1.7 ダンジョンボス?
「リンドウさん、今ってどれくらいの位置?結構来たと思うけど……」
あくびをしながら、太鼓が「階段長すぎ」という内心を全く隠さずに尋ねる。現在は螺旋階段途中の横穴で休憩している最中だ。階段を下っていると、いつモンスターの襲撃を受けてもおかしくないが、このような横穴に入るとモンスターに襲われない。正確にはリンドウの経験上襲われたためしがない。
「そうだなぁ……だいたい4割ってとこかな?」
リンドウとしては思ったより進行ペースは早い。それはクラウドたちの動きが良いからだ。”先輩としてサポートする必要があるかな”、”ダンジョン攻略のノウハウとか教えたほうがいいかな”、などと前日に考えていたが全く心配なかった。
「マジ!?もう”1時間”以上下りてきたよな?」
「正確には”1時間半”ね。入ってから”2時間弱”かしら」
ユウカが丁寧に訂正する。
「前はこのくらいで撤退したよねー」
「そうだね。ペースは今より遅かったからもう少し上にいたと思うけど、この早さでも4割りか」
お茶とクラウドが前回の探索について話す。4人だけで来たときも苦戦しながらこの深さまではこれたようだ。リンドウは感心する。ファットデビルや軍隊コウモリに対抗策がない状態でよく進めたものだ。
「俺も久しぶりだからだいたいだけどね」
深淵の螺旋階段はモンスターと景色がほとんど変化しないため、位置把握が難しい。リンドウが一人で来るときは縦穴の最上部から落下しているため、正確な時間と距離は考えたことがない。それなりに長かったという曖昧な記憶から大まかな進行度を計っている。
(感覚よりも小さく見積もっているから実際には半分まで到達している可能性が高いよな。でも思ったよりも長いより思ったよりも短いと思えたほうが、精神的な負担が小さいから正確には言わないであげよう)
「リンドウさん、俺たちの戦いってどうっすか?」
太鼓が戦闘のアドバイスはないかと質問する。
「どうって?」
「リンドウさんみたいに強い人から見たら変えたほうがいいところとかたくさんあるのかなって思って」
4人のなかで一番ノリと勢いでゲームをプレイしそうな太鼓は、実は一番戦闘に関してよく考えている。突撃よしの戦闘スタイルは好きでやっているのだろうが、強くなることへの貪欲さは人一倍強い。リンドウが好ましく思っていることのひとつであった。
「変えたほうがいいところかぁ……それなら」
「それなら?」
「ないな」
「え!?ないの?」
太鼓は心底驚いた表情をする。まだ未熟だと感じている自分達の戦いかたについてアドバイスを求めた返しが「ない」だったのだ。それは戸惑いもする。アドバイスを受けられるほどですらないのかと心配になっていた。しかしそれは違う。
「だって君たちすごい優秀だからさ」
前衛後衛がしっかり分かれているし、司令塔もいてタンクのタゲとりも考えられている。リアルでの付き合いも長いからか息もあっている。距離を取って来る敵に少し弱いのはあるが、それはまだジョブが育っていないからだろう。4人パーティーということも考慮すれば十分バランスはいい。リンドウはそう伝える。
「本当に始めて“3 ヶ月”か疑うくらいには立ち回り上手だし、しいて言うならちょっと消極的すぎるかなって思う程度?」
「消極的ですか?」
質問した太鼓はもとより、ユウカやクラウドも学校の先生の授業を受けるように話を聞く。
「このゲーム、敵の攻撃や攻撃を受けた位置、例えば無防備な首とか。一撃で戦闘不能になることもあるから初見の敵とか極力安全に戦闘するのも大事だけど、パーティーを信用して攻めの流れに乗ることも重要だと俺は思うよ」
リンドウがみている限り、戦闘が好きそうな太鼓は攻撃に集中して前に出すぎることが多々あった。同じ前衛であるクラウドと状況を見て指示を飛ばすユウカが太鼓のブレーキ役になっている。安全を考えるなら正しい選択で、これができるからこそ、この 4 人パーティーは強くなるだろう。しかし、攻め時を失っていることも何度かあった。戦闘においてその瞬間の感覚や流れに身を任せることも悪くはない。そうリンドウは考える。
「太鼓っていう切り込み隊長に合わせる動きも取り入れたら面白いと思うよ?まずは弱いモンスターで慣らしつつね」
(レイドボス戦でボスが動かなくなった時に安全を考えて様子見をしていたら、強力な全体攻撃をされて全滅したときもあったからな。瀕死前の最後の一撃は出される前に倒すに限る)
「なるほど……ありがとうございます」
「やっぱためになるなぁ」
「学校の授業もそれくらい真面目に受ければいいのにね」
笑いながらお茶が毒をはく。お茶の言葉がちくりと太鼓をさした。
「そろそろ行きますか?」
じゃれあいをしている二人を止めて、ユウカが立ち上がり声をかける。
「まだまだありそうならもっとスピード上げようぜ?俺らならいけるだろ?また上から奇襲されても面倒だし」
腕を回して気合い十分アピールをする太鼓。調子に乗るのはいつもどおり。彼のいいところだ。
「また太鼓は……でもそうですね、今回は賛成です」
ユウカも先ほどの奇襲の光景を思い出して苦笑しながら太鼓の意見を肯定する。
「よし、じゃあいくとします……!?」
横穴をでたところ、リンドウは気配を感じて上を見上げた。
「また来ました!上からモンスターです!」
モンスターの叫び声が聞こえると 4 人とも戦闘態勢を取って警戒し始める。
「なんか多くない?」
「暗くて遠くまで見えないですけど……うようよいますね」
視界に収まるだけで数十、あるいは数百はいるだろうモンスターの大群。存在しないはずの天井が迫っているようにも見えた。
「お前ら!飛ぶぞ!」
リンドウは急いで行動する。
(今日が当たり日かよ!)
「えっ、えっ?なにを」
ついてくるように指示を出し、とりあえず動きが鈍そうなユウカとお茶の手を取って走りだした。
「ちょ……ちょっと待ってぇぇぇぇぇ!!!」
「きゃあああああああああああああ!!!」
勢いのまま螺旋階段から飛び出し宙に躍り出る。
「リンドウさん!?」
「太鼓!上!上!」
太鼓がクラウドに言われて上を見ると埋め尽くさんばかりのモンスターが目前まで迫ってきていた。
「きめぇよ!?」
「おい!僕らも飛ぶぞ!」
「『積極的になれ』って今かよ!!」
3 人に遅れて太鼓とクラウドも宙へと飛び出す。
「紐無しバンジーじゃねーか!!!」
モンスターの鳴き声とともに 4 人の叫び声が暗闇に響く。
「「きゃあああああぁぁぁぁぁ」」
「「うわあああああぁぁぁぁぁ」」
「ピギャアアアアアア!」
「ビェェェェェ!!!」
奇妙な叫び声。リンドウが飛んだ理由。何者かの接近を知らせる悪魔の叫び声が間近まで迫ってきていた。
「本の宣伝中の奇襲の時にも違和感はあったが、やっぱりあいつが混じっていたな。俺の初攻略の時もこうだったな。わけがわからないまま大量のモンスターに囲まれて、しのいだと思ったらあいつが来て。まあ、あの時の経験が生きて今回こうして撤退できたわけだけど」
リンドウは冷静に状況を分析する。これからどうしようかと。
「ちょっとリンドウさん!?大丈夫なんですか!」
ユウカは慌ててリンドウに説明を求める。
「ん?モンスターか?この速さで落下してたら早々追いつかれないし、落下中にぶつかりそうなモンスターも倒してるだろ?」
モンスターは上からのみ来ているわけではなかった。落下中にもぶつかって余計なダメージを受けないように落下先にいるモンスターはリンドウがスキルで倒していた。
普段なら最速を目指して、倒さずによけるだけだが、今回は横に 2 人と上に 2 人仲間がいる。リンドウは慣れているが初めてだとかなりの恐怖体験である。
「そうじゃなくて!リンドウさんの強さは信頼しているのでその点は心配してないです」
(うわ、すごい嬉しいこといってくれる)
「この速さで落下して無事に着地できるのかってことだよね」
のんびり屋なお茶も今だけは少し慌てた様子で、若干声も震えている。下から目が離せない。
「そうです!」
(ああ、そっちの心配か)
リンドウはいつも<フライト>の魔法で制御して着地していた。しかしフライトは他人にかけることができず、リンドウも4人を抱えて制御するのは難しい。当然彼らもフライトの魔法を覚えていない。覚えていたらここまで慌てていない。いや、覚えていたとしてもなれていないと制御が難しい。それが<フライト>の魔法だ。リンドウくらい使いなれていないと勢いを殺しきれず地面に衝突してしまうだろう。
ただリンドウも考えなしでとんだ訳ではない。
「ちゃんと対策してるから大丈夫だって。それよりせっかくの機会だし楽しんだら?紐無しバンジーなんてやれる機会そうそうないよ?」
”ほら笑って笑って”と楽しむよう提案してみるリンドウ。彼女たちにそんな余裕はない。
「楽しんでる余裕なんてないですよ!ああ、ほら!地面見えますし!?」
「リンドウさん!」
(よし、今ぐらいかな)
リンドウはウィンドウからあるアイテムを取り出して、地面に向かって投げる。
野球ボールくらいのそれは地面に衝突すると同時に“ボン”と煙を吐き出し、巨大なマットへと変身した。マットが展開した直後、リンドウたちが落下する。マットは落下してきたリンドウたちをやさしく包み込み、衝撃を完全に吸収した。
『超衝撃吸収マット・極』
落下ダメージを最大体力の 2 割までに抑える『超衝撃吸収マット』の極まったバージョンだ。落下の衝撃など、どんな距離でも完全にダメージをなくすことができる。
(ただし何故かモンスターの攻撃は防げない)
「うわっ!?」
「うぷぅ!?」
背中から落ちるようにしたリンドウとは違い、直前まで内緒にしていた 2 人は顔面からマットに突っ込んでいる。マットの弾力がすさまじいのか抜け出そうともがいている姿がちょっと情けなくなっている。
(驚かせようと内緒にしていたがちょっと申し訳ない)
「大丈夫か?」
リンドウは2 人を引っ張って救出する。
「はぁ……助かりました」
「こんなのあるなら先に言ってよねぇ」
震えで足がガクガクしたままふらふらと起き上がるユウカとお茶。そしてマットの端で腰を下ろして座り込む。
「悪い悪い……と、まだ太鼓とクラウドが来るか、場所はこのままで大丈夫そうだな」
……
……
「「……ぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」」
女子 2 人が抜け出した後、声につられて上を見ると数秒後男子 2 人も落下してきて、同様に顔面からマットに埋もれる。
「ぐぁ」
「ぐふぅ」
これはまたなんとも情けない格好になっていた。
(すまない……でもちょっと面白いわ)
リンドウは後でからかうようにスクショを撮ったのちに 2 人も引っ張り出す。
「太鼓!クラウド!大丈夫?」
「よかった、ちゃんと追ってきたんだね」
男子 2 人は何も知らないまま飛んだからか、マットから顔を上げた直後は顔が真っ青になっていた。余程恐怖だったらしい。
「リンドウさん!!マジで死ぬかと思ったんだけど!」
「助かる算段はあると思ってましたけど……流石にきつかったです」
苦言を呈する二人。それもそのはず着地の瞬間までロストを覚悟していたはずだ。
「悪いな……でも今回が最悪だったからもし 2 回目以降があれば楽しむ余裕が生まれると思うよ?」
「あ!そういえばモンスターは!?」
ハッとしてユウカが上を見る。他の 3 人もつられて上を見るが。
「追いかけてきてない?」
落ち着いたもので、モンスターの姿はなく音もない。
「ここのモンスターは基本この最下層におりてこない。多分階段を使ったときも同じだね」
リンドウ自身は階段を使って正規攻略をしたことがないが、恐らく間違っていないだろうと思っている。
「へぇー、だから飛び降りたのか……でもこんな攻略があるならすごい楽じゃないか?」
「攻略って言えるのかはわからんけどね」
裏技も裏技である。ダンジョンを作った運営も想定はしているだろうが正規ではないと間違いなくいえる。
「バカね……私たちのレベルじゃあまず無理でしょ?」
「それもそうか」
危機から逃れて落ち着いたからか安堵の空気が流れる。しかし本番はここからだった。
「ちょっとばかし気が緩んでるところ悪いが、問題はここからだぞ?」
リンドウの警告が早いか、言い終わると同時に何者かの鳴き声が聞こえる。
「な……なに?」
不安になって周囲を見渡す。
「モンスターはおりてこないんだろ?」
太鼓がリンドウに確認する。先ほどいったことは嘘なのかと。リンドウは嘘を言っていない。しかし全てを話してもいない。
確かにリングモンキーやモステラなどのモンスターはここへやってこない。しかし……。
「雑魚モンスターがここへやってこないのは、ここが別のモンスターの縄張りだからで……」
「縄張り?」
「そう。そしてそいつらが入ってこない理由は」
突如激しい風が吹き荒れる。地面の土や小石が舞い、体勢を低くしないと吹き飛ばされてしまうほどだ。
見上げると真っ黒な体をして、翼を横に広げた巨大な怪鳥がいた。翼を広げれば 10m近くあり、鋭い爪と嘴は猛禽類の特徴を示し、暗い中で黄色く光る瞳はリンドウたちを獲物と認識しているように見える。ダンジョン内のモンスターはこの怪鳥に見つかることを恐れ、行動している。上層で大量のモンスターが群れてやってきたのは、ダンジョン内に入ってきたあれの気配を感じて距離を取るための行動だった。そして住処である最下層には絶対に近づかない。
「自分より強い存在、捕食者に見つからないためだな」
圧倒的存在感、ダンジョンの主が姿を現した。