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第4話




 セオドア・ハープシコードは、大司教トミーがクソジジィと呼ぶ、双子の兄の孫である。

 瞳にかかる長い前髪に、やや癖のある毛先。艶のある黒は上質な革製品のようだ。黙っていれば静謐な紫の瞳は、どこか人を平伏させる魅力を感じさせる。

 エルシィは何十にも巻かれた毛布に包まり、暖かな珈琲に舌鼓を打ちながら、目の前に座るセオドアを盗み見た。

 巷で確実に噂になると言っても過言ではない、美形。

 その美形がソファーに座るエルシィの前で膝をつき、オリーブ色の髪を甲斐甲斐しくとかしてくれていた。


 気を失ったエルシィを小屋に運んだトミーが、魔法で体力を回復させてくれ、無事に目を覚ましたものの。

 凄まじい倦怠感と寒気が彼女を襲い、とてもでないが話せる状況ではなかったのだ。

 尻を蹴られて起こされたセオドアが、小屋の物置から使っていない毛布や掛布を引っ張り出し、季節柄使用していなかった暖炉に薪をくべ、暖かく美味しい珈琲を淹れてくれたことで、ようやくひと心地ついたのである。


 トミー曰く、エルシィが発動した立体魔法陣は、発動者の生命力を奪って開花するのだという。

 もしあのまま何もせず意識を手放してしまっていたら、エルシィの体は最後、大輪の開花をもって、完全に根絶やしにされていたらしい。

 笑えない冗談だ。今も肌に皺が寄って、乾燥して居心地が悪い。

 だいたいエルシィは、魔法も魔術もてんでダメな人間である。何が何やら、一から十まで説明を求めたかった。


「いやぁ、さすが立体魔法陣。間一髪だったなぁ。だがなお嬢さん。君の生命力も素晴らしい。こうして愛でればすぐに艶を取り戻すぞ」

「はぁ……」

「困惑した顔も可愛(かんわい)いなぁ。ああ、唇に水分が足りない。キスしていいか」

「はぁ……って、ちょっと、だめ! やだ!」

「そう言わずに。責任とるから結婚しよ」

「しませぇえええんっ!!」


 先ほどからエルシィを揶揄っているのか、それとも本気なのか、判断のつかない様相で迫ってくるセオドアを、エルシィは再度叩き飛ばす。

 その様子を生ぬるい眼差しで見ていたトミーは、飲み干したデミタスカップをテーブルに置いて、さて、と一呼吸、前置きした。


「お嬢さんがここに来た理由は、聖女の関連じゃな?」

「え? ど、どうして」

「お主の連れが、ワシの結界を壊さんばかりに悪戯しておる。隣国で聖女が誕生したというのも、小耳に挟んだからのぉ。お嬢さんに接触する頃合いかと思ったんじゃて」

「……大司教は……わたしが何か、知っていたのですか?」


 エルシィがルヴィナから受けた説明を繰り返せば、セオドアが片方の眉を吊り上げる。

 トミーは片手で顎髭をさすると、エルシィを見つめつつ、紫の瞳をついと細めた。


「ふむ。確かにお主は聖女ではなかった。じゃが、お主は聖女ルヴィナのいう通り、全ての魔法、魔術の根源を司る。生きる母体樹(ぼたいじゅ)じゃ」

「ぼ、たいじゅ?」

「左様。菩提樹というのは、聞き取った言葉の誤りじゃの。正確には母体樹。常世と現世を繋ぐ存在。幻想生物の憑代になり、全てを掌握する聖女に、唯一、力を与える存在じゃ」


 聖女は神の代行者だ。

 聖女の力は神の力、と言われるほど強力である。そこに力を供給する存在など必要なのだろうか。

 エルシィは生物学上は人間だが、その体に苗を宿しているのだという。(きた)る厄災の時、その苗を大輪に開花させて、世界の平和を維持するための存在なのだ。


 話が飛躍しすぎて、脳内は理解を拒んでいるが、そういう存在なのだと割り切るしかない。そう言ってトミーは肩をすくませる。


「じゃあ、この胸元の痣にも、本当は意味が……?」

「いや、それはほんにただの痣じゃて」

「ただの痣」

「なに? お嬢さん、痣があるのか? どれ?」

「やだばかえっち触らないで嫌いっ!!」


 調子良く胸元を覗き込もうとするセオドアを張り飛ばし、エルシィは毛布類を外すと、気まずそうに視線を逸らすトミーを睨め付ける。

 そんな自身の一大事、一番知っておかねばならない当事者が蚊帳の外など、あんまりではないか。乙女の青春前半時代を棒に振った聖女騒動を超える、由々しき事態に他ならない。


 結局自分は今後、身の振り方をどうすれば良いのか。

 ルヴィナに従い、行動を共にした方が良いのかと問い掛ければ、大司教は溜め息を吐き出した。


「ワシとてお嬢さんの事は、安全に囲っておきたかったんじゃよ。……じゃが、聖女が誕生したという事は、確かに厄災が近づいている、という事でもある。厄災に対抗するには、聖女だけでは力不足じゃ。従った方が無難よの」

「……他の聖女のママになる役目を果たせと言われました」

「聖女のママ?」


 トミーとセオドアの声が重なる。

 そういえばこの話はしていなかったと、聖女との会話をかいつまんで説明すれば、二人は同時に吹き出した。


「わっはっはっは! こりゃ傑作じゃ。聖女のママか、言い得て妙よのぉ」

「お嬢さん。聖女はいつの時代も、最大で五人誕生するというぜ。今回は何人か知らないが」

「未婚で処女の十六歳で、五児の母になるってこと?」

「俺と結婚すれば、既婚で非処女な十七歳で六児の母だn」


 最後まで言い終わる前にトミーの魔法で吹き飛ばされ、顔面から天井に刺さったセオドアの揺れる尻を横目に。

 エルシィは蒼白な顔面を両手で挟み、掠れた悲鳴をあげて白目をむいた。


「嘘だと言って、聖女さま……!!」

 

  

 

 

 


 

 

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