1.5 ダンジョン
「僕はクラウドです。リンドウさん、この度は話を聞いてくださりありがとうございます」
リンドウが名前とジョブを含めた簡単な自己紹介を終えると、4人を代表してクラウドが挨拶をする。
「僕のジョブは聖騎士。彼は太鼓。ジョブは闘士です。そして……」
クラウドは続いてユウカとお茶を順に紹介する。ユウカは聖職者、お茶は精霊術師。
リンドウは身近に似たジョブのプレイヤーがいるため、4人のジョブについてよく知っていた。4人パーティーということを考えると非常にバランスの取れた選択。リンドウはそう感じた。
今、リンドウは机を挟んで彼らと向かい合うようにして席に着いている。横には彼らとリンドウを仲介したマリィが座っている。マリィはギルドの職員として、正式に契約が結ばれるまで待機していた。リンドウとクラウドたちの臨時パーティーが結成されれば離れるつもりでいる。
クラウドから依頼についての詳しい内容と自分達の状況、そして報酬、時間などが説明される。リンドウはそれを聞いて依頼を受けるかどうかを考える。
「……という感じですね。深淵の螺旋階段にはボスはいないと聞いています。そのため僕たちとしてはダンジョンの最下層に落ちている『古代の破片』と『墨色の羽』を回収できたら、ダンジョンから撤収したいなと考えています」
あらかじめよく考えていたのだろう、クラウドの言葉には多少緊張が感じられたが過不足なく説明されていた。
「それで……どうでしょうか?」
4人ともが真剣な眼差しでリンドウを見つめる。リンドウのなかではクラウドが話し始めたときには答えは決まっていた。
「問題ありません。受けさせていただきます」
(よかったぁ。断られたらどうしようかと……。それに優しそうな人だし、うまくやっていけそうかな?)
ユウカは心配が杞憂に終わりそうだと安心した。リンドウのその返答を聞いて、ユウカ以外の3人も同じように安堵の息を吐いた。
(うん……マリィからきた時点で受けようとは思っていたけど、こうして話してみてもうまくやっていけないってことはなさそうだ)
リンドウはマリィを信頼している。
交渉が成立してからはリンドウとクラウドたちはダンジョン内での動きなど細かい部分をつめていく。マリィはその様子を見て、無事契約がなったことに対してホッと胸を撫で下ろすのであった。
その後、リンドウたちは会議を終え、翌日の昼からダンジョンへ向かうことにして解散した。
会議ではリンドウとクラウドたちに明確なレベル差があることを共有し、クラウドたちが寄生プレイにならないようにできる限り自分達の力で攻略したいと申し出があった。
クラウドが「我儘だとは思いますが僕たちでどうしようもない敵だけ対処してほしいんです」と申し訳なさそうに語った。
リンドウはそれを了承した。当ダンジョンに関しては知識や慣れもあるため十分要求に応えられると判断した結果だ。リンドウからしたらクラウドたちは向上心のある良いプレイヤーに見えた。頑張りを見せる若者に弱いのである。もちろん実年齢を考えたらリンドウはかなり若い部類に入る。ただジェネレコの先輩として先輩風を吹かせたかっただけである。
そして迎えた翌日。
リンドウとクラウドパーティー一行はエリアスから北に向かった森にある洞窟の前にきていた。ここが深淵の螺旋階段の入り口である。
「打ち合わせ通り、リンドウさんは『ファットデビル』や『軍隊コウモリ』などの対処をお願いしますね」
前者は小さく太った体を持つ小悪魔で、背中の翼を動かして飛び回りながら魔法を主体として遠くから攻撃してくる厄介なモンスター。
後者は常に 4 匹以上で行動し、数が減ると撤退する面倒なモンスターだ。こちらも常に飛び回っており、的確にヒットアンドアウェイの戦法を取ってくるなど、モンスターにしては妙に人間くさい動きをする厄介な敵。
「了解」
リンドウはクラウドに短く答える。あまりあれこれ口を出して指示厨のようになりたくないため、なるべく彼ら主導で進もうと話していた。
どちらかと言えばリアル思考なリンドウは、彼らの動きを見てみたかった。堂々の後方先輩面というやつである。
「よっしゃ!リベンジ行くぜ!」
武器となる剣を持ち、太鼓が意気込む。
「冷静に……今度こそ落ち着いていきましょう」
ユウカが長さ1メートルほどの杖を握りしめて冷静に思慮する。
「よーしがんばろー」
お茶は独特の間で気合いをいれる。精霊術師の彼女は剣や杖などの武器を持たない。
「じゃあ行こうか」
太鼓と同じく剣を武器とするクラウドがパーティーをまとめ上げ先導する。
一同はクラウドと太鼓を先頭にして進む。一度訪れており、まだモンスターが出現する場所ではないことはわかっているものの、初めて他プレイヤーと一緒にダンジョン攻略をするためか少し緊張が見られる。
「初々しい……俺にもこんなときが……」
(あったかなぁ……?)
かつての自分を思い出しながらクラウドたちを見守るリンドウだった。
「あぁそういえば……まあいっか」
リンドウは伝え忘れていたことを思い出したが気にしても仕方がないことだと思ったため話すのをやめた。
「どうしました?」
「いや、なんでもないよ」
(今日が当たり日じゃなければいいけど……確率低いし大丈夫か)
こうして彼らのダンジョン攻略が始まった。
リンドウたちが向かう『深淵の螺旋階段』というダンジョンはポップする敵対モンスターが多く、それでいて経験値効率の悪いモンスターばかりでプレイヤーからは倦厭されているダンジョンである。
巨大な縦穴の外周に螺旋階段が下まで続いているダンジョンで、最下層まではかなりの深さがあり、空中を移動するモンスターばかりで、プレイヤーは逃げるという選択が取りづらいという特徴がある。
一時期は<フライト>という空を飛ぶ汎用魔法を使った遊びが流行った。入り口から飛んで最下層までモンスターに当たらないように落ち、<フライト>を使って急停止する遊びだ。今やっているプレイヤーはほとんどいないだろう。
ここにくるプレイヤーのほとんどは精霊術師である。それは精霊術師が使う魔法スキルの強化をしたり、魔法を使うための触媒にしたりするために必要な『墨色の羽』というアイテムが最下層に落ちているからである。ただしある程度レベルの高い精霊術師はここではなく別のより効率よく墨色の羽が手に入るダンジョンに向かうため深淵の螺旋階段の需要はかなり低い。
「これが紐無しバンジーだ!って思いながら楽しくて何度も飛んだなぁ」
リンドウは巨大な縦穴を前にしてゲームの意図とは違う楽しみ方に想いを馳せていた。流石に今回はとべない。
リンドウたちは一定間隔で壁に設置された松明の明かりだけでは心もとないと、リンドウとユウカが使っている光の球を召喚する魔法<照らす光>によって明かりを確保しつつ螺旋階段を下っていた。
「来たよ!」
先頭を行くクラウドがモンスターの接近に気付き声をあげる。太鼓、ユウカ、お茶とも臨戦態勢に入った。
階段の下からは宙に浮かんだ円環が迫ってきていた。円環の中心には両手両足を伸ばして掴まるサルのようなモンスター『リングモンキー』がいた。
リングモンキーの横にならんで、苔の生えた小さいプテラノドン『モステラ』も現れる。
2体ずつ、合計4体のモンスターが襲ってきた。
「よし!行くぞ!」
(先手必勝だ!攻撃は俺に任せろ!)
太鼓が勢いよく前にでて攻撃を仕掛ける。
「<十字斬り>」
太鼓が剣を振るう。縦からの横、高速の二連撃。先制攻撃は見事リングモンキーに命中した。リングモンキーは悲鳴を上げる。そして怒りのまま回転しながら太鼓に体当たりをして来る。そこをすかさずお茶が追撃の魔法を唱える。
(やらせない)
「<火の精よ>」
お茶の周りに薄い火の粉が舞う。彼女が前に突き出した手から炎が発生する。炎は球になり、味方を飛び越えるように放物線を描いて飛んでいく。火球はリングモンキーに命中すると勢いよく体を燃やす。そのまま1体のリングモンキーは倒れ、黒い粒子となって消えていった。
ジェネレコに存在するモンスターは、一部を除いて死亡すると黒い粒子となって消え去る。モンスター素材のドロップはこの時点で発生し、直接剥ぎ取ることはできない。
モステラはリングモンキー1体をやられて、お茶を一番の脅威であると認識したのか狙いを定めて突進した。
「行かせるか!」
モステラの突進を読み切り、クラウドは左手の盾によって攻撃を防ぐ。突進の勢いを完全に潰したクラウドは右手で剣を振るう。
「ふっ!」
モステラの体を深く切り裂き、地面に落ちる。
残ったモステラは仲間がやられたのを確認すると距離を取って"ピェェェェ"と鳴き声をあげた。すると遠くから3体のモステラが集まってくる。不利を理解して仲間を呼んだ。
「追加で来るよ!」
「太鼓、前に出すぎ!囲まれるよ!<プロテクション>」
ユウカは戦況を見ながら味方の防御力を上げる魔法を唱える。太鼓とクラウドの体が順番に一瞬だけ青い膜に覆われる。
戦いに安定感がある。攻めの要は太鼓とお茶、守りの要はクラウド、状況把握と指示だしのユウカ。
パーティーはユウカから回復魔法の<ヒール>を受けながら順調に敵の数を減らしていく。
「いいパーティーだ……」
リンドウは素直にそう思った。彼らがゲームを続ければ確実に強くなる。
(ん、これは出番かな?)
リンドウは遠くから近づいてくる影を視認する。問題のファットデビルと軍隊コウモリだ。
「リンドウさん!お願いします」
(ユウカは……よく周りを見ている)
「任せろ……<噴炎の槍>」
リンドウが右手を横にはらうと正面に激しく燃え上がる炎で形成されたランスが出現する。
宙に漂う炎の槍はファットデビルに狙いを定めると勢いよく発射される。高速で飛来する炎の槍はファットデビルに回避する隙を与えることなく衝突して爆ぜる。
瞬く間に3体のファットデビルが消滅する。浮遊していて魔法を使ってくることがファットデビルの厄介なところであるが動き事態は鈍い。向こうに届く攻撃手段さえあれば対処は容易い。
「そして軍隊コウモリは……<焔渦>」
リンドウが前に向けてかざした手を中心に炎の渦が展開。群がる軍隊コウモリを竜巻のように巻き込んでいく。暗いダンジョンをオレンジ色に照らして燃え盛る。
炎の竜巻が消え去る頃には軍隊コウモリは1体も残ってはいなかった。
「すっげぇ……リンドウさんぱねぇ……」
「わぉ……私の魔法とは桁違いだね」
「……とりあえず目の前の敵を倒そうか」
「そうね……クラウドの言うとおり!」
リンドウの魔法に驚いていたのはクラウドたちだけではなかった。モンスターもリンドウの魔法に怖じ気づいて大きな隙を見せていた。
クラウドたちはその隙を見逃さず一気に攻勢にでる。そしてリングモンキーと残り3体のモステラを順調に倒していく。
(4人はてこずっている様子もないし、思ったより問題なく進めるな)
それから少しして戦闘は終了した。戦果は上場。不安はもうなくなった。