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第91話




 確かにこちらの意向として、フォアヘッケル国を傘下に、という話である事はエルシィも理解している。

 だが相手は自国の王族で、何より数年ほど世話になった、いわゆる幼馴染の実家なのだ。エルシィ個人としては、上下関係を明確にするより、友好国という扱いで手を取り合う方が性に合っている。

 エルシィは顔を青くしながら、慌てて仲裁に入らざるを得なかった。


「ま、待ってメイイェンさま! そ、そこまではしなくても」

「あらママ、これは大事な話ですし、当然ではなくて? あたくし達は傘下に入れる代わりに、フォアヘッケルを守ると言っているんですもの。これは提案でもお願いでもなく、交渉ですのよ」


 すまし顔で言うメイイェンに、セオドアも同意するように何度か頷く。

 他の聖女達もあまり異論はなさそうで、幻想生物は、まぁ右ならえの聖女至上主義なので言わずもがな。

 ヨヒラは流石に状況の理解が追いつかず、エルシィとメイイェンの顔を交互に見つめている。


「……分かりました。ご随意にしましょう」


 折れないと理解したのか、マシューが顎を引いた。

 カロライナがあまり表情を変えないながらも、どこか寂しそうにエルシィを見つめる。

 その揺れた視線から、エルシィは思わず声を上げていた。


「ま、待ってください、殿下。あの、いいんです、変な場所に追いやられるとか、そうでなければ!」


 一斉に見つめられ、変な声が口から出そうになりつつ、肩をすくめて眉尻を下げる。

 目を丸くしたままのメイイェンが、徐々にムッとして唇を尖らせつつ、セオドアの腕にしがみついた。


「どうしてですの、ママ? 最初に言ったでございましょ? ここは立場の違いを──」

「ご、ごめんなさい。でも、そんな上に座っちゃったら、困るというか、…………ごめんなさい、()()()()()。ママのお願い、聞いて?」


 自分でもずるい言い方だと理解しつつ、エルシィは両手を合わせて必死に頼み込む。


 実は少し前より、この場にカロライナが同席している意図を考えていたのだ。このような話し合いなら普通、マシューだけで良いはずである。

 おそらく彼女がエルシィに会いたいと言う願いを、マシューが叶えてあげたかったに他ならないだろう。

 だから自分たちが王族より上座に行ってしまう話になり、彼女の表情は曇ったのだ。

 そんな場所にエルシィが行ってしまっては、今はまだ第一王子の婚約者という肩書きだけの公爵令嬢は、近寄ることができなくなってしまうから。


 頭を下げるエルシィに、メイイェンがポカンと口を開けた。

 そして一気に、音がするのではないかと思うほど赤面し、足元に魔法陣が現れて火柱が上がる。

 それは人体に影響はないものの、相変わらず温度調節を忘れていて、全員で悲鳴を上げて飛び退いた。


「ちょっとおバカ! 我を忘れてどうすんのよ!」


 苦笑いのフェイが咄嗟にメイイェンを抱きかかえ、軽く揺らして彼女の意識を引き戻す。

 メイイェンは両手で自身の頬を押さえ、素っ頓狂な声を上げた。


「ああママ! 当然ですわよ! なんでも言うこと聞きますわ!!」

「変わり身が早ぇ!」


 セオドアとトゥルバが同時にツッコんで、カロライナを抱きかかえたマシューが、呆けた顔でエルシィを見る。

 その顔は驚愕と同情が入り混じり、やや感心したようであった。


「……本当、君は面白いことになっているね、サックス嬢」

「…………恐れ入ります……」





 メイイェンが釘を刺した事もあり、小規模な歓迎パーティーは、こちらの意向を汲む形で開催された。

 セオドアとエルシィに用意された席は、マライカス王家よりやや上に位置する。家老たちから遠回しに苦言を呈す声が漏れたが、二人が入場するとそれも静まり返った。


 子供達を連れて大広間に入ったエルシィは、セオドアに抱き寄せられながら靴音を床に響かせる。

 誰もが振り返る美貌の二人だ。集まった人々の文句は、あっという間に喉の奥に仕舞い込まれ、皆が惚けた顔で眺めている。

 揃いの衣装で統一された夫婦は、誰が見ても仲睦まじく、エルシィを座らせたセオドアが指先にキスをすれば、令嬢たちから感嘆の息が溢れていた。


 エルシィは微笑みながらも、内心、顔を引き攣らせていた。

 パフォーマンスの一環と説明されたが、ド庶民のエルシィは正直に言って荷が重すぎる。

 国王の挨拶を終えて、こぞって挨拶に訪れた貴族をあしらうセオドアを横目に、心臓をバクバクさせながら、粗相がないことを祈るしかなかった。


 子供たちは常時二人、エルシィに寄り添っている。それ以外は幻想生物と共に、思い思い会場内を歩いているようだった。……と言うのも半分は建前で、不測の事態があった時に対処できるよう、目を光らせているのである。


 時折、ヨヒラとオルジオが食事を持ってきてくれ、セオドアが見て確かめてから、エルシィは食事ができるという状態だった。


「……こう言ってはなんだけれども」


 おおかたの来賓客と挨拶を終え、最後にやって来たマシューが、カロライナと共に苦笑する。


「過保護だねぇ……」

「そう思いますか、殿下? わたしもそう思います」

「でもマシュー? エルシィ姉様は綺麗だから、変な男が寄ってくるとも限らないわ」


 扇を優雅に開きながら声を顰めるカロライナに、マシューは乾いた笑みを浮かべながら、視線でセオドアを示す。

 彼は全く別の方向を見て対応していたに関わらず、すぐにマシューへ顔を向けて双眸を細めた。


「……いやぁ、あの男が隣にいる状態で、サックス嬢と歓談しようなど、無理難題じゃないかな……」


 現に今も、美しい女神と長く言葉を交わそうとした男貴族は、あえなくセオドアに割って入られ、すごすごと退散していく。

 

「まぁ本当に過保護ね。姉様、愛されてるわ」

「いやぁ、はは……」

「でも今はワタクシ達がいるもの。少しくらい目を瞑って頂きたいわ」


 カロライナがマシューに目配せし、彼も心得たと頷く。

 エルシィが目を見開くと、彼らは小声で、少し席を外せないかと問いかけてきた。


「実は、パーティーを開いて聖女に来てもらったのは、もう一つ意図があるんだ。この広間からしか見えない場所を、見てもらいたい」

「? わかりました。……トゥルバくん、ノッタくん」


 エルシィが声を掛ければ、二人は目を瞬かせて彼女に寄り添った。

 気がついたセオドアが大股で近寄り、エルシィは耳元に顔を寄せて囁く。


「少し出てきます」

「うん? 俺も行こうか」

「いえ、二人で離れると、子供たちが困るから。トゥルバくんとノッタくんと一緒に行ってきますね」

「まぁ、一人でないなら。気をつけてな奥さま」


 額へ口付けを受けとめ、さて、と改めて二人に顔を向ければ、カロライナがやや興奮気味に肩を震わせた。


「こんないじらしい姉様を見られるなんてやっぱりワタクシ役得だわもっとびっちりじっくり根掘り葉掘り聞きたいところだけど今は我慢するわね……!」

「なにを!?」


 

 

 

 


 

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