた鎖はじゃらじゃらと音を立てながらもがくハルケンティアを拘束する。必死に抵抗するも鎖はびくともしない。完全に動きを封じた。


 (しばらくの間動きを止めさせてもらう。最大火力の<焔渦>を当てたいからな。感覚だとそろそろ半分を切る頃だと思うが……)

「あんなのもあるのか……」

「ハルケンティアを……」

「すご」

「みんな!集中」

 クラウドたちは一瞬リンドウの戦いぶりに見惚れる。しかしユウカの叱咤ですぐに思考を戻す。

 <焔渦>が拘束されたハルケンティアを呑み込む。灼熱の炎がその体を焼き、ハルケンティアが痛みに苦しむ絶叫が轟いた。


 (引きずり下ろす!)

 リンドウは腕を振り、焔渦を鞭のように操り地面に叩きつけた。火炎は弾け、小爆発が起きる。

 爆炎が晴れると地面に倒れたハルケンティアの姿があった。

「やった……のか?」

「太鼓……それ絶対にやってないやつ」

 弛緩した雰囲気の太鼓にすぐさまお茶がツッコミをいれる。倒したと思った敵がすぐによみがえる。実は倒していなかったというのはいわば伝統芸能だ。太鼓の言葉も様式美といえよう。


「ググ……ギェァァァァァァ!!!」

「「「「!?」」」」

 リンドウ以外の4人は目を見開いた。翼を地面に叩きつけ飛び上がったハルケンティアが紫電を纏って幽鬼のように浮遊する。離れた位置からでも"バチバチ"という電気の音が聞こえる。戦闘形態が変化した。

「第二ラウンド開始だな」

 リンドウは気合いを入れ直す。

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