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第41話





 場の空気を読んで、ごゆっくりと退出していった統治王夫妻に感謝しつつ。

 エルシィは頭痛がする頭を片手で押さえつつ、皆に両親を紹介した。

 

「まぁ先ほどは失礼しました。エルシィがお世話になってます。この子の母です」

「………………父です」


 頬に片手を添え満面の笑みを浮かべる母と、母の隣でエルシィの頭を撫でる無表情の父。そして間に挟まれる子のエルシィ。

 ルヴィナとチェンノッタが、呆気に取られた様子で親子三人を見つめた。


「……すごいわ、ノッタ。わたし、世の中にこんなにきれいな人が三人もいるなんて、知らなかった」

「うん」


 惚けた調子の二人は、口を半開きにしている。

 その後ろで肩にウィズィを乗せたシテラが、同じく感嘆の息を吐き出した。


「お上手ねぇ、おばさん嬉しいわ。でも、わたしたちのことより先に紹介して欲しいわ、エルシィ」

「え?」

「彼、でしょう? あなたの旦那さまは」


 母のココア色の瞳が、緩やかにセオドアに向く。 

 彼は大きく肩を跳ねさせると、体の横で拳を握りしめ、顎を引いた。

 緊張を滲ませる表情は真剣で、思わず当てられ顔が熱くなりつつ、エルシィは軽く咳払いをする。


「う、うん、色々事情があって。……セオドア・ハープシコードさまよ」

「お初にお目にかかります」


 格式ばった様子で片手を胸に当て、深く頭を下げる様はどこかの貴族のようだ。

 母はセオドアを上から下まで眺めると、パチンと両手を合わせて声音を弾ませる。


「まぁまぁ、いい男を捕まえたわねぇエルシィ。さすがお母さんの娘だわ」

「う……いや、えーと……あはは……」

「急に結婚するだなんて言うから驚いたけれど、エルシィを大事にしてくれそうで、お母さん安心。ねぇお父さん?」

「…………」


 しきりにエルシィの頭を撫で回していた父の片手が、ゆっくりと止まった。

 父はおもむろに足を踏み出し、セオドアの前にくると、オッドアイを細めて彼を見下ろす。


 大工の棟梁らしい筋骨隆々な体と、彫刻のようだと褒められる顔面は圧が強い。その長身はセオドアより頭一つ分ほど高く、セオドアが息をのんでたじろぎ眉尻を下げた。

 しばらく見つめていた父は、エルシィを振り返った後、再びセオドアを一瞥する。


「……娘を愛したのですか」

「っ……!」


 どこか不自然な父の言葉に、セオドアの顔色が一気に無くなった。

 彼は視線を彷徨わせ、口を開いては閉じてを繰り返す。しかし両手で覆い隠すと、真っ青な顔でエルシィに目を向けた。

 どうして、と声をかけようとした刹那、セオドアの瞳が寂しげに揺れる。

 それはまるで懺悔の前に似た、抱える感情を罰だと知るような、そんな顔だった。


 そして何度か深呼吸を繰り返し、彼は相変わらず色のない顔で父を見上げる。


「……いいえ。言葉など無意味なほど」


 無表情を貫いていた父の顔が、歪んだ。

 エルシィにはそれがどんな感情かまでは分からず、言葉を失って父の腕に縋る。

  

「…………そうですか。……エルシィ、少し席を外す。お母さん、よろしく頼む」

「え? お父さん?」

「まぁ……分かったわ。義理の息子との対話ね、無粋なことはしないわ」


 片手を振って和やかに見送る母と対照的に、父の表情は硬い。それは着いて来るよう促されたセオドアも同様で、彼は再びエルシィを見ると、何も言わずに踵を返した。

 困惑を隠せず、ルヴィナやチェンノッタと顔を見合わせるエルシィを他所に、母が食事を囲むよう声をかける。


「美味しいのよ、ここのご飯。レシピを覚えたいわぁ」

「お母さん……」

「それにしても、本当にあなたがここに来るとは思わなかったわ。あの男の子の話通りね」


 母はついたてを移動させ、ベールも下げて周囲を囲ってしまうと、取り皿に料理を分け始める。

 それを手伝いながらエルシィは、不可解な単語に眉を寄せた。


「男の子?」

「そうよ。わたし達がこの国にくれば、絶対に後を追ってやってくると、その子は言ったの」

「……どういうこと? 家の敵討ちに来たんじゃないの?」

「そうねぇ、それはあるけれど……。でも一番は、先回りしてあなたを連れ戻しに来たのよ、エルシィ」


 肉を薄切りにした料理に野菜を添え、チェンノッタに皿を手渡した母が目を細める。


「連れもどすって……」

「あなたがどんな存在か、その子に聞いたわ。……ねぇエルシィ、わたしたちの大事な子。あなたがそれほど頑張る必要はないと思うの」


 母の瞳は穏やかで優しく、米を炒めた料理を皿に載せルヴィナに差し出す様子も、普段と変わりはない。

 それでも投げかけられる言葉は、エルシィの心を騒がせるのに十分なものだった。

 母はカトラリーを置くと、改めて娘を視界に映す。


「離れがたいなら、この子たちも家に来たらいいわ。……ね? 一緒に帰りましょう、エルシィ」


 微笑む母に、エルシィはぎこちなく頷く。

 言われずともエルシィは、成り行きで各国を回っていただけにすぎない。ルヴィナとチェンノッタを連れて行けるなら、何も不満はなかった。


「……それじゃあ、旦那さまに、言って……」

「ええそうね。……お父さんが認めれば、だけれど」

「え……?」


 母の方こそ、さまざま理由をつけて力量を試そうとするかと思ったが、問題は父にあるらしい。

 娘に対する父親とはそういう物かと納得もするが、どうにも反応の歯切れが悪かった。

 母は眉を下げて愛娘の頬を撫で、彼女の片手に、自らの手の平を重ねる。


「……ごめんなさいね、エルシィ。お母さんは反対じゃないの。むしろ、彼は誠実にあなたを愛してくれそうだわ。……でも、お父さんはまだ、気持ちの整理がつかないの」

「それは、……ええと、わたしが娘だから?」

「…………いいえ。彼がハープシコードの人間だからよ」


 目を見開いたエルシィの目前で、母が困ったように笑った。


「お父さんもね、本当は、セオドアさまがエルシィを愛してくれるって、分かってるわ。でも……あなたに関わってほしくなかったの。…………お父さんは、お母さんと生まれてくる子供のために、姓を捨てて生き延びた人だから」


 

 


 

 


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