1.4 幼馴染の4人
「いつも通りきいてから判断できる?」
リンドウはマリィから指名依頼の詳細を聞こうとする。
「はい、問題ありません。3階へ移動しましょう」
ギルドは3階建て。1階は依頼の受注や報告を行う受付が主で、冒険者同士の交流の場でもある。2階は冒険者向けの店が並び、3階は貸し出しの会議室になっていた。即席の冒険者パーティーが依頼について相談するときに利用することがある。
3階に向かう道中で、詳しい話を聞いた。
マリィの話によると、4人組の冒険者パーティーが「深淵の螺旋階段」を攻略するのを手伝ってほしいということだった。4人はプレイヤーであり、1度ダンジョンに挑戦したが攻略に失敗してしまったようで、ギルドに臨時のパーティーメンバーを募集しに来たということだ。
(話を聞く限り素行に問題なく、無理やり適正に合わないダンジョンを攻略しようとしているわけでもなさそうだ)
プレイヤーのなかには、ダンジョンの適正レベルではないにもかかわらず、他人に頼ってダンジョンを攻略してもらうという寄生プレイと呼ばれる行為をする者がいる。仲の良いプレイヤー同士の遊びならば問題ないが、関係地の低いプレイヤーにそういった行為をするのは、必然嫌われる。
今回の依頼は寄生プレイではなさそうだとリンドウは思った。マリィがそういった依頼を弾いてくれるだろうという信頼もある。
リンドウの足取りは軽い。野良のプレイヤーと協力することにゲームの楽しみを見いだしているリンドウは、依頼したプレイヤーとの邂逅を楽しみにしていた。
マリィは会議室の前に到着すると、扉をノックする。
「失礼します、依頼を受けてもよいという方をお連れしました」
マリィは返事があるまで丁寧に待つ。
中からは「どうぞ」という男性の声が聞こえ、マリィは扉を開けた。室内は会議以外の用途は考えられていないシンプルな作りで、椅子と机が中央に並べられ、窓際には観葉植物が置かれている。机の上には一枚の地図が広げられており、見てみるとそれは深淵の螺旋階段を含む周辺の地図のようであった。部屋にいた4人の視線がリンドウとマリィに集まる。
「こちらはリンドウさんです。ぜひみなさんの話を伺いたいと」
マリィがリンドウの紹介をすると、彼らは席から立ち上がり挨拶をし始めた。
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「でも大丈夫かなぁ……」
茶色い髪の女性がため息を漏らす。机に頬杖をついて不安そうな表情。
「何が?」
彼女の言葉に対してすぐに反応を示した男性がいた。彼はツンツンとした金髪でヤンチャそうな印象を受ける。
「何がって……依頼のことよ。受付のマリィさんに頼んだでしょ?『深淵の螺旋階段』にいくために魔法とか遠距離からの攻撃が得意な冒険者に同行してもらいたいって」
彼女、ユウカたちはダンジョン攻略のための仲間を募集していた。
「あぁ、その話か」
彼は自分から疑問を呈したにもかかわらず、すでに興味を失ったように机の上に広げられている地図に視線を戻す。
興味を失ったというよりも、彼はユウカの心配に対して、気にしても仕方がないことだと思っていた。
「もう依頼はしたんだし、マリィさんも優しい人だから気にするだけ無駄じゃん?それよりも俺は実際にどうやってダンジョンを攻略するかを考えたいけどな」
地図のうえに指を這わせてダンジョンまでの道を確認しながら彼は答える。
(それだけじゃないってのあんぽんたん!)
ユウカは彼の態度に呆れていた。誰のせいで話がややこしくなっているのかと。
「太鼓は相性悪い人だと露骨に不機嫌になっていくでしょ?そういうのが心配なの」
「なっ……別に不機嫌にはなってないだろ!……たぶん」
地図を見ていろいろと考えを巡らせていた太鼓は、悩みの種はお前だと言わんばかりのユウカの物言いに反論しようと思ったが、思い当たる節が多いのか言葉につまる。
「まあまあ、今後のことを考えることも大事だし、ユウカの心配もわかる。別に太鼓のことだけじゃなくて一時的にパーティーを組むんだから気が乗らない相手だとみんな困るだろうし」
この部屋には4人の人物がいる。今、穏和な笑みを浮かべながら仲裁に入る暗い青色の髪の男性はクラウド。
「楽しく話せる人だといいなぁ」
椅子に座ると床に届かない足をプラプラさせながら髪をくるくると指でいじっている。マイペースに自分の要望を呟いている黒髪の女性がお茶。
4人は現実世界で幼馴染みの中学生プレイヤーであった。プレイヤーの容姿は、全員大人というには少し身長が低く、とはいっても現実の中学生平均と比べると高く高校生以上に見える。
彼らは中学生といっても受験を終えて4人とも春から高校生となる。ゲーム好きのクラウドが仲の良い3人をジェネレコに誘って、流行りものの太鼓がすぐに飛び付きユウカとお茶は流れで参加することになった。
彼らの姿は現実の子供にしては少し身長が高く見える。そしてこの世界に来てから"1ヵ月"がたった。
4人ともこのゲームにどっぷりとはまっていた。今は高校入学前の春休みというのもあり時間が許す限りゲームにログインしている。
「そうね……確かに考えすぎてもしょうがなかったかも。ごめんね太鼓」
「俺のほうも悪かったな。いつまでたってもダンジョン攻略ってワクワクしてさ、先のことばっか考えちゃうんだよな」
太鼓は目をキラキラと輝かせて話す。餌を前に待てを命じられた犬のようである。
「獣人だったら尻尾がブンブンしてそう」
お茶が太鼓の背中側に左右に揺れる尻尾を想像して笑う。
「なんだよー、楽しみじゃないのか?」
「もちろん楽しみだよ?」
「だよなー!」
(近所のばか犬にそっくりかも)
そんなことを考えるお茶の心のうちなど想像できない太鼓はダンジョン攻略に想いを馳せる。
「それでも前回はほんと散々だったよな?ダンジョンにはいってからすぐは問題なかったけど、途中から攻撃の届かない位置から魔法をバカスカ打たれてさー、なにもできずに撤退。あーあ、今思い出してもめちゃくちゃ悔しいわ」
太鼓は拳を握る。
「あれはね……僕も新しいダンジョンに浮かれて調査を怠っちゃったから苦しかったね」
クラウドもそのときのことを思い出してか苦笑いを浮かべる。
「みんな調子乗ってたかもね、それまで失敗らしい失敗はなかったから素材のためとはいえワンランク上のダンジョンにいく心構えじゃなかったかも」
「確かにあれはちょっと引きずる失敗かも」
ユウカとお茶も深淵の螺旋階段に初挑戦したときのことは鮮明に思い出す。
3日前のこと、パーティーはお茶のジョブである精霊術師に必要となる素材を集めに深淵の螺旋階段に挑んだ。
初攻略となるダンジョンだったが、慎重派のクラウドとユウカがうまく作戦をたてて、勢いのある太鼓とお茶が力を発揮して、それまで失敗らしい失敗をして来なかったため少し気が緩んできた時期だった。
始めは問題なかった。いつもどおりクラウドがタンク役となり敵モンスターのヘイトを集め、太鼓がヘイト漏れや後衛の二人に近づこうとする敵を蹴散らしつつ接近して攻撃、お茶は魔法でじっくり高打点の攻撃、ユウカはクラウドと太鼓に防御系バフと回復魔法を唱える。
安定重視の戦い方。彼らのすごいところはパーティーの全滅経験が1回しかないところだ。戦闘経験など一切ないゲーム好きの中学生が、限りなくリアルな世界で武器を手に取りモンスターと戦う。当然何度もやられていてもおかしくない。しかし彼らは違った。
キャラクターに死があってもプレイヤーに死はない。極端な話、HPが0となり死亡しても復活するということは、死は状態異常の一種といえるかもしれない。
プレイヤーが死亡することをロストと呼ぶ。
だから一般的なゲームプレイヤーの意見はこうだ。
『死んで覚えろ』
もちろんこの意見は間違っていない。むしろ正しいとまで言える。しかしユウカたちはロストすることを恐れる。
これはゲームをプレイする上での楽しみ方、ロールプレイの1つかもしれない。プレイヤーがロストするとき、グロテスクな描写は設定でオフにすることができ、オンのままでも過度な表現はない。ただ死が迫る恐怖というものは感じる。ジェネレコのおかげで走馬灯を経験することができたという意見もある。ロストを怖がるものは多い。そういうプレイヤーをリアル思考と言う。逆はゲーム思考。
リアル思考のプレイヤーは慎重な攻略を好み、一部のプレイヤーからは臆病だと揶揄されることもある。
それでもそういったプレイヤーたちはとある条件下で強い力を発揮する。
『初見攻略』
この一点においてリアル思考のプレイヤーはゲーム思考のプレイヤーに勝る。負けられない状況の経験値が違うのだ。
ユウカたちはパーティーの職業バランスもしっかりと考えていた。しかし敗走した。原因は遠距離攻撃持ちのモンスターたち。クラウドは辛うじてヘイト管理の仕事があったが、ダンジョンの性質上、常に浮遊して縦横無尽に飛び回るモンスターが大量に出現し、太鼓は完全にお荷物となってしまった。お茶だけでは殲滅力が足りずに撤退となった。それでもロストせずに情報を持ち帰った。戦闘力に問題はなかった。ただ今回は相性が悪かった。
……
……
「私のためにありがとうね、みんな」
お茶は精霊術師以外のジョブである他3人に、自分のために難しいダンジョンに付き合わせているという少しの罪悪感から感謝を告げた。
「気にしなくていいっていったでしょ?お茶が強くなればパーティー全体の力の底上げになるし、私は聖職者で回復担当。攻撃はお茶に任せることになるからさ」
ユウカはお茶の気が少しでも軽くなるようにパーティーみんなが望んでいることだと強調する。実際にそれは間違っていない。パーティーの攻撃ができる魔法職が成長すれば、前衛のジョブにも大きな影響がでる。
「それに俺たちにも同じようなことがあればお茶も付き合わせるしな。初めてぶつかった壁がお茶の番だっただけだ」
太鼓も次は俺の手伝いをしてもらうかもしれないぜと笑いながら話す。
「なんか……このゲームを始めてからみんなが大人になっている気がする」
クラウドがしみじみとそんな感想をもらす。
(お茶は協調性が身に付いたし、ユウカはみんなをまとめるのがうまくなった。人をよく見るようにもなった。太鼓は他人の意見を聞くようになった。昔はかなり我儘大王様だったけど)
確かに助け合いというものが増えているかもしれないと4人はお互いに顔を見合わせながら思った。
「さて、話を戻すけど……」
クラウドは前置きして話し出す。
「今回は助っ人を依頼したけどさ、今後のことを考えるならパーティーの弱点もどうにかして克服しないとね」
パーティーの今後についての話題。他3人も思うところがあるのか一斉に考え込む仕草を見せる。
「それは同感。レベルが上がったらジョブスキルでいいのが手に入るんだけど、もうちょっと先なんだよなぁ」
太鼓はウォーリアーのスキルである『リーチスラッシュ』があれば遠くの敵にも攻撃を当てられると、まだ取得していないスキルに想いを馳せる。
「考えることはいっぱいね」
4人は1つの壁にぶつかっている。にもかかわらず彼らの表情からは辛そうな様子は感じられない。
彼らは楽しんでいる。強くなるためにはどうしたらいいのか。なにをしていけばこのゲームをもっと楽しく遊べるのか。この試行錯誤がジェネレコの面白さの1つである。彼らは今、最高にゲームを楽しんでいる。
「失礼します、クエストを浮けてもよいという……」
彼らが未来の光景に思考を飛ばすなか、ノックと共に声がかけられる。そして彼らは、この出会いを機に大きく成長することになる。