表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/151

第60話




 三ヶ月欲しいと、セオドアは指先で口元をなぞる。


「三ヶ月で、他の聖女の魔法が競合しないようにする」

「っ!? バカじゃないの、そんなのやってらんないよ!!」


 足の間で叫んだチェンノッタを、彼は珍しく睨み据えた。

 大きく肩を跳ねさせた少年は、それでも拳を握り締め、セオドアのオッドアイを睨み返す。


「あの子が魔法をコントロールできるようになるまで、このままでは相当な時間がかかる。何か大きなキッカケがなければ、ヨヒラお嬢さんはずっとあのままだ」

「そうかもだけど、でも」

「俺たちもここから出られず、幽閉状態で生活するわけにもいかねぇ」


 セオドアの言い分はエルシィも理解できた。

 オルジオが棺桶と表現した通り、転移魔法が使えない今、この国から出国するのは難しい。

 アマノテル国は島国だ。加えて周辺は複雑な海流区域だと言う。仮に船を調達できたとしても、海へ漕ぎ出すにはあまりに無鉄砲がすぎた。


 体を震わせ憤るチェンノッタに、セオドアは目尻を和らげ片手で頭を撫でる。


「それに言っただろ、チェンノッタ。命懸けで誰かを守るには、どんな手も使うべきだ」


 少年は唇を噛み締め、けれども堪えきれないように、手の平で自分の目蓋を何度も擦った。

 泣き出してしまった小さな体を抱きしめ、彼はゆっくりと背中を叩く。


「でも、でも、セオドア、……いやだ……」

「大丈夫だ。俺は天才なんだぜ?」

「知ってるよ! でも、あんな魔術式を三ヶ月も書き続けるんだよ、やだ、僕もやる」

「おいダメだ、言っただろ? 絶対に真似するなって」

「いやだ、おまえがやるなら、僕もやる!!」


 セオドアの首にしがみつくチェンノッタを宥め、困り果てた様子で彼は視線を迷わせた。


 エルシィは二人の様子を見つめながら、考えを巡らせる。

 どちらの心配も分かる上、例えばルヴィナだけ認識齟齬の魔法が使えるようにしたとしても、シテラの言う通り本屋敷には連れて行きたくない。聖女が増えたとなれば、余計にこの屋敷に閉じ込めようとするだろう。

 かと言ってヨヒラをあのままにしておくのも、どう考えても悪手だ。

 食事をし睡眠を取れるようになっても、ヨヒラが魔法を行使し続けることは、いずれ彼女の心臓を止めてしまう。


 ここに来たのはイザベルの立体魔法陣が、ヨヒラの雨を吹き飛ばしてきたからだ。

 幼子の魔法が競合できないほど強い力なら、少なくとも魔法は打ち破れる。


 エルシィは己の胸に片手を当てて、視線を下げた。


 この場でイザベルと同等の力があるのは、エルシィだけだ。

 だが自分ではこの力を扱うことができず、発動条件も極めて特殊で不安定である。

 メイイェンを救った時のように、セオドアと協力すれば可能かもしれないが、今回は規模が大きすぎる。


 頭を悩ませ小さく唸り、片手で額を抑えたエルシィは、ふと指先で髪飾りに触れた。


「……あの、上手くいく保証は全くできないけれど、わたしに少しだけ、考えがあるの」


 全員の視線がエルシィに向く。

 不思議そうな顔をする彼らに、顎を引いて頷いた。





 この国独自の衣装に身を包んだエルシィは、ヨヒラを抱いたオルジオと、オウム状態のウィズィ、そして人型になったシテラが背中に銃のルーシェを背負い、共に本屋敷の門を潜った。

 遠巻きに何事か囁き声が聞こえるが、部屋の御簾(みす)は下ろされているので、影だけが動いている。オルジオの案内で廊下を歩いていくが、出迎える人間もいなければ、すれ違う人間もいなかった。

 ヨヒラは不安そうに周囲を見渡し、しかしエルシィの姿が視界に入ると、微笑んで見上げてきた。


「もうすぐよ、ヨヒラちゃん。ちょっと我慢してね」

「うん。ヨヒラ、できぅよ」


 優しく頭を撫でてやれば、ヨヒラは嬉しそうに笑みを深める。

 同じく目尻に皺を寄せて笑うオルジオが、感慨深い様子でヨヒラに頬擦りした。


「いやはや、こうして屋敷を出られるようになるなど、思わなんだ」

「頑張りましたからね……!」


 エルシィが皆に、自分に時間をくれと宣言し、三ヶ月半。

 その間、全員が全力でヨヒラと遊び尽くしたのだ。


 家の中は他聖女も魔法が使えるので、出来ることから始め、徐々に庭に出て、外に連れ出していく。

 特に屋敷の庭園を魔改造し、トゥルバが砂の城を模した迷宮を作った時は、白熱したものである。組分けをして、先に頂上の部屋に到達した方が勝ちとすれば、盛り上がりは夜遅くまで続いたほどだった。


 それと並行し、幻想生物たちには積極的に、屋敷の外に繰り出してもらった。

 そこで見た国の様子を、出来るだけ表現豊かに、ヨヒラへ話して聞かせるよう頼んだのだ

 ヨヒラはあまり屋敷の外に出たがらない為、オルジオも外界の様子を話すことは控えていたという。

 しかしエルシィの指示に沿って、外が怖い場所だけではないことを繰り返し話せば、ヨヒラは次第に興味を持つようになっていった。


 雨は相変わらず降り続いているが、彼女の関心が他に向くに連れて、雨雲は光を滲ませていく。

 毎日、賑やかに楽しく過ごす日々が、ヨヒラに安寧と幸福を与えてくれることを、祈るばかりだった。



 そして今日、本屋敷に住まう帝から、直々に封書が届いた。

 あれだけ騒げば当然だが、本屋敷に別の人間を連れ込んでいるのは既に知れ渡っている。内容を簡潔に言えば、挨拶に来い、だった。

 難色を示す全員に、エルシィが幻想生物を連れてヨヒラと行ってくることを伝えると、それはもう笑ってしまうほどの大反対である。

 特にセオドアはエルシィを軟禁しそうな勢いで、思わず平手打ちしてしまったくらいだ。


 それでもエルシィは、自らが行かねばならない理由があった。

 

 立ち止まったオルジオに倣って足を止めると、ウィズィが軽く羽ばたいてエルシィの頬に擦り寄る。

 シテラとオルジオが御簾を持ち上げて彼女を通せば、そこには多くの兵士が厳戒態勢で片手剣を構えていた。

 ルーシェが威嚇するように形を組み替え、四方八方に銃口を向ける。動揺した兵士たちが小さく息を呑むが、エルシィは構わず一歩踏み出した。


 広い謁見の間には、目前を連なるように御簾が垂れ下がっている。

 その向こう側で数人の影があるが、どれも緊張を滲ませ、ピリピリとした空気が伝わってきた。

 

「……そなたが、あの紙に記された()()か。我々に何を要求するつもりで、このようなことを……!」


 年若い男の声がする。

 エルシィは背筋を正して顎を引き、大きく息を吸い込んだ。


「それはもちろん、聖女ヨヒラを迎えにきたのです。そう書いてはありませんでしたか、グェイドン帝国皇帝陛下からの手紙には」

 






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ