第82話
聖女とセオドアの奮闘で一命を取り留めたエルシィは、二日ほど目を覚まさなかった。
その間、リリンベル国の王城では危険だとして、トーマスが整備するこの城に連れてきたのだという。
「ヨヒラね、がんばったの!」
「ありがとう、ヨヒラちゃん。ヨヒラちゃんのおかげよ」
「えへへ、いいこ?」
「もちろん。良い子ね」
膝の上ではしゃぐヨヒラに微笑み、エルシィはぎゅっと抱きしめて額に頬を擦り寄せる。
身体の水分量を調整し、起きた時に不調が出ないように。エルシィが意識を失っている間、ヨヒラは魔法を掛け続けてくれたのだという。
かなり神経をすり減らす魔法の使い方であった為、他聖女が変わるがわる回復魔法を施して、エルシィの目覚めを待っていたのだそうだ。
大きく丸いダイニングテーブルを囲んで、シテラが運んでくる料理を頂きながら、エルシィは眉尻を下げた。
「……ごめんなさい、みんな。迷惑をかけて……」
「ううん、そんなことないわ、ママ。ママがいなかったら、わたしたち、あの人に勝てなかった」
隣に座るルヴィナが首を振り、肩を落とす。
瓶に入った水をグラスに注いだシテラも、表情に険しさを滲ませて腰を折った。
「私の力が至らなかったばかりに、御母堂さまを危険に晒し、誠に申し訳ございません」
「えっ、待って、シテラさんは何も悪くないですよ! それより、お身体の調子は……?」
「ご心配には及びません。次こそは完膚なきまでに叩きのめします」
無表情だが瞳に殺意満々である。
「本当に大丈夫ですわ、ママ。フェイが回復に一役買いましたもの」
フェイが取り分けた野菜を咀嚼していたメイイェンが、僅かに含みを持った表情でシテラを一瞥した。視線を受けたルヴィナの侍女は、すまし顔でメイイェンのグラスにも水を注ぐ。
「そうなんですか?」
「うふ、そうなのよ。アタシのこと食べてもらっちゃったの、下のくぎゃっ」
にっこりと一重を細めるフェイが、一瞬とんでもないことを口走りそうになり、シテラが尻を蹴り上げた。
「痛いじゃない!!」
「痛くしたので当然ですが」
床に倒れるフェイを、ゴミを見るような目で見下ろすシテラの様子から、エルシィはそれ以上の追求を止めることにした。
なぜだか墓穴を掘りそうな予感がするのである。
エルシィは小さく咳払いをして、ふとテーブルを見渡した。
そういえばセオドアが一向にやって来ないが、彼はまだトーマスと言い争っているのだろうか。
流石にそろそろ顔が見たいと、扉に目を向けたエルシィに、対角線上で黙々と食事をしていたチェンノッタが視線を向けた。
見つめられていることに気がつき、エルシィは目を瞬かせて双眸を合わせる。
少年は何か言いたそうな、けれども迷うように口を開閉させ、ふいと顔を逸らして食事を再開した。
久しぶりにしっかり食事もし、エルシィは再びルーシェに座らされそうになって、慌てて辞退する。
「も、もう大丈夫ですよ」
「ダメです。御母堂は二日も寝込まれ、回復したばかりです」
「過保護だなぁルーシェ! 御母堂様が良いってなら良いんじゃねーか!?」
「煩いですよウィジャネクロイ」
「イッテェ! このアホが針で刺すな針で!!」
サボテンの一つにとまるウィズィに、彼女は大きく体躯を膨らませた。次いで、一斉に針が逆立ってオウムにブッ刺さる。
双方で喚き散らかす様子を微笑ましげに見ていると、エルシィは腕を引かれて、下方に目を向けた。
彼女と手を繋いだチェンノッタが、プラムグレイの瞳を微かに揺らして見上げてくる。
食事中から思ってはいたが、やはり何か言いたいことがあるようだ。エルシィは少年に微笑み、睨み合っている幻想生物に声をかける。
「ルーシェさん、ノッタくんがいるから、わたしは大丈夫です」
「しかし……」
「心配してくれて、ありがとうございます。でも、歩かないと鈍っちゃうわ」
柔らかく微笑めば、ルーシェは暫し惚けた様子でエルシィを見つめ、一つ目に被さる薄い目蓋を瞬かせてから、緩やかに黙礼した。
「御母堂のご随意に」
「……ありがとう」
チェンノッタの肩にウィズィがとまり直した事を確かめ、エルシィは歩き出す。
少年は口を噤んだまま、半歩前を歩いてエルシィを先導していった。
城の中をゆっくりと歩きながらも、会話はない。
エルシィがのんびりとした心地で周囲を見ていれば、チェンノッタが立ち止まった。
どうかしたのかと、彼の視線の先を追いかけ、小さく息をのむ。
色鮮やかな庭園があったであろう場所の奥。
古い建造物ながらも美しい装飾が施された四阿に、セオドアが寝息を立てていた。
「……ヨヒラは確かに、すごく、頑張ったよ」
足音を立てぬように近づき、チェンノッタが小声で呟く。
見下ろしたセオドアの様子は、先ほどまでの元気な姿からは想像できないほど、疲労困憊であった。
彼が無理をして振る舞っていたことが丸分かりで、エルシィは呼吸を震わせる。
「でも、ママ。その、……セオドアは、本当に、……命懸けだった」
「…………」
「お願い、ママ。……忘れないでほしんだ。……セオドアはママの為なら、死んだって良いって、……本気で、思ってるんだよ」
チェンノッタの双眸がエルシィを見上げる。
涙を溜めて訴える彼に、エルシィは唇を噛み締めて顎を引いた。
チェンノッタは怒っているのだ。
彼にとってセオドアは、師であり父である。おそらくどの聖女よりも、愛情と親しみを覚えている。
後先考えず走り出すエルシィに、彼は本気で怒りを感じているのだ。
「ねぇエルシィ、本当だよ。セオドアはあなたの為なら、今この時だって死ぬんだよ……!」




