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第81話




 次にエルシィが目を覚ました時、聖女たち全員に泣かれた。

 ついでに言うと幻想生物たちにも泣かれてしまい、エルシィは混乱を上回る申し訳なさに、暫く口を開けたまま何も発する事が出来なかった。


 見覚えのない天井と、広い室内。掃き出し窓の向こう、数メートル下には川が流れる。バルコニーに踏み出せば遠く街並みを一望でき、澄んだ空気が肺に取り込まれた。 

 エルシィを案内するルヴィナ曰く、この場所は秘匿されていて、ピアノン王家として存在は知っていたものの、実際に訪れた事はないのだという。


 隠れるようにそびえる、美しい古城。

 生死の境を彷徨ったエルシィが運び込まれたのは、この世で最も歴史ある城であった。

 


「旧王国時代の首領、ハープシコードは、もっとも財を成した一族とされているのです」


 すっかり体力も気力も回復していたのだが、がんとして譲らずエルシィを座らせ、ルーシェが廊下を進んでいく。

 石造りの壁には額縁が並び、さまざまな絵が飾ってある。花の絵や、静物画。家族の風景、肖像画など、それは多岐にわたっていた。

 しかしどれも素朴で温かみがあり、家族間で飾りあっているような愛おしさがあった。


「この城も、建造当時は黄金に輝いていた痕跡があります。それも夕暮れ時に一番映えるように計算され、もう今はありませんが、すぐ下にあった湖に反射するようになっていたのでしょう」

「……綺麗」

「そうですね。ハープシコードは悪しき者として、多くを没収されました。この城が残っているだけでも奇跡と……、……御母堂?」


 説明を続けるルーシェが、受け答えが微妙にずれていることに気がつき、一つ目を転がす。

 しかしエルシィは、ルヴィナが開けてくれた扉の向こう側に、すっかり目が釘付けになっていた。


 高い天井に吊るされた、色を溶かした複数のガラスが、天窓から太陽の光を写し込む。

 それは互いに響き合って虹色を作り、階段を登った先の王座の背後、美しい筆跡で石板に書かれた魔術式を照らしていた。

 調度品が並んでいたであろう台座には、今は何もない。しかし中央に嵌め込まれた宝石は、一才の曇りがなく、その質の高さを窺わせた。


 明るく美しい、けれども眩しくなく包み込む。


 エルシィがルヴィナと、駆け寄ってきたチェンノッタの手を取って立ち上がれば、王座にヨヒラを乗せて遊んでいたセオドアが、振り返った。

 その隣で白い髪の毛と、豊かな髭を蓄えた老人が、同じく振り返る。

 柔和な青と真紅のオッドアイを細めた表情は、トミー大司教と瓜二つであった。


「エルシィ!」


 セオドアが表情を輝かせて、階段を駆け降りてくる。

 彼はエルシィを両腕に抱き上げると、顔中にキスをして頬を擦り寄せた。

 実は目が覚めた時にも、顔どころか寝巻きから見えている皮膚全てにキスをされる勢いであったので、エルシィは物理的に部屋を木っ端微塵にしかけたばかりである。

 心身ともに回復したとはいえ、再び死にかけるなどただの馬鹿である。暫くは絶対にやめて欲しいと伝えていたのに、セオドアの理解が追いついていないらしい。


「ちょ、まっ、や、やだ旦那さまっ、やめてってば!」

「んんっちょっともう少し吸引させてくれすぅううっ」

「胸に顔埋めて吸わないでばかえっちきらい!!」


 真っ赤な顔でセオドアの額を叩き飛ばし、目を回した夫を、白い目をしたトゥルバが回収してから。

 エルシィは遅れて降りてきた老人に向き直った。


「わっはっは、こりゃ確かに運命の女神と言われても納得するほど、ど美人じゃのぉ」


 朗らかに笑う姿は、トミー大司教より少し柔らかい。

 老紳士は片手を胸に当て、エルシィの前で片膝をつくと、深々と頭を下げた。


「あえて言わせてもらおうかの。……お初にお目にかかります、我らが主よ。わしはトーマス。トーマス・ハープシコードと申します」

「……セオドアさまの、おじいさま、ですね」

「んふふ、こんな美人がいきなり孫になるとは、長生きするもんじゃ。具合はいかがかな? 少し脈を見ても?」


 少しふざけた、けれども穏やかな口調は、確かにセオドアに似ている。

 エルシィが安心しきって手首を差し出すと、トーマスは親指で触りつつ、ふんふんと何度か頷いた。


「うーむ、こりゃいかん」

「えっ、あ、あの、何か」

「お肌のみずみずしさが老ぼれには刺激的じゃのぉ。癖になりs」


 あまり聞き返してはいけないような単語が聞こえ、トーマスの顔面にセオドアの靴底がめり込んだ。


「俺の妻だって言ってんだろうが不埒な触り方してんじゃねぇよエロジジィ!!」

「ジジィを蹴る奴がいるか()()()()!! いつまでも囲い込んでさっさと既成事実を作らんお前など、隙だらけじゃと言うておるんじゃ!!」

「それが出来ないから試行錯誤してるっつってんだろうが!!」

「やかましい【自主規制】! 踏み込む勇気も持ち合わせとらん概念童貞がッ!!」

「テメェがそんなだから婆さんも最期まで怒ってたんだろーがよ、この【自主規制】【自主規制】【自主規制】!!」


 ポカンと口を開けたまま硬直するエルシィを他所に、二人は額を突き合わせて罵り合う。

 というかセオドアはここまで口が悪かっただろうか。いや、トミー大司教の親族なので、これはデフォルトなのかもしれない。


 王座からヨヒラを抱えて戻ってきたトゥルバが、やはり白い目で、そんな二人を見やる。


「ここへきてからも、ずっとこんな感じだ。全く話が進まん」

「本当。仲はいいんだろうけど、どっちかが余計な事を言うから、話が脱線していくんだよね」

「ねぇ、ママ? あの二人は置いておいて、あたくし達が状況を説明しますわ」

「うん。そうした方がいいかも。時間ばかり取られちゃって」

「まま、あのね、ヨヒラ、とってもがんばったの! パパはいいから、あっちいこ」


 聖女たちの散々な言い方に、エルシィはやはりポカンと口を開けたまま、ルーシェに再び座らされたのだった。



 

 

 


 


 

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