表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/151

第59話




 刹那、小ぶりになり始めた雨が、大粒の涙のように土砂降りとなる。

 縁側に座る三人の足が濡れるほどの勢いに、ルヴィナが驚いてヨヒラを正面から抱え直した。


「ど、どうしたの、ヨヒラ」

「いや、いやぁ、とめないで、とめちゃやだ、いやああっ」


 半狂乱で泣きじゃくる様子は、尋常ではない。彼女の鳴き声が響き渡るたびに、雨足はさらに強くなっていく。

 このままでは過呼吸になってしまうと、エルシィが慌てて抱えようとすれば、別の手が伸びてきてヨヒラを抱き上げた。

 目を細めてヨヒラを見下ろしたトゥルバが、己の顔の高さまで持ち上げ、額を重ねる。

 彼は泣き続ける幼子を揺すり、静かな声で言葉を投げかけた。


「……ヨヒラ、こっちを見ろ。……そう、できるな? ……そうだ、上手いぞ」


 視線を逸らさず見つめ続けるスカラベ色に、ヨヒラの慟哭が次第に収まっていく。

 そして何度かしゃくりあげた後、トゥルバの褐色の肌を両手で撫でた。

 彼はようやく落ち着いたヨヒラに笑いかけ、蒼白のルヴィナに目を向ける。少女は体を震わせながら、両手を胸の前で組んで俯いた。


「ご、ごめんなさい」

「いや、アンタは何もしていないだろう。……それに、今の原因はアンタじゃない」


 トゥルバは遊牧民族の代表として、小さな子供たちの面倒もよく見ていたという。ヨヒラは少し鼻を啜っているも、表情はすっかり穏やかになっていた。

 感心してエルシィが見ていると、ヨヒラが腕を伸ばすので預け渡される。消沈するルヴィナが、ヨヒラの小さな手を掴みつつ、外を指差した。


「雨が止むのは、嫌なの?」

「…………うん」

「そう……。ヨヒラが嫌なことは、したくないわ」

 

 彼女は眉を下げ暫く考えこんだ後、再度、いくらか雨粒が和らいだ庭園を見つめた。


「……雨が止んだら、何かあるのかしら……」


 エルシィも彼女に倣って、庭園を眺める。

 美しい光景だが物悲しく(うつろ)で、どこにも旅立つことを許さない、閉鎖的な空間だった。


 ルヴィナは両手でヨヒラの頬を撫で、エルシィを見上げる。


「ママ。わたし、屋敷の外に行きたい。ここにいちゃ、何が起こってるのか分からないわ」

「え? そ、そうですね……、オルジオさんが帰ってきたら、聞いてみましょうか」


 彼女は大きく頷くと、次いで居間でチェンノッタと魔術談義をする、セオドアに話しかけた。


「セオドアさま、わたしに屋敷を出ても魔法が持続するよう、魔術を施して頂くことはできますか?」

「うん?」

「だめだよルヴィナ、このヤローの神経がイかれる」

「でも……」

「だめだよ。いざとなったら、コイツが盾になってママを守ってもらわなくちゃ。こんなとこで潰してたら意味がない」

「おいクソガキ、それは心配してんのか? 貶してんのか?」


 ガンとして譲らないチェンノッタは、畳に胡座をかくセオドアの足に座っている。離れる用事がない時は、常にピッタリと張り付いているので、心配で堪らないのだろう。

 セオドアは少年にとって唯一、魔術に精通した理解者だ。これ以上、命を削るような行為は見過ごせなかった。


 眉を下げるルヴィナに、トゥルバが目を眇めて首を傾ける。


「外で何をしたいんだ」

「様子を探ってきたいの。わたしなら、別人に成りすませるから」

「別人?」


 ルヴィナ曰く、怪しまれないよう魔法で地元の人間を模写し、何が起こっているのか確かめたいのだという。

 確かに彼女の、存在認識に齟齬を与える魔法は精巧だ。屋敷の外で活動するにはもってこいだろう。完全に作用すれば、普通の人間は誰も異国の人間だと思わない。


 まだ小さなヨヒラでは、伝達能力も年相応で、言葉からの思考も難しい。屋敷を出て外界を見れば、分かる事も多いだろう。

 しかし彼女の提案は、硬い声音の一言で切って捨てられた。


「いけません、お嬢さま」

「シテラ!」


 オルジオと戻ってきたシテラが、険しい表情で首を左右に振る。


「ただいま戻りました。本屋敷の人間と接触してきましたが、クズの極み。あのような場所に、お嬢さまをお連れすることは出来ません」


 本気で怒りを露わにするシテラに、エルシィは戸惑って声をかけた。


「何があったんですか?」


 シテラは言葉を続けようとして、ヨヒラを一瞥し口を閉ざす。ぼんやりと疲れを滲ませる彼女に、聞かせる内容ではないのだろう。

 背後から近寄ってきたオルジオが、ヨヒラを抱き上げてエルシィに頭を下げた。


「吾輩が預かりましょうぞ。ああ、食料や日用品、生活必需品は、たんまり()()()()来ましたゆえ、ご心配召されるな」

「おじじ……ヨヒラ、このへん、とことこする」

「おお、ヨヒラ様。安心召されよ。眠ればすぐに良くなるでな、おじじと共にいようぞ」


 胸の辺りを片手で撫でるヨヒラに、背の低い老人は優しく言葉を交わしながら、ゆっくりと廊下を歩いていく。

 姿を見えなくなったところでシテラに視線を戻せば、彼女は珍しく長い息を吐いて、ルヴィナの隣に膝をついた。


「……なにがあったの、シテラ」


 白い顔色は怒気を孕んだまま、ルヴィナが気遣って従者の片手をとる。

 シテラは橙色の瞳を歪ませながら、主君と視線を交えた後、エルシィに改めて背筋を正す。


「先ほど、オルジオが言う、本屋敷に行ってまいりました」

「え、ええ」

「そこで、この屋敷がどのような経緯であるのか、耳にしてきたのです」


 本屋敷には、このアマノテル国を統べる帝が住んでいたという。

 ここよりも更に部屋数の多い、広大な敷地に構えられた住居は、多くの人間が行き交っていた。


 オルジオの権限で帝に直談判し、食材を確保できたところまでは良かったのだ。

 多少手荒なところはあったが、これでも二人で穏便に済ませたところである。

 しかし、御簾も上げず顔も見せない、辟易した様子で対応していた帝は最後、シテラとオルジオに聞いたのだという。


「……ヨヒラさまはいつ、死ぬのかと」

「…………え……」

「この屋敷は、霊廟だと言うのです。日照りが続いたこの国で、雨乞いの儀式を行い、ヨヒラさまを()()()()、天への供物にするはずだったのだと」


 誰もいない屋敷にたった一人残され、飢えと寂しさに誰かを求め続けたヨヒラ。

 彼女が聖女として覚醒し、雨が降り出したかと思えば、今度は決して降り止まぬ雨として国を濡らし続けている。

 

「だから今度こそ成功させて、水害を減らせと。……よりにもよって、我々の前で、聖女の死を願うなど……!!」


 シテラの憤りが空気を裂いて、心に突き刺さる。

 瞠目し呼吸を止めたエルシィと、傍で同じく絶句するルヴィナに、シテラは瞳を揺らして奥歯を噛み締めた。


 暫く、皆が無言で言葉を探していると、頬杖をついていたセオドアが、ゆっくりと口を開く。


「──なるほど、なら、掌握しようか」

「……え?」


 意味が分からず呆けた顔で聞き返せば、彼は無表情に近しい顔で双眸を細め、息を吸い込んだ。


 

 

 

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ