1.6 スキル
「へぇー、じゃあ春から高校生なんだ?」
リンドウたちは軽く雑談をしながらダンジョンを進んでいた。雑談のなかでクラウドたちが中学生であることをリンドウは知った。
今はお互い話しやすいように、丁寧だった言葉遣いを崩して話すようになっている。リンドウは年下に対してそのほうが自然に話せ、太鼓とお茶も敬語は苦手だった。クラウドやユウカは性格から敬語を使っているほうが落ち着くと、今でもリンドウに対して敬語を使っている。それでも前よりは緊張が無くなっている。
戦闘は遠距離攻撃がないモンスター相手なら苦戦しないくらいの実力をクラウドたちは持っている。リンドウの予想よりも余裕をもって攻略できていた。
「俺たち全員々学校の同級生で幼稚園からの幼馴染なんだ。それで 4 人であそんでるんだよ」
「へぇ……どうりで意志疎通の取れた良い連携をすると思った」
リンドウは4人の連携に慣れを感じていた。スムーズな動きをできる理由が気になったリンドウは答えを聞いて納得した。
太鼓は誇らしげに「だろだろ!」と調子に乗るが、ユウカが「基本的にはクラウドと私が合わせてるんでしょ?太鼓はすぐに突っ走るからねー」と茶化す。
太鼓は少し不満そうに反論している。これだけで仲が良いことを理解できる。ジェネレコは楽しく遊べる仲間とともにいるのが一番である。リンドウは常々そう考えている。
「でもお茶と太鼓は高校同じですけど、俺とユウカは別のところに行くんですよ」
クラウドが太鼓とユウカの見慣れた言い合いに口を挟み話題を戻す。
中学生までは地元の友人たちと一緒に進学することが一般的だが、高校からは学力など様々な要因によって分かれていく。彼らも例に漏れず、離ればなれになる。
「でもこのゲームは遊べる時間も長いし、離れてるけど直接会ってる感じだから寂しくはない」
「そうそうお茶の言うとおり!俺ら長くジェネレコやるつもりだしな!」
寂しくはないと話すお茶に太鼓が元気よく同意する。クラウドとユウカも続いて賛同する。いくらでもやれることがあるジェネレコに4人ともどっぷりとはまっているようだ。
「そうだね……リンドウさんはこのゲーム長いんですか?」
クラウドはリンドウの話も聞いてみたいと興味津々で尋ねた。
自分がいつからジェネレコを遊んでいるのか、リンドウは思い出すまでもない。
「一応サービス開始から遊んでるけど、いってもこっちで1 年、向こうで 3 ヶ月だからね、まだまだこれからだな」
ジェネレコにログインボーナスがあるのならば、リンドウはその全てを受け取っているだろう。つまり現実世界の時間で考えるとサービス開始から今日までジェネレコを起動しなかった日はない。皆勤賞である。立派なゲーム廃人だ。
(大学生は時間に余裕があるしな、ログイン時間で言ったら廃人の域か……)
リンドウにも自覚はある。それもジェネレコが楽しすぎるからいけないのだと責任転嫁をしているが。
(でも改めて思うけどこっちだと 4 倍の時間を過ごせるってマジで感覚が狂いそう。俺、リアルで生きていけるのか?)
「1 年も!じゃあ強いのも納得です」
4人から尊敬の眼差しを受ける。リンドウはひどくいたたまれない気持ちになった。ただゲームをやっているだけである。それも極度の廃人。
具体的なプレイ時間や課金額を聞いたらドン引きされるだろう。しかし彼らはそんなこと露知らず。純粋な強さが魅力的にうつるのである。
「そういえば聞いてみたかったんですけど……リンドウさんの魔法ってオリジナルのスキルですか?強いプレイヤーはよくオリジナルのスキルを使うって聞きます」
ユウカは疑問に思っていたことを聞いた。
ジェネレコでは、スキルを自分で産み出すことができる。特性と呼ばれるスキル作成に必要なアイテムがある。特性とは、スキルに関係する重大な要素で、文字通りスキルに効果や制限などの特性を付与するアイテムである。例えば『攻撃力UP』や『斬撃属性』、『効果範囲特大』などわかりやすいものから、『弾道は重力に従う』や『自動追尾』、『10秒後に上昇する』、『発動から1分間その場で停止する』といった一見難しいものもある。
スキルを自分で作ると言うのはジェネレコの大きな魅力の1つであるが、一番取っ付きにくい要素と言われ、スキル作成はジェネシスレコード三大上級者機能の1つとされる。どういうスキルにしたいかを決め、使えそうな特性を考え、スキルの効果と消費 MPや再使用までのクールダウンのつり合いも考慮し、実際に使えるかを判断する。
特性自体にもいくつか制約があり、土台となるスキルに組み合わせられない特性や特性同士の相性が悪いなどで 2 つ以上の特性を付けることができなかったり、結局自作スキルより用意された既存のスキルのほうが威力やコスパが良かったりと躓くことは多い。
「一応オリジナルといえばオリジナルなのかなぁ……」
リンドウが戦闘中に使用したスキル、『噴炎の槍』と『焔渦』は既存スキルをもとに使い勝手がよいように調整したものだ。前者は一定時間使用者の周囲に浮かび、対象を少し自動追尾するようになっている。後者は効果範囲とダメージ量などを変更している。そしてどちらも消費MPは既存のものより減少している。
「やっぱり強い人は自分でスキルを考えるんですね……私は特性の使い方がまだわかってなくて」
「俺も難しくてわかんねぇなぁ」
ユウカに続いて太鼓も反応する。
「僕もいくつかスキル作ってみたりしてますけど、実戦で使えるようなものはなかなか」
「私もクラウドと同じレベルね」
4人ともスキル作成には壁を感じているようだった。リンドウが彼らくらいのレベルのとき、同じくスキル作成とは距離を取っていたことを思い出す。積極的になったのはもっと先の話だ。そういったことを踏まえつつリンドウはアドバイスをする。
「最初から自分で新しいものを作るよりも誰かが作ったスキルを分析するのがいいかもね。マーケットにも出てると思うけど人が作ったスキルは売ることができるからね。だから安いスキルを買ってみて、どう特性がつながっているか。その特性によって既存スキルよりもどう勝っているのか。そこに別の特性を追加したり、入れ替えたりしたらどうなるのか」
マーケットとは、プレイヤーがゲーム内アイテムを売買できるオンライン市場のことで、取引にはゲーム内通貨の"ネア"が使われる。
「結局は試行錯誤だけど、基礎を理解してから取り組むのと理解しないで取り組むのとでは、それが成功または失敗でも得るものの数は段違いだからね」
リンドウも特性についてかなり理解を深めてから慎重にスキル作成デビューをした口だった。
今ではジェネレコプレイヤーのなかで、スキル作成経験は上位に入るくらいだろう。それはリンドウの友人に、大いに影響されたことが原因である。
「もし時間があったら私たちにスキルについて教えてくれませんか?」
「俺からも頼む、いやお願いします!」
残る 2 人も同様に頭を下げる。
「やっぱりせっかくだからこのゲームの魅力を楽しみたいし、強くもなりたいから」
クラウドたちにお願いされリンドウは戸惑っていた。
(どうしようか悪い子たちじゃないけどジョブも違うし……時間的、情報的にも)
教えることが嫌なわけではなく、彼らが嫌いということも一切ない。ただリンドウは人にものを教えるということを苦手と認識していた。かつて妹に勉強を教えてほしいと頼まれたときに、かっこいいところを見せたいと、意気揚々と家庭教師の真似事をしたはいいが、早々に「頼んでおいてなんだけど……お兄ちゃん……たぶん先生向いてないかも」と真顔でいわれた経験がある。
(よし!ここはあれの出番か)
リンドウはアイテム欄から一冊の本を取り出した。
「俺が教えても良いけどもっとわかりやすく良い方法がある」
堂々と宣言して取り出した本の表紙を見せる。
「なんですか?その本は」
「『初心者のためのスキル講座その1~広がるスキルとつながる特性~』?」
この本はスキルについて知りたいという初心者のために、スキルについてわかりやすく丁寧に解説した本だった。
「これを読むのが早い。それにページ数が少ないから読みやすいかつ、重要なところは全部詰まってる」
リンドウは出来の良い本だと、そういって本を渡す。
「あ……ありがとうございます!でも良いんですか?これそれなりにお金がかかるみたいですけど……」
ユウカは本を受け取って裏表紙を見て値段を確認した。
「……!3 万ネア!」
横から覗き込んだ太鼓が驚く。現実の世界と比較するならば10ネア=約1円、つまり3000円の価値となっている。本のなかではかなり高いが、ゲーム内で3万ネアを稼ぐことは現実で3000円を稼ぐことに比べて楽だろう。加えていうなら、ジェネレコで売買される商品のなかではかなり安い部類に入る。かつて似たような本が出版されていたが3倍の値段で売られていた。
ジェネレコは今時珍しく、ゲームの情報が最も出回りにくいゲームといえる。無料の攻略サイトは意図的に存在しない。情報は金である。
「結構高めですね」
「まあこのゲームって情報にかなり価値がつくし、そのおかげでこっちの掲示板にもリアルのネットにも攻略って少ないからな。現実価値で 3000 円くらいで売ろうと考えたから……らしいな」
リンドウは説明する。その分有益なことが書かれていると。
「でしたら代金はきちんとお支払いします」
ユウカはウィンドウを開いてネアの受け渡しの準備をする。プレイヤー同士で支払いが生じるときはウィンドウの操作だけで、ネアを取り出さなくも受け渡しが可能である。
「いいよいいよ、俺が持っててもしょうがないし、見本……じゃなくてもらいものだからさ。『誰か必要としてる人にあげて』って」
実はこの『初心者のためのスキル講座』はリンドウが所属するクランの商品である。作者は同じくクランに所属するフウカという女性で、クランメンバーの知識提供もあるためクランの名前で売り出している。
「いいの?やったー」
「リンドウさん優しいぜ」
「で……でも」
「まあ、気にするんだったらその本から得た知識を使っていつか面白いスキルを見せてくれたら良いからさ」
お茶と太鼓は純粋に喜び、ユウカとクラウドは戸惑いながらもうれしそうにしている。
(使い終わった教科書を妹にお下がりとして渡すような気持ちだったけど、こんなに喜んでもらえてよかった)
「いらなくなったら売ってもいいよ。今は書店で売ってないしマーケットでちょっと高めに売れると思うよ」
再三重版がかかるほど売れており、今でも再版したいと出版社から声をかけてもらっているが、こだわりの強い作者のフウカが「新たに判明したことがあって、完璧なものができるまで待ってほしい」といって断っている。いつか新版がでるだろうがもう少し先のことだろう。
(ちょうどいいや、ついでにクランの宣伝もかねてこっちも……)
リンドウはもう一冊本を取り出す。
「ある程度知識を付けたら……これ!『初心者のためのスキル講座その2~自作スキルで差を付けろ!~』」
第2巻であった。
「これはその1で理解したスキルと特性を生かした自作スキルの作り方を丁寧に解説してくれる本だ。ページ数は倍くらいに増えるがその分内容の濃さは疑いようがない」
オンラインショッピングなみに宣伝口調で語る。
これもあげるとリンドウは放り投げる。ちなみにこちらも同じく3万ネアである。そして代金はいらないよと支払いも断る。正直にいえば数万ネアくらいリンドウからしたらたいした金ではない。向上心のあるクラウドたちがかわいいのである。
「おっ……と、いいのか?リンドウさん」
「その1だけじゃもやっとするでしょ?だからいいよ」
そしてリンドウは付け加える。
「実はこの本を出してる『アンフィニ』ってクランは他にもいろんな本を出していてね……。ダンジョンについての本も出してるからおすすめだよ。内容も丁寧だし、そもそも情報を秘匿することが多いこのゲームでちょっとの金で情報が手に入るなら儲けも……」
「ピギャアアアアアア!」
「ビェェェェェ!!!」
リンドウの早口をモンスターの鳴き声が遮った。
「ん?」
クラウドたちは雑談していたにも関わらず警戒を忘れていなかった。すぐに臨戦態勢にはいる。
「リンドウさん!みんな!モンスターです!モステラ 3 体」
「わかった!ユウカ!バフ頼む」
「ええ!<プロテクション>!」
「<風の精よ>」
モステラの後ろからファットデビルや軍隊コウモリも迫りくる。ファットデビルが奇妙な声を上げると炎の玉が浮かびあがり、リンドウたちめがけて襲い掛かる。軍隊コウモリが大きく羽ばたくと風の刃が打ち出される。モンスターと魔法の波が上空からリンドウたちに向かって降り注ぐ。
(まだ宣伝の途中だってのに……空気を読みやがれ!)
「<噴炎の槍>!」
リンドウの周囲に<噴炎の槍>が出現する。壮観。十数の横一列に並んだ炎の槍は標的に向かって一直線に飛ぶ。ファットデビルや軍隊コウモリが放った魔法を打ち消しながら飲み込んでいく。空気を焼き、燃え盛る火炎が旋風を巻き起こす。騒がしかったモンスターの鳴き声は一瞬にして塗り替えられる。衝突の爆炎が晴れるとモンスターの姿はかけらも残っていない。
「ふぅ……掃除完了」
リンドウは手を払い、一仕事終えたように息を吐く。
すっきりした顔のリンドウと、今から戦闘と気合を入れていたクラウドたちの唖然とした表情は対照的だった。
「さすがですね」
また彼らの中でリンドウの評価が上がっていた。