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1.2 ゲームの世界

「あれから”1年”か……現実だとまだ3か月しかたってないのが不思議で仕方ないな」

 碧は自室の椅子に座りながらジェネシスレコードを始めたときのことを思い出していた。ゲームを始めてから3か月、今は3月の中旬であり大学生である碧は春休み真っ只中。毎日のようにジェネレコにログインしている。


 今日も例にもれず、ジェネレコにログインしようとしていた。

 机の上に置かれているVRゲームを遊ぶための専用ゴーグルを頭に取り付け、ゴーグルから延びるケーブルを椅子のサイドについている端子に接続する。

 碧が座っている椅子は普通の椅子ではなく『ダイブチェア』と呼ばれるゲームハードだった。碧が椅子のボタンを押すと背もたれが後ろに倒れていく。


 ジェネシスレコードを遊ぶためにはVRの世界に入り込むためのダイブチェアとVRゴーグルが必要になる。安い物でも合計で数十万の値段がかかり、数年前のゲーマーがハイエンドPCにお金をかけるのと同じような感覚である。


 碧はデバイスを起動した。起動まで数秒、碧の体からは徐々に力が抜けていく。VR世界に入るサインである。

 現実の碧の意識は薄れていく。

 気が付くと意識は電脳世界に着地していた。青白い世界にぽつりと碧は立っている。ここにいるのは、端末に登録した碧の情報から本人の姿を再現したもので、視覚と聴覚以外の感覚はない。碧の周囲に様々なゲームのパッケージが浮かび上がる。碧は一覧からジェネシスレコードを選ぶ。

「”リンドウ”にも、もう慣れたなぁ」


 ----------


 徐々に覚醒する意識。人通りが多い町の中心にいるような喧騒が聞こえてくる。

 碧ことリンドウが目を開けると、そこにはファンタジーの王道といった中世ヨーロッパ風の街並みが広がっていた。そして現実では洋服を着ていたが、今のリンドウの姿は、スーツのような見た目のビシッとした黒く、赤いラインの入った魔導師服に黒いローブを羽織り、グレーのズボンと黒いブーツで合わせている。お堅いイメージにならないように様々な装飾や刺繍が適度に入っている。


 現実にすればわかりやすく手の込んだコスプレ。しかしこの世界では一般的として受け入れられる。ただし、この世界の基準で見てもリンドウの服装もとい装備は、かなり手が込んでいる。


「宣伝の意味もかねて来ているけど……相変わらずすごいセンス。まあ着心地はいいしかっこよいから満足しているけど」

 リンドウの装備はすべてある人物による手作りである。この世界に二つとないオリジナル。リンドウのように魔導師といった戦闘をメインに遊ぶジョブではなく、服飾士や鍛冶師というジョブを持つ者がこういったオリジナルの服や装備を作り出すことができる。


 リンドウがいる場所は円形の広場で、中心にはシンボルとなっている噴水が存在する。広場から十字に通りが伸びており、北の大通りの先にはこの国の王城がある。


 ジェネシスレコードでは、ログアウトしたときの場所が次のログイン地点となる。ただしダンジョン内などではログアウトできる場所が限られていたり、ログアウトと同時にログイン地点がダンジョンの外になる仕様があったりと例外も存在する。


 今は昼前の時間で広場の人通りは絶えず、広場に出ている屋台には小腹をすかせた大勢の人が並んでいた。そこには人間だけでなく耳が長いエルフや背が低いドワーフ、動物の耳としっぽを生やした人、獣人の姿もある。

 ここはエリアス王国の首都、王都エリアス。5代目エリアス王、ミゼーユ・エリスフォン・ギルフォード・エリアスが治める君主制国家である。人間以外の種族が歩いていることからもわかる通り、本人に問題がなければ多種族が生活することもできる国だ。人間の国家ではあるが多種族との交流も盛んな国の1つである。


 エリアスはプレイヤーがゲーム開始時最初に降り立つ場所となっている。遠方からの旅人という設定でこの国にやって来たプレイヤーたちは王都で生活するために冒険者として活動を始めるところからジェネシスレコードの物語が始まる。

 ”1週間前”、ジェネレコがリリースされてから”1周年”の節目を迎えた。この街の住人達からしたらプレイヤーたち旅人がやってきて1年が経過することになる。プレイヤー以外のこの世界に存在している人々をNPCと呼ぶ。プレイヤーにとっては1周年というめでたい日も、彼らNPCにとってはなんてことないただの1日である。


「いい匂いだ……串カツかぁ、俺も食べたくなってきたな」

 リンドウは離れた場所からでも漂ってくるおいしそうな匂いにつられて屋台を見た。その屋台では串カツを売っていた。人気の屋台のようでたくさんの人が並んでいる。

 10分くらい待ちそうだと考えながらリンドウは食欲を満たすため列の最後尾に並ぶ。


 ゲーム内にも食欲は存在する。味覚や嗅覚もあり、プレイヤーはゲームの中で食事を楽しむことができる。睡眠欲、性欲といった残りの人間の三大欲求も存在する。

 ゲーム内で寝ると、現実世界の体と脳も休息状態に入り現実とリンクして睡眠をとることができる。しかしゲーム内と現実で時間に差があるため、”8時間”たっぷり寝たとしても現実では2時間しか睡眠をとったことにならず、寝起きはすっきりしていてもすぐにまた睡魔がやってくるということが発生する。1日の睡眠時間が1, 2時間で十分というショートスリーパーでもない限り常にジェネシスレコードの世界に居続けるということはできない。たとえそれが可能であったあとしても現実の体がすぐにでも悲鳴を上げるだろう。

 現実の体が睡眠や食事を欲していたり、尿意や便意をもよおしたり、何か問題が発生したりするとウィンドウにメッセージが表示される。プレイヤーが現実をおろそかにすることは当然公式から非推奨とされている。体に異変があったり、周囲の環境に異変があったりしたときは強制的にログアウトさせられる。


「列の最後尾ってここで合ってるか?」

 串カツ屋台の列に並んでいたリンドウは後ろから肩を叩かれた。

「ん?あぁ、あっているよ」

 リンドウに話しかけた男はNPCである。現実の人と区別がつかないほどリアルで人間的。ここがゲームの世界でも間違いなく彼らは”生きている”と言える。

(ほんと……NPCとプレイヤーの区別って指輪以外でやりようがないよなぁ)

 リンドウは男の指にちらりと視線を向けた。リンドウが左手中指に付けている物と同一の物は確認できない。指輪はネックレスなどのアクセサリーとして身につけることもあるがポケットにしまうなどは身につけていると判定されないため、プレイヤーかどうかの確認は割と容易に行うことができる。ほとんどのプレイヤーは指にはめている。


「ありがとう……おーい!1人1本でいいよな?」

 男は広場のベンチに座っている3人の男性に大声で確認を取る。彼らもNPC。

 この世界で”1年間”過ごしてきたリンドウはすでに彼らと、現実世界と同じように接している。現実よりも多少ラフに接しやすく、国の貴族など立場が上の人間以外は、敬語を使うという文化が薄かったり、世界の言語が1つに統一されていたりするためコミュニケーションに困ることはない。ただし文字は国によって変化することもある。ほとんど絶滅したような過去の言語を例外的に独自の言語として用いる種族もいる。


 日本で作られたジェネシスレコードをプレイする人は世界中におり、様々な国の人が同じ世界に降り立つ。

 母国語である日本語と、高校生までに学んだ拙い定型的な英語しか話すことのできないリンドウは相手の話す言語が、自分が一番理解している日本語へ変換されるシステムにとても感謝している。そのおかげかアメリカ国籍やイギリス国籍の友人ができたリンドウ。ジェネレコをプレイしていなければ出会わなかった人がいる。言葉の垣根を越えて友達を作ることもジェネレコの魅力の1つである。


 ジェネシスレコードを作り出した会社はこの言語システムを運用して、『ミーティング』というアプリケーションを出している。例えば国が違う会社同士で取引を行うような人々は『ミーティング』を使って仮想世界で通訳を必要としない取引を行うことができている。仮想世界に入らずとも通話アプリとして利用できるため、話す言語が違う友人と円滑にコミュニケーションを取れたり、ゲームを楽しんだりできる。利用者は多数存在した。

 そのせいで通訳の仕事が減ってしまうという問題も発生したが、このように技術の発展によって人の仕事がなくなるのは仕方がない部分もある。


「はいよ!串カツ1本!」

 タンクトップで白いタオルを首にかけた屋台の兄さんが元気のよい声で揚げたての串カツをリンドウに手渡す。

「ありがとう」

 列に並んで10分。リンドウは串カツを手に入れることができた。香ばしい匂いが漂う。

 リンドウは一瞬屋台の兄さんの手元に視線を向けた。彼の左手にはプレイヤーの指輪がはまっている。串カツ屋の彼はプレイヤーであった。


 プレイヤーは最初に冒険者ギルドへ行って冒険者登録をする。そしてエリアス王国やその周囲の土地の説明などがされる。それが終わればプレイヤーは自由である。冒険者としてクエストをこなして冒険者ランクを上げるのも、冒険者業は放置して料理や釣り、農業などをしてスローライフを送るのも、どこかへと旅に出るのも。プレイヤーは自由で何をやってもよい。

 ただしあまり低ランクのまま冒険者業を放置していると冒険者としての資格をはく奪されることもある。ゲームの遊び方によっては冒険者資格がなくても支障なく生活することができるが、あっても困るものでもない。


「ゲーム開始時に説明された通り本当に何でも……は言い過ぎだけど大抵のことはできるんだよな。楽しみ方が無限大って売り文句は伊達じゃない」

 リンドウは改めてジェネシスレコードというゲームのすばらしさを実感していた。


(ん?)

 リンドウの頭に”ピコン”と電子音が響く。これは他プレイヤーからDMダイレクトメッセージが届いたり、運営からメッセージが届いたりした場合に鳴る音である。

 リンドウはウィンドウを表示してフレンドチャットを確認する。フレンドとはゲーム内で気に入った人を登録する機能である。個人でチャットを送れるようになり、フレンドが今ゲームにログインしているかどうかや最新のログアウトタイミング、その他キャラクター情報を見ることができる。

 フレンドチャットは一番上に新規メッセージが届いているフレンドが表示される仕様となっているため、誰がメッセージを送ってきたのかを確認することは容易だ。


「キティからか?」

 リンドウはチャットの送り主を確認する。キティというフレンドからメッセージが届いていた。

 『エリアスにいるでしょ?だったら螺旋でいつものよろしく♡』

 文末にハートをつけてかわいらしさをアピールした文章が表示される。キティはジェネシスレコードを通して仲良くなったリンドウのフレンドだった。それなりに付き合いは長いが、リンドウが知っている中で最も自己中心的な人間であり、頼めばなんでもやってくれると思っている節がある。


「はぁ……」

 リンドウは頼み方のなっていないフレンドのメッセージを見てため息をついた。

 『自分で行ったらどうだ?』

 ……

 『えー、だって今ガニスだもん』

 ガニスというのはジェネレコにある国の1つで、エリアスからはかなり距離がある。文面からは、ガニスからエリアスまでは遠いので行きたくないという意思が伝わってくる。しかしリンドウはキティなら無理のない移動距離であることを知っている。

 『お前なら1日あればエリアスまで来られるだろ』

 『め・ん・ど・い♡』

 ……

 リンドウは一度チャットを無視することにした。


 『ごめんごめん!でもリンドウが一番早いじゃん』

(まあ確かに今ログインしていて一番お願いを聞ける状況にあるのは俺か……)

 リンドウはフレンド欄から一部のプレイヤーの状態を確認する。そしてキティの謝罪を受け入れて返信をする。

 『わかったよ……』

 『ありがとー♪』

 『じゃあ報酬は?』

 リンドウはキティのお願いを聞く対価として報酬を要求した。キティに借りがあるわけでもない。ただの善意で働く気はなかった。


 『ぼくの愛♡』

 『……』

 『ごめんよ……100万ネアでどう?』

 ”ネア”というのはジェネレコの世界でどこの国でも共通して使われる通貨である。貨幣価値としては、リンドウ含む日本人プレイヤーは10ネア=約1円と考えている。ただこの世界で死ぬことのないプレイヤーがお金を集めることはそれほど難しくない。

 リンドウは100万ネアで受けてもよいとも思ったが、相手がキティだからこそ別の報酬を期待した。

 『よりもアレがいい』

 ……

 ……


 『エリクサーM』

 『よし受けよう』

 リンドウはお金ではなくエリクサーMというアイテムの譲渡で交渉成立とした。

 エリクサーMは使用者のMPを最大MPまで回復するアイテムである。MPの回復量が使用者に依存するため戦士系のジョブやMPがまだ成長していない魔法職のプレイヤーが使うことは少ないが、最大MPの多い魔法職である魔導士のジョブを持つリンドウにとっては非常に有用なアイテムである。ちなみにHPを最大HPまで回復するアイテムにはエリクサーHという名前がついている。


 『僕がエリクサー生産できるからって吹っ掛けすぎじゃない?』

 『前回の迷惑料』

 『もー!あれは僕のせいじゃないのにー!』

 エリクサーは市場で数百万から数千万で取引されるようなアイテムであり、本来はこんなに簡単に受け渡しが成立するようなアイテムではないがキティに関しては別だった。


「よし、エリクサーあれば十分だろ。こんなに安く買いたたけることないしな」

 思いがけず在庫の少なくなってきたエリクサーMを手に入れる算段が付いたリンドウは満足顔でキティとのチャットを終えて街を歩きだす。

 世の中にはゲームで大切なアイテムの使用をためらいすぎて、結局アイテムを使わないままゲームクリアまで進んでしまうラストエリクサー症候群という言葉が存在するが、リンドウは割とアイテムは使ってなんぼと考えている人間だった。

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