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第8話




 隣国リリンベル。

 交配によって生まれた、一年中花を咲かせるチューリップが特産品の、草花溢れる美しい国である。

 気候は温暖で寒冷期間が短く、観光産業も充実している為、旅行者や移住者が多いことで有名だ。

 隣国はすでに、聖女誕生が民草の間でも周知されているらしい。

 大通りに並ぶ屋台の至る所では、聖女に関した祝賀品が並べられていた。


 王城に招かれたエルシィは、セオドアの隣で、彼に隙間なく張り付く勢いで、ソファーに座っている。

 大変不本意極まりないのだが、異様な応接室の空気に耐えられないのだ。

 金細工の美しいテーブルを挟んだ向かい側にある、無駄に豪華で大きなソファーに、王族は誰も到着していない。

 それなのに室内の壁際には、鎧をまとった兵隊が、ずらりと並んで二人を取り囲んでいるのである。


 テーブルには美味しそうな紅茶や菓子類が鎮座し、目の保養だと喜ぶが、まったく手をつけられる雰囲気ではなかった。


「お嬢さん、()()()()()()()()()


 セオドアが水差しから、ガラスのコップに水を注ぎ入れる。

 両手で受け取り、乾き切った喉を潤すと、エルシィは極力小声で彼に耳打ちした。


「……他は怪しいんですか?」

「わからねぇな。だが、魔法が混入しているのは確かだ。お嬢さんの()に魔術式を書き込めば大丈夫だと思うが」

「嫌です変態」

「ふふふふ、ゾクゾクする」

「やめてくださいってば」


 軽い調子で会話を重ねているが、セオドアは絶えず周囲に気を配っているようだ。兵士が身じろぐと即座に視線を向け、それが余計に部屋の緊張感を圧迫している。

 だが彼の気遣いが分からないほど、エルシィも鈍感ではない。

 セオドアは、無言にならぬよう適切なタイミングで会話をふり、時々ふざけては奇異の眼差しからエルシィを遠ざけ、いやらしくない触れ方で彼女の手を優しく握ってくれた。

 手慣れているのがやや癇に障るが、エルシィは心細さに甘んじ、大人しく彼に身を寄せて守られている。


 そういえば、と。

 エルシィはガラスのコップをテーブルに戻し、自らの両手を見下ろした。


「あの、わたしの手に、何か書きました?」

「ん? 爺さんの家でか?」

「無限に桶に水が湧き出る術式だと思ってたんですけど、違うんですか? ……なんだか、水を飲んだ体が温かくて」


 腹の奥からじんわり温かく、全身の血行が良くなったように感じる。

 率直に伝えれば、彼は目を丸くして片手の指先で顎をさすった。


「お嬢さん、アイリス語が読めるのか?」

「え? どこの言葉ですか?」

『お嬢さん、アイリス語が分かるのか?』

『……お母さんの実家の言葉ですね』


 聞き慣れた言語に、同じ言語で返答する。

 セオドアは何故か閉口し、しかしすぐにテーブル上にあった紙ナプキンを取ると、水に濡らしてエルシィの両手を拭き始めた。


「えっなに?」

「魔術式というのは言語でな。人体に書いた場合、たとえ目視できなくとも、発動者が書かれた意味を理解していなければ、発動しない」

「はぁ」

「少数部族の言語で書いたから、絶対に発動しないだろうと思っていたが、まさか君が話せるほどの腕前とは知らなかったんだ……」

「……なにを書いたんですか?」

『食事をする度に少しずつ体の感度が高まっていく術式』

「ほんとバカえっち嫌い!!」


 美形の横っ面を思い切り引っ叩き、エルシィは距離を取って座り直した。セオドアは叩かれた頬を押さえつつ、目を回してソファーの肘置きに倒れ込む。

 周囲の兵士からすれば、謎の言語を挟みながら会話されているため、エルシィが顔を真っ赤にして叫んだ理由も分からない。

 困惑の眼差しを隠せず狼狽えたところで、豪華絢爛な扉が物々しく叩かれた。


 エルシィが姿勢を正すと、隣国リリンベルの王族五人が姿を見せる。

 皆一様に月光色の美しい髪を持ち、一目で親子と分かる出で立ちであった。

 立ち上がって平伏すれば、最後に入った国王が、声音を和らげて片手を上げる。


「良い良い。()()()殿、急な謁見の申し入れ誠に申し訳ない。聖女ルヴィナの導きで我が国に参られたそなたを、我が国は最大限もてなしたく思っているのだ」


 恰幅がいい、しかし厳かな雰囲気を讃える国王だ。

 エルシィは幼少期に習得した知識を引っ張り出し、精一杯の口上を述べ、許可を得てから顔を上げる。

 衣服は素朴なワンピースながらも、柔らかなオリーブの髪に、金と青のオッドアイを見せれば、国王は感嘆の息を吐いた。

 同じく朗らかな様子で微笑む女人が王妃だろう。その隣で真っ赤な顔をし硬直するのが、第二王子ジルヴェ。その隣で満足そうに胸を張る、第二王女ルヴィナ。

 そして反対側、国王の半歩後ろに控え、表情筋が壊死したように無表情で、じっとセオドアを見つめる男は誰だろうか。


 エルシィの視線に気がついたのか、国王が男を一瞥した。


「ジルヴェとは先ほど会ったと聞いた。こちらは我が息子であり、第三王子のナリッジだ」


 ナリッジと紹介を受けた青年は、片手を胸に当てて首を垂れる。


「…………ナリッジ・ベル・ピアノン。第三王子。……よろしく」


 細々と自己紹介する声は、中肉中背の見た目に反し野太い。

 ナリッジはやはりピクリとも笑わず、再びセオドアを見つめ続けていた。


「お母さま! どうぞお座りください。リリンベルでも美味しいと有名なお菓子を、各種取り揃えたのです」


 明るい声音でソファーを進めるルヴィナに、エルシィは曖昧に笑う。

 流石においそれと座れるほど、彼女の肝は据わっていない。国王と王妃が大きなソファーに座ったのを見届けてから、エルシィはセオドアの隣に腰を下ろした。

 ナリッジ以外、王族はセオドアを一瞥もしない。挨拶すら強要しない。

 まるで空気のような扱いだ。流石に心地よいものではなく、エルシィはそっとセオドアを盗み見る。


 セオドアは不遜な態度を隠さず、ソファーに座ったまま足を組んで、ふんぞり返ったままだ。

 それでも眼光は鋭く、先ほどよりも警戒を強めているのが伝わってくる。

 彼は嘆息混じりの息を吐き出し、エルシィを片腕に抱き寄せつつ、胡乱な表情で口を開いた。


「──それで? 肝心の聖女ルヴィナは、どこにいるんだ?」

 

 





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