第44話
あまり食欲はなかったが、炊き出しを頂いてから、エルシィはローブを羽織った。
滑らかな生地で仕立ても良く、風も通すので感心していると、トゥルバがラクダを連れてやってくる。
記憶にあるラクダより一回り大きく、四つ足もコブも筋肉質で逞しい。
育成の違いだろうかと見ていれば、側にいるルジーが、ふんす、と大きく膨らんだ。
「聖女トゥルバの魔法で強化してあるのです。ハンサムでしょう」
垂れ目で口を動かすラクダの顔は、前髪に似た毛が下がっていて、確かにハンサムと言えなくもない。
エルシィが近寄ると、同じくローブを見に纏ったトゥルバが、鎧に片足をかけて飛び乗った。
差し出された片手をとり、ルジーの手伝いでエルシィも彼の前に腰を据える。
乗馬経験もないが初めて乗ったラクダは暖かく、優しく皮膚を撫でると、おっとりとした目がこちらを振り返った。
サボテンを模した異形の体躯が組み変わり、光沢がある大きな銃の形に変化する。
トゥルバは軽々とルジーを背負うと、エルシィの口元に触れ、ローブの前を引き上げた。
『集落の外は、俺の結界を巡らせてある。そこを移動しながら、アンタをどこか連邦の一番近い場所に連れて行く』
『ラッカヌーン国ではなく?』
『ラッカヌーン? あそこはここから一番遠い。……もしかして、そんな場所から来たのか?』
エルシィの質問を予想外だと言わんばかりに驚いたのは、エルシィ自身も同じであった。
遊牧民族の根城は、ラッカヌーン国よりかなり南方にあるらしい。
しばし考え込んでいたトゥルバは、準備を終えた仲間に何事か声をかけた。
同じような装束を身に纏った屈強な戦士たちは、トゥルバに頷いてから方々に散り、それぞれエルシィと似た背丈の女性たちを連れてくる。
何事かと見ていれば、女たちもトゥルバに声をかけて力強く頷いた。
彼らはそれぞれ二人一組でラクダに跨がり、トゥルバが乗るラクダの足元に魔法陣が展開する。
二重丸のみが描かれた、簡素な魔法陣だ。
しかしその円は一切の乱れがない美しさで、エルシィは自分を砂漠に捨ておいた魔法使いとの違いに、呆気にとられた。
あの時も感じたが、聖女の魔法陣はとても美しいのだ。ただの二重丸であっても、厳かな静寂と気品を感じさせる。
セオドアが以前、魔法は視覚に依存していると言っていたが、確かに目を引くものがあった。
「“アルサラブ・イーラ・イェイブド・ルアム“」
小さく呪文を呟いた側から、戦士と、抱えられた女たちの様子が、トゥルバとエルシィに酷似し始める。
良く見ると別人だと分かるが、遠目ではどれが本物だか見分けがつかないだろう。
彼らは合図しあい、片手をあげてラクダを走らせた。
『エルシィ。アンタ、誰に襲われた?』
同じく手綱を操ってラクダを動かし始めたトゥルバに、エルシィは眉を寄せる。
かいつまんで自身の状況を伝えると、彼は剣呑に三白眼を細めて、小さく舌打ちした。
『……なるほど。……おそらく連邦側が姑息な手段を用いて、俺たちの集落がある、おおよその場所を知ったんだろう。その周辺にアンタを捨て、アンタを探すふりをして、場所を特定しようとしている』
『どうしてそんなことを?』
『俺たちリクの民と、現王が戦争してるからだ。……アンタが捕まれば、俺たちの命はない』
予想以上に深刻な事態に、エルシィは訳が分からずトゥルバを肩越しに振り返る。
彼のスカラベの瞳はただ、真っ直ぐに砂漠の向こうを見つめていた。
『だからさっき、撹乱するように魔法を施した。だが、所詮は時間稼ぎだ。アンタの側には、この世で最も強い魔術師がいるから』
『そ、んな……だ、大丈夫よ、旦那さまは、話せば分かってくれる人だもの』
『今の俺たちは、完全にアンタを攫った悪党だ。俺が砂を操る魔法を最も得意としていることが、仇になっている』
エルシィを攫い砂漠に捨てた女も、砂を操っていた。
魔法を行使している最中なら問題ないが、セオドアたちが見ているのは、あくまで事が終わった後の現場である。
いくら彼に力があり、瞳に魔術式を書き込んでいても、魔法を使用した痕跡の違いまで見分けることは難しいという。
つまり連邦側が、砂を操る魔法使いの存在を秘匿してしまえば、全ての悪行がトゥルバに押し寄せてくる事と同義だった。
そうか、とエルシィは愕然とする。
だからあの時、おそらくマシュー第一王子と結託していたはずの賊が、容赦なく王子を押さえつけたのか。
そうすることでセオドアたちの目には、事実が捻じ曲がって映るから。
『安心しろ。俺は家族を見捨てない。集落にいるみんなも、俺の作戦に強力してくれた戦士たちも、エルシィのことも』
『……』
『その為に俺は、ルジーから力を授かったんだ』
黙って彼の背後に背負われていたルジーが、音を立てて部品を組み換え始めた。
同時にトゥルバが手綱を引いてラクダを止め、褐色の肌を目に見えて青ざめさせながら、大きく双眸を見開く。
『トゥルバくん?』
「××……」
「聖女トゥルバ、走ってください!! ここはもう、結界を書き換えられている!!」
母国語で何か呟いた彼の言葉に、巨大な銃火器に姿を変えて、目標に向かって砲撃を始めたルジーの叫び声が重なった。
方向転換したトゥルバは、片腕にエルシィの体を抱きしめて、鎧を蹴ってラクダを急かす。
『インクの匂いだ、エルシィ! 親父殿がすぐ側まで来てる!!』




