表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/151

第38話




 メイイェンの転移魔法によって飛ばされた先は、リリンベル国の近郊にある森であった。

 すぐに戻ろうと、ルヴィナとチェンノッタに頼んで魔法を行使してもらったが、まるで拒まれるように移動できない。

 焦燥を募らせるエルシィに、セオドアが優しく抱き寄せて背中を撫でた。


「飛ばされる寸前、彼女は呪文を叫んでいただろう? 女皇帝の力は二人より高度なものだ。おそらく誰も魔法や魔術で出入りできないよう、結界を張ったんだろうぜ」

「どうしてそんな、だって、あんな、っ」

「心配だろうが、君は彼女の想いを汲んでやらねぇと。……そうだろう、奥さま」


 自然と涙が流れてきて、エルシィは瞳を瞬かせる。


 確かにメイイェンの願いを汲めば、彼女が再び現れてくれるまで、時間をかけて待つべきなのだろう。

 あんな状態でフェイと二人、グェイドン帝国に置き去りにするなど心が騒ぐが、セオドアの指摘も尤もである。

 

 互いの額を合わせ、至近距離で見つめあっていれば、割って入ったオウムの羽に顔が埋まった。


「おうおうおうまずは安全第一だぜ御母堂様ヨォ!! ここはルヴィナお嬢ちゃんの故郷周辺だって言うじゃねーか!! ちちくり合うのは後にして避難しな避難!!」

「ふわっ、ぷ! そ、そうね、ごめんなさい」


 翼を羽ばたかせて暴れるウィズィに、エルシィは慌ててセオドアから離れると、道の向こうを見つめるルヴィナに近寄った。


「ルヴィナさま、ごめんなさい。わたしの我が儘で魔法を使わせてしまって」

「ううん、いいの、ママ。……シテラ、フェイは大丈夫よね?」

「当然です。彼は戦闘向きではありませんが、姑息ですので」


 相変わらず仲が良いのやら、貶しているのやら、無表情で言い切る人型のシテラは普段通りである。


 ひとまず移動先は、エルシィの故郷だ。

 ここからなら自宅も近く、久しぶりに両親へ顔も見せられるだろう。

 衣服もそのまま転移してきてしまったので、異国譲渡溢れる服はあまりに悪目立ちだ。着替えも必要である。


 しかし、勝手知ったる道筋を案内しながら、森を抜けた先で、エルシィは奇妙なものを見ることになるのだった。




「……なに、これ」


 自宅を中心して、建築資材置き場も、草花を育てていた造園区画も、全てが大きく()()()()()()()

 絶句して立ち尽くすエルシィの隣で、セオドアが剣呑に双眸を細めた。


「……魔法を使った痕跡があるな」

「っお父さん、お母さん!!」


 彼の一言に弾かれ、エルシィは砂を降って、傾いた家屋に走り寄る。

 金具が壊れて曲がったドアを引っ張り、玄関から先にあったものは、水分を奪われて乾涸らびた家具の残骸であった。

 必死に砂を蹴って中に入るが、誰かがいる気配もない。

 エルシィは愕然として、ふら、と力が抜けてその場に座り込んだ。


 後を追ってきたルヴィナとチェンノッタが、惨状に言葉を失い、エルシィに寄り添う。


「……どうしよう」


 暗く光の届かない室内。

 家族三人で過ごした思い出が、両手からこぼれるほど詰まった家は、父が母と暮らすために自ら建築した。

 腕の良い大工である父の建築物。国でも評判の良い父が自慢で、豊かな木の香りがする我が家がエルシィは大好きであった。


 それは共に過ごし、いつまでも愛ある夫婦である両親も、等しく。


 周囲の様子を観察しながら降りてきたセオドアに、エルシィは肩越しに振り返った。


「だ、旦那さま、どうしよう」

「……大丈夫だぜ、奥さま。君をこんな目に合わせるヤツは、──」

「こんなことしたら、お相手が死んじゃうわ……!! どうしよう旦那さま、早く見つけ出さなきゃ!」

「ん?」


 エルシィの心配は両親のことではない。というよりも、両親のことは自分のことより心配していない。

 問題は両親の愛した家を、これほど損壊させてしまった相手の方である。

 目を丸くし硬直する三人に、エルシィは真っ青な顔で立ち上がった。


「は、早く、早くどうにかしなくちゃ、だだだ旦那さま、そっ、その魔法使いって追えますか!?」

「うん? いや、待て待て奥さま、問題はそこか!?」

「そうですよだって! お母さんの実家の言語、旦那さまは知ってるじゃないですか!!」

「えっ、君の?」


 エルシィの母が生まれた地方で使われる、アイリス語。

 それは世界で最も有名な、()()()()の言語であるのだ。

 父から、集落を出てエルシィを出産した母は、昔ほど()()()()()()()()とは聞いている。

 だがそもそも怒りの沸点が低い人だ。

 こんな状態の家に嘆いて、避難しているなど到底考えられない。


「わたしの母は、(おさ)の娘です! 近距離戦闘になったら、相手なんてけちょんけちょんですよ!」

「つまり結婚の事後報告に命をかけろと言うことか……!? よし奥さま、かっこいいとこ見せるからな」

「今そんな話してる場合じゃないってば!!」

「でもママ、どうやって追いかけたら……、?」


 おろおろと声をかけるルヴィナの肩に、シテラが片手を置いた。セオドアが振り返り、変形する玄関に近寄って外を睨みつける。

 チェンノッタの肩に留まっていたウィズィも動き出し、エルシィに呼びかけながら、同じく外を見上げた。


「おいおいおい御母堂様ヨォ! その前にちょいと面倒くせーことになりそうだぜ!」

「え?」


 家を守るように展開したチェンノッタの魔法陣が、緩やかな影の花吹雪を散らし始める。

 エルシィが慌ててセオドアに寄り添うと、窪んだ砂の穴を取り囲むように、兵士の銃口がこちらを向いていた。

 風ではためく旗も、彼らが身につけている鎧の形状も見たことがある。

 自国の王族直属部隊だけが掲げる事を許された、王家の紋章が輝いていた。

 

 驚いて息をのむエルシィを、セオドアの片腕が抱き寄せる。

 彼が睨み上げる先で一人の男が、場違いな花束を抱えて立っていた。


「やぁ、エルシィ・サックス。美人になったじゃないか、見違えたよ。久しぶりに話ができないかな、僕の婚約者殿?」


 柔らかな栗毛を撫でつけた七三髪に、穏やかなコバルトグリーンの瞳が柔和に細まる。

 幼少期、エルシィはこの男と、よく分からないまま王城で共に過ごした記憶があった。そういえばエルシィの意見など関係なく、婚約関係を結ばれていた気もした。


 この国の第一王子、マシュー・マライカス。


 エルシィは大司教トミーが与えてくれた平穏に怠けて、すっかり確認を忘れていたのだ。

 自分とこの第一王子の婚約関係が、無事に解消されたのかどうかを。


「…………あ゛ぁ?」


 すぐ耳元で地を這うような声が聞こえる。

 滝のように冷や汗を流すエルシィには、顔を引き攣らせて卒倒するより、逃げ道がなかった。


 

 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ