1.3 冒険者
扉を開けて中に入るとそこは様々な人であふれかえっていた。その全員に共通して、戦闘の中に身を置く者としての雰囲気を感じる。
背中に刃渡り30センチはある大剣を背負ったフルプレートの人物やツバが異様に広い三角のとんがり帽子、所謂魔女帽子をかぶり黒いローブを纏った女性、大柄で筋骨隆々の上半身裸の男性。一般的に世間から浮いてしまうような人物たちが当たり前のように受け入れられている。獣人、エルフ、竜人、ドワーフなど人間以外の、目で見てわかる種族的特徴を持った者たちも多い。
ここは冒険者ギルド。王都で最もにぎわっている施設といっても過言ではないほど人の出入りが激しい場所。
リンドウはキティからの頼みで『深淵の螺旋階段』というダンジョンにとある素材を取りに向かうこととなった。リンドウはどうせダンジョンに向かうなら、ついでにギルドから深淵の螺旋階段で達成できるようなクエストを受けてから向かおうと考えていた。
冒険者ギルドでは、ギルドが冒険者に対して仕事を斡旋し仕事の達成状況によって報酬を渡している。この仕事をクエストと呼び、冒険者によってはギルドまたは個人から指名で依頼が入ることもある。基本的には壁一面を埋めるほど大きな掲示板に張り出されているクエスト用紙を確認して受付に話を通すことで冒険者はクエストを受注することができる。この掲示板をクエストボードと言う。
クエストはすべてが自己責任であり、命の保証はなく失敗すれば生きて帰っても評価を落とすことになる。ただ冒険者ギルドは命の保証はしないものの、死んでほしいというわけではない。冒険者の数は多いほうが良いし、クエストの未達成により依頼人から信用を失うことは非常に損である。
だからこそ冒険者にはランク制度があり、冒険者ランクによって受けられるクエストが異なってくる。上のランクの冒険者がランクより下のクエストを受けることはできるが、下のランクの冒険者が上のランクのクエストを受けることはできない。
冒険者ランクは、最高をA、最低をFとしてアルファベットであらわされる。それに加え例えばB+のように、アルファベットに+をつけたランクが存在し、冒険者は12段階で評価される。
ランクはクエストの達成数や達成度によって上げることができ、その者の実力に見大いに左右される。現状で一番多いランクはCであるがそれはプレイヤーとNPCを含めた集計であり、プレイヤーを含めないのであれば一番多いのはDランク冒険者である。この結果を見てもプレイヤーたちは平均的にNPCの冒険者よりも強いと言える。プレイヤーたちは死ぬことなく強さを求めてレベルを上げることができる。プレイヤーたちがジェネレコの世界にやってきて”1年”とはいえ、ゲームということもありこの世界の住人よりも戦闘力の高い者が多いというのは当然のことであった。
しかし冒険者のランクと強さは比例しないこともある。ランクの成長はあくまでクエストの達成数を軸にしている。いくらプレイヤーが死なずにクエストをこなすことができても、クエストに失敗すれば冒険者ランクは上がらず、下手すれば下がってしまう。ただクエストを達成するまで死んでリトライということもできるため、プレイヤーが身の程に合わないクエストを受けない限り失敗することは少ない。
「なんだかんだAランククエストは金払い良いからなぁ……クエストを受けておくに越したことはないんだけど、クエスト期限を過ぎたらマイナスにしかならなくて結局あんまり受けなくなるんだよなぁ」
リンドウはA+ランク冒険者であるが最近はギルドに顔を出すことが少ない。せっかくなら最高ランクでいたいと考えA+ランクになったものの、プレイヤーにはA+ランクの冒険者も多く、活動としてはそれほど他のランクと変わることもない。Aランク以上であれば活動頻度が低くても降級したり資格をはく奪されたりするということはないため、資金に余裕がある場合はクエストを受けなくなるプレイヤーも多い。リンドウもそのうちの一人である。どちらかというと冒険者業よりもクラン活動の優先度が高い。
クランというのはプレイヤーが集まって作るチームのことで、最大50人が所属できる。
(他にもジェネレコには面白いコンテンツがたくさんあるしな)
リンドウはあふれる冒険者たちの横を通り抜けてクエストボードの前まで向かう。そしてちょうどよいクエストがないか端から目を通していく。
「深淵の螺旋階段ならそこの素材回収かアレの討伐クエストとかあればいいんだけど……まあ『バナの大森林』で完了するクエストでも問題ないか」
バナの大森林は深淵の螺旋階段を内包する森林の名称である。全体的に出現モンスターのレベルは低く、リンドウにとってはソロでも問題なく向かえる場所だ。
(Cランク以上のクエストは……と)
リンドウが自分の目的に見合ったクエストかどうかを確認しながら見ているといくつかよさそうなクエストが発見できる。リンドウはそれらをピックアップして受付に向かおうとした。すると……。
「あっ!リンドウさん!」
リンドウに声をかける人物がいた。
「ん?……マリィさん」
リンドウは声のした方へ視線を向けた。そこには、ギルド支給の制服を着て、緩くウェーブのかかった滑らかな金色の髪を軽く後ろで結んだ可愛らしい女性がいた。
「はい、エリアスの冒険者ギルドが誇る看板受付嬢のマリィさんですよー」
マリィと名乗った女性は素晴らしい笑顔で挨拶をする。彼女はリンドウがちょうどクエストを受注する手続きをしようと思っていた受付の人間であった。
自身で看板受付嬢と言った通り、彼女はこのギルドで一番人気のある受付である。彼女が担当する時間だけわかりやすく冒険者の割合が増え、今の時間帯冒険者で溢れているのはそれが理由の1つでもある。
彼女が声を発して顔を出すと何人もの人間が彼女のほうを見た。そして重い腰を上げあらかじめクエストを見繕っていた冒険者たちが受付に向かう準備をする。
それはわざわざ彼女に声をかけるタイミングをうかがっていた者たちだった。
しかし受付のカウンターにはまだ座らず、端でリンドウに声をかけたのを見ると“誰だあいつは”といぶかしむような視線がリンドウに集中する。関係性を詮索する声が広まり、明らかに苛立ちの感情が見てとれた。
普段事務的に仕事をこなすマリィに笑顔で挨拶されるというのはそれほどの影響がある。
突然いわれのない非難を受けることになったリンドウは、努めて視線を気にしないようマリィのもとへ向かう。
「お久しぶりですリンドウさん」
「ご無沙汰してますマリィさん」
「もう!"マリィ"って呼び捨てにしていいんですよ?」
「いや、燃えるんで……それは遠慮します」
エアリスに存在する人気アイドルの一人として名高い彼女を馴れ馴れしく呼び捨てにしたとあらば、どうなるかは火を見るより明らか。
文字通り炎上するのである。
マリィは、過去にリンドウととある一件に置いて関わりがあるため、それ以来妙に距離感が近いときがある。
(まあ、彼女の経緯を考えたらこういう態度を取られる理由も少しはわからなくないが、人前だと勘弁してほしい)
それでも内心は女性に建前ではなく好意を示されてうれしいリンドウである。表情には出さないが心の内側は跳び跳ねんばかりの優越感を持っている。リンドウは普通に欲にまみれていた。
マリィという女性NPCは、今はギルドの受付嬢をしているが、過去に冒険者として生きていた頃があった。
そのころは5人パーティーで活動しており、エリアスの冒険者のなかでは名の知れたパーティーだった。しかし、ある日の仕事で彼女以外のメンバーを失った。事件当時かなりの話題になっていた。パーティーメンバーを失い、精神的に苦しんでいた彼女は1年間活動休止をしていた。
その後、かつて仲間を失うきっかけになった原因の情報を集めるため、決意新たに別の冒険者パーティーと仕事をすることになった。
しかし、彼女は仕事先で竜に襲われ、またも彼女以外の冒険者仲間を失うことになった。
幸か不幸か……彼女だけは生き残りエアリスに帰還した。
もちろん彼女がひとり逃げてきたわけではなく、死力を尽くして戦い、竜を討伐することができていた。
しかし、エリアスに帰還した後、竜討伐という功績は認知されていたものの、彼女に同行したものはどんな強者でも死んでしまうとして、死神と呼ばれ揶揄されるようになった。誰も彼女と関わろうとはせず冒険者としての依頼も来なくなった。
マリィは冒険者をやめることになったが、当初の目的を達成するためにたったひとりで旅にでることにした。
その旅の道中でリンドウとであった。今より半年以上前のことである。
それから紆余曲折あって今に至る。自分のような冒険者を出さないために彼女はギルドへ所属することにした。彼女が受付として活動できているのは、冒険者時代はフルプレート装備かつ活動名義も別であり、死神と同一人物であると思われなかったからだ。もし、同一人物だとばれていたら忌避されていただろう。
(今思えば兜の下を始めてみたときに"めっちゃ美人!"と驚いたな。少し小柄でスマートな鎧だとは思っていたけど女性とは当時思わなかった)
冒険者時代は口数が少なかった彼女は、寡黙な剣士として認知されていた。鎧を通した声はくぐもって聞こえ、女性と知っているものはパーティーメンバーくらいだった。
受付の仕事をするようになったのは割りと最近なのである。それでこの人気。顔と性格が良いので男性冒険者はもれなく彼女の虜となっている。プレイヤー間でも彼女のファンクラブがあったりする。
マリィがリンドウに気を許しているのは、そういった過去の繋がりと、彼女とパーティーを組んでリンドウが未だに大きな傷を抱えることなく無事でいるからということが大きい。もちろんプレイヤーであるリンドウが死ぬことも、一生ものの傷ができることもない。
人によっては名誉の負傷として腕をなくしたままにしておくロールプレイをしていることもある。
(まさかマリィさんの特殊イベントに関わることになるとは当時思いもしなかった。ファンクラブの奴らにばれたら詰められるだけじゃすまなそうだ)
マリィとの出会いは、リンドウの中でも印象に残っている。振り返るとあの頃はだいぶやんちゃしていた……が、冷静になればぶっちゃけ今も変わらないとリンドウは考え直した。
リンドウは彼女の過去は極めて慎重に扱うべきと心に決めている。
"久しぶり"と言うマリィにリンドウは答えた。
「そんなに久しぶりってほどだっけ?」
「えぇ、久しぶりですよ?だって1か月近く来なかったじゃないですか」
少しほほを膨らませて不満アピールをするマリィ。
「1ヶ月ならそこまでだと思うけど……」
「いいえ、1ヶ月は長いですよ。いつ死ぬかも分からない冒険者にとって1ヶ月は十分に亡くなっていてもおかしくない期間です。リンドウさんには関係ないかもしれませんが…」
マリィは常に危険と隣り合わせにある冒険者はいつどこで帰らぬ人となるか分からないからこそ、定期的に顔を出して生存報告をしてほしい、1ヶ月姿を見なければその可能性は十分にあると話す。
(リンドウさんは死ぬことがない。私たちにはそれがどういう理屈でそうなっているのか分からないけど、平然と危険を犯す。万が一はないと分かっているけど……)
いなくなってほしくはないとマリィは心のなかでリンドウを心配する。
「リンドウさんはそれまで精力的に冒険者として活動されていたと思っていたので、活動拠点もエリアスだったようなのでどうしたのかなと」
「ちょっと別の用事でエリアスから離れてる時間の方が多かったからなぁ、冒険者としてクエストを受けることもほとんどなかったかもなぁ」
「てっきり拠点を移してしまったのかと……。冒険者の方にはエリアスよりも稼げる別の都市に拠点を移す方が多いですから。この街に残ってくれているリンドウさんは我々からしたら貴重な存在なんですよ」
(私個人としてもリンドウさんにはエリアスに残っていてほしいんですよ)
かつて怨敵を倒すため共に戦ったリンドウに、マリィは特別な想いを持っていた。それを言葉にはしない。言葉にすれば彼は困るだろう。マリィは自分が周囲にどう見られているかを分かっている。
プレイヤーがエリアスを離れやすいのは事実であるためそれを口実にして離れてほしくないという想いを伝える。
エリアスというプレイヤーが最初に降り立つ都市は、初心者に優しい街である。冒険者にくる依頼は簡単なものも多く、周辺地域はある場所を除いてモンスターのレベルも低い。国全体で見ても争いがなく、物価も安定している安心できる国という評価を受けている。
逆に言えば長く続けているプレイヤーにとって面白味のかける街かもしれない。対人戦を好むプレイヤーは闘技場がある街や戦争が発生する国に移動する。対モンスター戦を好むプレイヤーはモンスターが頻繁に出現する危険地帯や、冒険者の依頼に討伐依頼が多い街に移動する。
エリアスという国は、どちらかというと生産系の職業につくプレイヤーや、戦闘のイベントは極力避けてスローライフを送ろうとするプレイヤーの受け皿になっている。
リンドウとしては大陸の中心に近く、交通の便がよい点を評価してエリアスにいる。
ただ、だからといって永住する考えも今のところないため、家を購入して居を構えることもしない。
「それより、何かあった?」
ギルドの職員から直接声をかけられるときはランクの昇段·降段、進行中のクエストに関する追加情報などの他に、冒険者としての態度が問題になっている場合や指名依頼が存在するときに呼び出される場合もある。
Aランクが最高である以上、リンドウは降段の条件を満たしていないし進行中のクエストもない。問題も起こしていないと思い、指名依頼かなと当たりをつけていた。
「なにかないと話しかけちゃダメですか?」
マリィは首をかしげて微笑む。
リンドウはマリィが人気になる理由を再認識した。あざといといわれるような仕草やセリフも彼女が言えば卑しさの欠片も感じられない。
「まあ、困らせるのも面白いですけど……ふふ♪それは後にしましょう」
彼女の顔が仕事のものに切り替わる。丁寧だが少しくだけた口調から、受付としての話し方へ。
「リンドウさんへ指名の依頼が入っております」