第40話
王家の家紋が入った車を引くラクダが、悠々と城門を抜けていく。
カーテンをそっと開いて見上げた空は、照りつける暑い日差しを遮らない、雲ひとつない青が広がっていた。
「水飲むか、奥さま」
「……いいえ、大丈夫です、旦那さま」
向かい側に座るセオドアに微笑んで、隣で寝息を立てているルヴィナの前髪を軽く払う。
彼も膝に乗せたチェンノッタに水を飲ませつつ、頬杖を付いて窓の外を見た。
薄い風を通す生地を、様々な装飾品で彩った人々が、大通りを歩いている。
陽光に反射する金色が美しく、砂塵に紛れても尚、鮮やかな色合いが目を引いた。
大きなテントを張って作られた日陰には、所狭しと商品が並び、果物や野菜、必要品から武装用品まで買い求める人々で賑わっている。
狭い道の中、人々の活気を横切っていくラクダたちを、袋を持った子供たちが追いかけていた。
興味深げに目を瞬かせたチェンノッタの肩で、同じく感嘆符をこぼしていたウィズィが目を丸くする。
「ほぉおはぁあ。俺様南国ってのはもっと海と太陽と美人なネーチャンって気持ちだったぜ!! 人間の世界にはいろんな場所があるんだなぁ御尊父!!」
「偏見がすぎねぇか!? と言うよりここはそういう南国ってわけじゃない」
「セオドア、みんなこっちを見てるよ。なんで?」
「他国の王族が珍しいんだろう。……全部が全部、歓迎って雰囲気じゃねぇな」
セオドアの目が、絶えず外の様子を窺っている。
ルヴィナが体力温存の為に眠り、チェンノッタが常時魔法陣を展開して、緩やかに影が追いかけてきている。
シテラは車内におらず、チューリップの装飾品に扮して、天井の外側に絡みつき周囲を睨んでいた。
砂漠を囲む十五の小国からなる、ラバタール連邦。
マシュー第一王子の手助けを借り、一行はエルシィの両親に会うべく、連邦の一国ラッカヌーンに足を踏み入れていた。
ラッカヌーン国は連邦の中でも特に発展した国で、統治王も中央区に宮殿を構えている。
遊牧民族との小競り合いが激化している現在、正統な身分証がなければ入国ができないらしく、マシューが内々で手を回してくれたのだ。
転移魔法で証書のないまま移動してしまうと、それだけで重罪となり、投獄されてしまう可能性も少なくないという。
エルシィは第一王子の厚意をありがたく受け取り、こうして固唾を飲んで車に揺られているのだった。
だが少々、……どころではない問題が、ひとつ。
ラクダが進行を止める。
再度外を見れば、まばゆい白に輝く宮殿の前で止まっていた。
兵士たちが忙しなく行き交うのを見ていれば、声をかけられた後に、扉がゆっくりと開く。
「お疲れ様、皆さん。……サックス嬢、足元に気をつけて」
穏やかな笑顔のマシューが、なんの抵抗もなく手を差し出しているのである。
エルシィはにっこりと笑い、高速で片手を振動させてルヴィナを起こした。少女は目を擦りエルシィを見上げ、次いで第一王子の存在に気がついて、頬を赤らめる。
「も、申し訳ございません、殿下」
「いいや、疲れただろう。王との謁見が終わったら、部屋を用意してもらえるよ」
「ルヴィナさま、気をつけて降りてくださいね」
上手く誘導してマシューにルヴィナをエスコートしてもらい、エルシィは表情に笑みの形を作ったまま、セオドアの横を見る。
向かい側から第一王子に向かって飛んでいる、凄まじい殺気に胃腸が悲鳴を上げ、とてもでないが顔が見られなかった。
「さ、さぁ、旦那さまも行きましょう」
「信じらんねぇ、旦那さまの前で奥さまに手を差し出すか普通……!?」
「あはははぁソーデスネー」
車を手配してもらえたのはいいが、なんとマシュー第一王子まで着いてきてしまったのである。
外部的な要因を除けば、入国には王家の馬車が一番安全だったのは確かだ。その為には王族の誰かが同行しなければならず、第一王子が名乗り出てくれたことは有り難い。
申し訳なさで地面にめり込むほど頭を下げた。しかしマシューはのほほんと、エルシィに耳打ちしたのである。
『君は昔から、おもしろ要因で飽きないからね。カティの手土産話をたくさん用意しておくれ』
マシューの婚約者カロライナは、色恋の話が三度の飯より大好物であった。
そんなカロライナが喜ぶ為なら、マシューは海を越え山を越え、宇宙一行動的な男である。
と言うわけでマシュー第一王子は、嬉々としてセオドアの反応を楽しみ始めてしまったのであった。
王族ってどうして皆こんななの、と平民エルシィは菩薩顔で対応するしかないのである。
第一王子が連れてきたエルシィたちのことは、瞬く間に宮殿中に知れ渡ったようだ。
彼女が聖女の力を増幅させることは、多少の差はあれど各国に周知されているようで、大歓迎ムードである。
謁見した統治王も終始笑みを絶やさず、水流の美しい庭園が隣接された、とりわけ豪華な客間を用意された。
連邦全体の総意ではないらしいが、少なくともラッカヌーン国では、旧王国時代の話はそれほど重要視していないという。
セオドアに対しても友好的で、むしろ他国より魔法使い、魔術師が多い環境ゆえか、教えを乞おうと様々な人が話しかけてきた。
彼自身、戸惑ってはいるものの、楽しそうに魔術の話に打ち込む様子は、安心しているようにも見えた。
「いやはや、聖女殿が二人も我が国を来訪してくれたばかりか、母体樹様も参られるとは。我が国はまだ神に見放されていないようです」
鼻の下のチョビ髭と、黒く長い顎髭が特徴的なヒョロリとした統治王が、自ら離宮を案内する。
傍には褐色の肌に美しい白髪の王妃がいて、にこやかに長いドレスの裾を引いていた。
「ご両親との連絡に差異があり、私共も至らず、誠に申し訳ございません」
「とんでもございません。むしろ、ご厄介になりまして、どうお詫び申し上げれば良いか……」
「それこそとんでもない事です。お二人には助けて頂いております。……さぁ、どうぞ。ご両親はこちらです」
砂漠の真ん中でも、豊かな水の音がする離宮は、白い外壁に金色の模様が美しい建造物であった。
マシューを通じて統治王に話を聞くと、エルシィの自宅を損壊させたのは、遊牧民族の方なのだという。
そもそもエルシィ母に打診をしようと、連邦側の将軍が先ぶれを出してから訪れていたらしい。そこを遊牧民族の戦士に襲われたのだ。
奇襲になす術もなく自宅は砂に沈み、倉庫も造園区域も見る影なし。
怒髪天をつく勢いで抗議した母と将軍が意気投合し、両親は自発的に砂上の都へ赴いたという事だった。
エルシィは有り得なくもない話に、顔を青くしていいやら、赤くして良いやら、叫びそうな心境だった。
両手を繋ぐルヴィナとチェンノッタが、困惑した顔をむけてくるもの恥ずかしい。
一歩後ろを歩くセオドアだけが、今までにないほど緊張した顔をしているのすら、気がつく余裕がなかった。
従者が扉を開ければ、優しいムスクの香りが漂ってくる。
美しい絹のベールが室内を包み、床を彩る敷物の上には、所狭しと料理が並んでいるのが見えた。
その中央にいるのは、間違いなくエルシィの両親である。
オリーブの髪を結い上げ、ベロンベロンに酔っ払った美貌の母が、彫りが深い顔面で、特徴的なオッドアイを持つ無表情な父に、キスの雨を降らせていた。
「お母ぁああさぁああ──ん!!」




