表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/151

第35話



 (チン)美炎(メイイェン)が最初の死を迎えた時、その女は女官であった。

 彼女はベッドにうつ伏せに倒れ、虫の息であったメイイェンに、穏やかな声で囁いたのだ。


「これは流石に、わたくしも手に負えません。でも安心してください。すぐに新しい命をお創りしましょう」


 布で顔面を隠す女官姿のまま、女はメイイェンの身体に、立体魔法陣の効力を付与していく。

 それは創世の神と等しい力であって、同時に最も遠い劣悪でもあった。

 メイイェンの背中に浮かび上がった聖痕が、痛みによって幼い彼女の意識を引き戻す。おそらく幻想生物が、己に呼びかけてくれていたのだろう。

 しかし救われた命は、いとも簡単に創世の力によって奪われ、材料となり、再構築されていく。


 女は自らの姓を名乗らなかった。

 名乗らなかったから、赦されていた。


 琴家を傍系に据える本家筋であっても、バスガイゲを名乗らなければ、同じ人間として尊重される。

 馬鹿げでいると思っても、メイイェンは死にたくないと縋るしかなかった。

 今思えば、ペイジフェイリリスの降臨を受け入れた方が、得策だったと確信している。

 その時のメイイェンの心は、己を刺し殺した相手を必ず殺すのだと、苛烈な信念しか渦巻いていなかった。

 目前に迫る死に気ばかりが急いで、女がどれほど悪質な相手なのか、知ろうともしなかったのだ。

 



 二度目の人生は、優しい両親の元にいた。

 それでも同じ容姿で生まれ直したメイイェンは、両親のどちらとも似ていない。そこではザクロの実に扮したフェイが居て、おまけに記憶も保持していたから、尚更、自分がどこにいるのか分からなかった。

 やっと言葉を話し始めた頃、噂を聞きつけたチン一族に召し抱えられ、皇帝に返り咲いた。

 それでも十歳を迎える前日の夜、メイイェンは二度目の死を迎える。

 自分を抱えて、必死に医者へ縋るフェイの姿に、少しだけ救われて永遠の眠りにつくはずだった。


 三度目の人生は、物心ついた時には皇宮にいた。

 メイイェンと繋がっているフェイが、国中を回って探し出し、赤子の彼女を預かったのだという。

 しかしその頃は、世継ぎを心配した高官たちが、事実上の最高権力者であった紅優(ホンヨウ)の世継ぎ問題を心配し、美陽(メイイャン)を妻にあてがった時期だった。

 それでも古き歴史より、皇帝の座に座るのは、炎のような髪をもつ者だけ。

 メイイェンに記憶があっても、精神が十歳から大人になるわけではない。

 メイイェンは両親と手紙のやり取りをしながら、ただ皇帝の座にあるだけの幼子でしかなかった。

 そしてやはり、誕生日を迎える前日の夜に死んだ。


 四度目の人生で、ホンヨウが涙したことを覚えている。

 その頃から、現皇帝には死者蘇生の術があるなどと市政で話題になり、女皇帝メイイェンは一種の娯楽になっていた。

 方々を駆けずり回り、解決の糸口を探していたホンヨウが、その噂に激怒したのだ。

 彼を宥めるのはいつもメイイャンで、彼女との間には子供もいる。実質、政治を動かしているのは彼らで、傀儡でこそないながらも、メイイェンはただ、生きているしかない器だった。

 妻に寄りかかり、疲れた表情で涙するホンヨウ。

 寄り添い励まし合う家族に、女皇帝の居場所はなかったのだ。


 五度目の人生は、皇帝から逃げ出そうと部屋に篭った。

 フェイはそれでも良いと甘やかし、周囲も幻想生物の意見に倣う。

 己が信頼する従者は、メイイェンの疲労を理解してくれたが、周囲の思惑はまた別のことだった。

 メイイェンが表舞台に出てこなければ、ホンヨウを支えるメイイャンに光がさす。彼女の父親は国でも重鎮、筆頭高官だ。どれほどメイイェンの存在が邪魔であるか、想像に難くない。

 それでも女皇帝は、王座から降りることはできなかった。

 髪を墨で黒く染めても、西国の技術を応用し、魔法で髪色を変えても。

 優しい腕の中を夢見て、届かない絶望に嘆いて、眠れぬ夜を過ごしても。


 


 六度目の人生で、彼女の生きる世界に複数人の聖女が誕生した。

 世界中を飛びわまり、メイイェンの呪いを解く鍵を見つけようと、ホンヨウもフェイも躍起になっていた。

 しかし当の本人は、一連の転生にほとほと嫌気がさしていたのだ。

 自分にはもう、チン家の血は一滴も流れていない。

 今生の両親は、国でも遠方の地域出身だと聞いている。本来なら生まれるはずだった我が子の命を食い潰し、生まれてきたメイイェンを、両親が愛せるはずもなかった。


 惰性で生きていたわけでもないが、メイイェンは疲れていた。

 殺したいという思いに、生きなければという願いに、心の底から辟易していた。


 

 フェイが嬉々として語り、会いたいと顔を綻ばせる彼女に出会うまでは。

 聖女の力を増幅させるという、奇異な存在を、実際にこの目で見るまでは。

 


 王座の上から派手な登場で印象づけ、謁見に訪れたその人を見ながら、メイイェンは思った。

 なんて美しい人なのだろう。

 痛みのないオリーブの長髪。意志の強く、しかし優しい、金と青の幻想的なオッドアイ。珠の肌は白く可憐で、心地よい声音。

 天女が桃源郷より降臨したのかと思うほど、エルシィ・サックスは美しい人だった。


 この美しい人を自分から遠ざけねばならない。心からそう思った。

 メイイェンは未だ生き汚く命に固執し、疲弊しては絶望を繰り返す。背中の聖痕はことあるごとに痛みを訴え、少女の精神を蝕んでいく。

 そんな自分を、この美しい人に見られたくなかった。

 この美しい人に、心の奥底に眠る全てを、知られたくなかったのだ。




 炎鳥が甲高い咆哮を上げる。

 それは大きく炎が爆ぜる音だ。

 メイイェンは靴の踵で床を踏み鳴らし、焼き付けた魔術式の効力を復活させる。


 視線を下げればエルシィが、目を丸くして見上げていた。

 その肌にはいくつもの裂傷ができ、口からは血が溢れている。メイイェンはあまりの痛ましさに、己が事と涙をこぼして、服の裾で口元を拭った。

 そして目尻を吊り上げてエルシィを背に庇い、床に二重、三重と魔法陣を展開していく。


 力が漲ってくる。ここで死んではいけないと、誰かが脳に訴えてくる。

 それは確かに彼女を聖女たらしめ、背中の聖痕が熱を帯びて爆ぜるのに、勇気が湧いてくる。

 知られたくなかった。見られたくなった。

 それでもエルシィに抱きしめられて、ようやく認める事ができた。

 

 自分は命を繰り返すほど、ずっと()()()()()のだと。

 

 メイイェンは己の背中から繋がる草花の根を、両手で引き抜いて怒号を張り上げた。


「あたくしは鬼灯(グェイドン)帝国第17代皇帝、(チン)美炎(メイイェン)!! これ以上ママの前で、無様な姿は晒せませんわ──ッ!!」


 立体魔法陣に襲いかかるのは、鉄の融点と同じ温度。

 周囲を巻き込んでぶつかった魔法の塊に、メイイェンと立体魔法陣を繋いでいた線が、完全に焼き切れ霧散した。


 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ