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第53話




 カロライナの安否が分からない状態で、マシューは連邦の意向に従うしかなかった。

 従順なフリをして彼女を探し回り、カロライナの安全を保証してくれるなら、エルシィを差し出すことも厭わない。


 マシューは愛する婚約者のためなら、なんだったできた。

 カロライナが腕の中にいない日々が、弾頭台へ向かう絶望のようにのしかかっても。悪しき事だと理解していて、心が折れて踏み躙られても。


 痛ましげに眉を寄せたセオドアが、二人を立たせて安全な場所へ誘導する。

 マシューに支えられたカロライナは、エルシィの顔を見ると、ホッと安堵の息を吐いて意識を失った。緊張の糸が途切れたマシューも、彼女を抱き締めたまま崩れ落ちてしまう。

 チューリップを模した異形の姿に戻っていたシテラが、蔓の中へ二人を受け止めて、互いの片手を重ね合わせる。

 二人は微かに笑って、体温を補うように身を寄せ合っていた。


 トゥルバが小さく息を吐き、おもむろに一歩踏み出した。

 気絶する王妃を揺さぶり起こし、片膝をついて顔を覗き込む。


「……久しぶりだな、お袋」

「トゥ、トゥルバ……! そ、そうね、そうだわ、ワタクシを助けにきてくれたのでしょう!?」


 動揺に視線を揺らしながら、王妃は統治王を突き飛ばし、トゥルバにしがみついた。


「ね、トゥルバ。ワタクシ、騙されていたのよ。違うのよ、ね、ワタクシはこの男に唆されて」

「……ああ」

「そうなのよ、トゥルバ。母と一緒に帰りましょう? ワタクシ、もうこんな場所にいたくないわ、集落の皆と一緒に暮らしたいの!!」


 しわがれた、それでも甲高い耳障りな声で、女は息子に訴える。

 だがトゥルバは王妃の腕を放し、緩慢な動作で立ち上がると、静まり返る瞳で母を見下ろした。


「……そうやってまた、親父の財産を食い潰していくのか」

「は……?」

「もう沢山だ。アンタが集落に戻っても、どこにも居場所なんてない。もう十分だろう。これ以上、なにを親父から取り上げる? もう十分、親父はアンタを愛したせいで、苦しんで死んでいった!!」


 薄い衣服の胸元を掴み上げて、トゥルバは憎悪を滾らせ声を上げる。

 短い悲鳴を溢した王妃の口に、ルーシェが銃口を押し込んで床に叩きつけた。

 鉄の塊が喉に触れ、もがき苦しむ女を見つめ、全ての殺意が顔面に向けられる。


「親父が殺された時、アンタ、笑ってたな? 楽しかったか? 愉快だったか? 自分を愛した男が死んでいく様が、そんなに人生の娯楽だったか?」

「あが……、あ、う」

「そうだろうな、俺も楽しいよ、お袋。やっと、やっとだ、…………やっとアンタを、この手で殺す大義名分が出来たんだ……!!」

「トゥルバくん!!」


 いけない、と、咄嗟にエルシィは走り寄った。

 しかしルーシェの銃の一部が向きを変え、エルシィの足元を射撃し、セオドアが背後から彼女を抱き寄せる。

 立ち上る硝煙に、腰を抜かしたエルシィを抱え、セオドアは怒りを顕わにした。


「おい、お前ら……!」

「邪魔しないでください。たとえハープシコードに殺されても、これは聖女の悲願です」


 カチカチと銃身が震えていた。ルーシェもセオドアに恐怖を感じているのだろう。

 それでも銃口を下さないのは、彼らがもう、戻れない場所にいることを表していた。

 止めなければと思うのに、強張った体が言う事を聞かず、セオドアにしがみついていることしか出来ない。


 口の開閉を繰り返すエルシィに、トゥルバが肩越しに振り返った。


「……エルシィ」


 それは穏やかな、夜の砂漠を思わせる声。


「心配するな。俺はアンタの聖女だ。…………お袋殿に恥じる生き方はしない」


 再度、ルーシェの銃が全て、女を標的に捉える。

 トゥルバは母の喉を塞ぐ銃身に触れると、指先を引き金にかけ、力を込めた。






 宮殿を奪還したリクの民は、大いなる祝杯に沸いていた。

 夜空は満天の星が煌めき、過去から現在に続く数多の栄光を約束している。


 大宴会に発展した様子を横目に見ながら、準備を終えたエルシィは、宮殿の外に足を踏み出した。

 一番乗りで支度を済ませたらしいトゥルバが、サボテンを模した姿になっているルーシェに座り、軽く片手を振って見せる。

 彼が背負っているのは、簡易リュック一つだ。エルシィは面食らいつつ、側に近寄る。


「トゥルバくん、随分軽装ね……。他に持っていくものはないの?」

「ない。必要なものは親父殿が買ってくれると」

「旦那さまは財布かしら……」


 くれると言うのだから、セオドアが提案したのだろう。

 遠い目をするエルシィに少し笑って、トゥルバがルーシェを軽く叩いた。



 

 トゥルバが銃口を母親に向け、引き金を引いた時。

 鳴り響いたのは空砲であった。

 鼓膜が破れるのではないかと言う轟音に、間近で晒された元統治王と王妃は、白目をむいて気絶したのである。

 唖然とするエルシィにトゥルバは、緩やかに形を組み替えていくルーシェを尻目に、息を吐き出す。


「家族間の殺人は、主神の教えに反する。それはこの女と同じ場所に堕ちると言うことだ。……そんなことになるなら、俺は迷わず自害する」

「……トゥルバくん」

「だが、それだけだ。母が生き続ける事を、俺は絶対に許さない」


 元通りの大きさに戻ったルーシェを背負い、トゥルバは母親を一瞥もすることなく踵を返した。

 メイイェンの時もそうだが、今、死を選ばせないだけなのだろう。

 靴音を響かせながら歩いていく背中は、エルシィでは到底知り得ない感情を抱えているような気がして、どうしようもなく悲しかった。


 

 宮殿を完全に制圧した遊牧民族たちは、トゥルバが時期王になる事を望んだ。

 しかし彼はこれを辞退し、エルシィたちに着いていく事を選んだのだ。


「……本当に良かったの?」

「もちろんだ。俺は人の上に立つには向いてない」

「そんなことは」

「いや。……誰かを導いていくのに、度胸も器量も足りない。……なぁお袋殿。アンタの傍にいれば、その高みにいけるんだ」


 膝に肘を乗せて頬杖を吐き、歯を見せ笑う相貌は、憑き物が落ちたように爽快だ。

 彼が選び望んだ事なら、エルシィもそれ以上は食い下がらない。

 目蓋を閉じていたルーシェが、大きく体躯を膨らませながら、緩やかに開眼する。


「聖女トゥルバは頑固です。でもそういう所が、良いところなのです」

「褒めてんのかそれは」

「当然の賛辞です」

「そーかよ。お前も恋人にかっこいいところ見せられて良かったな」

「………………誰のことでしょう?」


 半目で睨みあげた薄紅の瞳に、トゥルバが意地の悪い顔で口角を上げた。


「すまん、違ったか」

「違います。ウィジャネクロイは現状、古き良き友人です。未来への不確定要素はありません」

「そうかよ。男を見せたアイツが居た堪れねーな」

「お、……、…………」

「痛っ!?」


 鋭い針がトゥルバの尻を着いて、彼は思わず地面に転がり落ちた。

 双方のやり取りを微笑ましく眺めていたエルシィは、慌てて彼を助け起こす。

 振り返った先でルーシェは、更に大きく体躯を膨らませ、頭上に伸びるサボテンから次々と赤い花を開花させた。軽快な破裂音と共に糸が噴き上げ、ぽいんぽいん、と地面を跳ねる。


「あの場面で力を誇示するのは聖女トゥルバを鼓舞する上で当然のことですし彼ならあれくらいできて当然ですしあんなの男をみせた内に入りませんしいっぱいかっこよかったです」

「……そりゃよかったな」


 呆れた調子でトゥルバが立ち上がれば、チェンノッタを連れたルヴィナがやってくる。

 シテラの肩に止まっていたオウムが飛び立つと、ルーシェはピャッと慌ててトゥルバの後ろに身を隠した。

 最後にセオドアがやってきたところで、ルヴィナが皆に手を繋ぐよう促す。


 マシューと傷ついたカロライナは、エルシイの両親と一緒に、一足早く国へ帰っていた。

 エルシィ一行も帰り支度を済ませて、これから空間転移魔法で祖国に帰国する。

 予想外に長い旅路になってしまい、そろそろきちんと自宅に戻って、安心して眠りたいものだった。


 呪文を呟き始めたルヴィナの足元に、淡い幾何学模様の魔法陣が浮かび上がる。

 微睡む意識に身を任せながら上向くと、エルシィはふと、目を瞬かせた。



「……え?」



 星空を覆う、半透明の春の花。

 それは残酷なほど単純な生命の息吹で、引き込まれるような美しさと光彩を放つ。

 メイイェンから引き剥がしたものなど、対比にもならない負荷に、ルヴィナの魔法陣が耐えきれず崩壊した。


「エルシィ!!」


 網膜の向こう側で、セオドアの顔が浮かんでは消える。

 そのまま意識は吸い寄せられて、何も見えなくなっていった。






















 ──ねぇ、エルシィ。譌ゥく縺阪∴縺ヲ?



















 

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