表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/151

第37話




 エルシィは困惑していた。


 非常にいかがわしい方法だったが、悪意の塊を吹き飛ばせたことは喜ばしい。

 ルヴィナが回復魔法を施したおかげもあり、幻想生物との絆も取り戻せたメイイェンが、すっかり元気になって高笑いしているのも微笑ましい。

 セオドアの顔面に正拳突きを叩き込み、彼がめり込んだ顔を探しているのも、まぁそれは良い。


 問題は今、涙ながらに抱きしめるホンヨウを、女皇帝が非常に冷めた目で見ていることだった。


 呪いの解除が無事に終わり、魔法で部屋も復元され、全てが良い形で収束した。

 皇宮に勤める使用人たちも、女皇帝を苦しめていた呪いの終焉に、安堵の笑顔で手を取り合っている。

 騒ぎを聞きつけたホンヨウが、憮然とした態度を捨て、涙を溢し咽び泣いたところまでは、順調であったのだ。

 だが、高飛車な言い方ながらも、エルシィ一行に深い恩赦を伝えていたメイイェンの反応は、思わしくない。

 彼女はようやく息を吐き出すと、ホンヨウの肩に両手を置いて引き離した。


「今まで苦労をかけましたわね、紅優(ホンヨウ)

「何を言いますか。……私はただ、あるが場所に戻ってきて欲しかったのです」


 メイイェンが瞳を細めて、涙に濡れた夫の頬を撫でる。


 周囲を見渡すと、彼の言葉にそれぞれ同意する声が飛び交って、女皇帝の復活に湧いている。

 それでもメイイェンの表情は晴れない。

 エルシィが困惑で見つめていると、彼女は振り返って、脇目も降らず走り寄ってきた。

 狼狽えつつ床に膝をつけば、メイイェンは首に抱きついて眉を下げる。


「…………ママ、あたくしに勇気をくださいませ」

「え?」


 意味を掴み損ねて聞き返せば、女皇帝はエルシィから腕を放し、凛然とした態度で振り返った。


「それは良きことだわ。普通の人間に戻れば、今度こそあたくしを殺せますものねぇ、ホンヨウ!!」


 鋭い糾弾は呆気に取られる人々の間に、確かな動揺を広げていく。

 メイイェンは愛らしい顔に憎悪を浮かべ、靴を鳴らしながら絶句するホンヨウに近づいた。


「分かっていないと思ってましたの? このあたくしが知らないとでも? 五十余年、お前が世界中を駆け回って解呪の方法を探したのは、あたくしを今度こそ殺すつもりだと、本当にあたくしが気がついていないとでも!?」


 メイイェンの細い体を、背後からフェイが抱き上げる。

 人間の皮を被った異形は脳天から形を変え、白い枝を伸ばすザクロを下腹部に抱えた姿に戻ると、自らの中央に女皇帝を座らせた。

 部屋全体を覆い尽くす枝からは、次々とザクロの花が咲き乱れる。

 それは赤い液体をポタポタと垂らし、恐れ慄く群衆を睨み下ろしていた。


 たじろいだ男の後方で、女の悲鳴が上がる。

 視線を向ければ美陽(メイイャン)が、枝に吊り上げられて宙に浮いていた。


「メイイャン!!」


 ホンヨウが絶叫して、しかし動いてはならない状況に冷や汗を流し、メイイェンを睨みつける。


「な、なぜそのような……!」

「あたくしが、バスガイゲの女に望んだことを知っていて? あたくしを殺したお前を、必ず殺すと心に誓って、あたくしはここにいますのよ!!」


 メイイェンも、本当はフェイも、分かっていた。

 幼き頃の背中を刺したのは、敵対勢力だと隠して婚約者の座についていた、紅優(ホンヨウ)だと言うことを。

 それでも彼の必死さを信じていたかったし、彼が改心して美炎(メイイェン)を愛してくれるなら、繰り返す命にも意義があると信じていたかった。


 それでも彼は初めから、美陽(メイイャン)を選んでいた。

 彼女と二人、類まれなる強者であるメイイェンを恐れたのだろう。

 気心の知れた相手に甘え、心を許していた女皇帝を唆し、誰の目もつかない自室で殺害するほど、昔から。

 今度こそ息の根を止めるにはどうしたら良いのか、一枚の布の下で身を重ね、語らうほどに。


「ペイジフェイリリスは、あたくしの従僕。忠実なる幻想生物ですわ。この国でのうのうの生きて、フェイの目を欺けると思っておりましたの? 滑稽ですわ」

「ち、違う、私は本当に皇帝陛下を」

「それに、あたくしの命より尊い天女に、傷を負わせた事も聞いておりますのよ、この痴れ者が……!!」


 床に出現した魔法陣から、天井につくほどの火柱が吹き上がった。

 悲鳴をあげて縦横無尽に逃げ惑う人々を前に、メイイェンはフェイの枝に足を乗せて立ち上がる。


「今この場であたくしに焼き殺されるか、死人のように働いて死ぬか、どちらか選びなさい。お前の事だけは絶対に許しませんわ!!」

「っ横暴ですぞ、皇帝陛下!! 私はそのような行いをした証拠でもあると言うのか!?」


 色のない顔で怒号を上げるホンヨウの足は、恐怖からか、怒りからか、崩れ落ちそうなほど震えていた。

 しかしメイイェンが言葉を返す前に、限界を迎えた女が一人、泣き喚いて許しを乞う。


「おっ、お許しください、許して、やめて、殺さないで!! わた、わたしはただ、ホンヨウさまが欲しくて、違う、殺すだなんてそんなつもりじゃ、そんな話は聞いてなかったの!!」

 

 化粧も何もかも涙で溶けて、黒く汚しながら泣きじゃくる女に、ホンヨウが今度こそ言葉を失って振り返った。


「お願い、姐さま、違う、わたしはそんな、やめて、その人が勝手にしたの!! その人が勝手に先走って姐さまを殺したの!! お願い信じて、わたしは違う、信じて姐さ」


 それ以上は言葉にならなかった。

 メイイャンの体は宙に放り投げられて、ホンヨウに衝突し、二人で床に打ち据えられたからだ。

 互いを抱きしめ恐怖する二人に、メイイェンは片手を頭上に掲げる。

 ザクロの花が次々に発火し、大きな火鳥となって天井を巡った。


「っあたくしの信用を失墜させておいて、命乞いなど無様な真似は許しませんわ……」


 全てを焼き尽くす炎は、地獄の業火だ。

 天井を知らない聖女の魔法は、もはや神聖さを通り越し、残酷にすら人々の目に映る。

 逃げ惑っていた従者たちは、床に膝をついて平伏していた。涙を流して命乞いをし、恐怖に気絶しているものすら出始めている。


 あまりの怒りに酸素は燃え尽き、息苦しさを感じてエルシィは表情を歪めた。

 助けに行かねばと片足を踏み出すと、突如として足元に、炎から生まれ()でる鳥とザクロの果実を模った魔法陣が出現する。

 え、と困惑に声を上げた先で、フェイが微かに視線をよこし、目の形をした空洞の片方をパチンと閉じた。

 

 セオドアがルヴィナとチェンノッタを呼び寄せ、エルシィの肩を抱いて眉を顰める。子供たち二人がそれぞれ抱きつくと、暖かな炎に包まれた。


「皇帝陛下!?」

「“天陽降臨(てんようこうりん)山岳(さんがく)静まり(みな)祈れ”!! “天界飛翔(てんかいひしょう)、如何なる(すべ)にも(おもて)をあげよ”!!」


 美しい形を織りなす魔法陣が、幾重も重なって、さらに一つの模様を形作る。

 メイイェンが笑みを浮かべて振り返った。


「おーほっほっほ!! 今はさらばですわ、愚民共! ()()()()が皆の傍に立つに、相応しい女になりましたら、また役立てて差し上げましてよ!!」

「っメイイェン陛下!!」

「だから今はあたくしを見ないで、ママ。本当にありがとう、いずれこの恩に必ず報いましてよ。あたくしやっと、悲しくて寂しくて、死んでしまいたいくらい、泣けそうだから……!!」


 大粒の涙が炎に蒸発しても、彼女は声を上げて泣き叫ぶ。


 エルシィが伸ばした腕は宙に揺れて、意識は炎と共に天高く飛翔していった。

 

 


 


 


 

 

 

 

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ