第28話
後半、少しだけいかがわしい雰囲気かもしれません。
*名前の漢字が誤っていた為、投稿後すぐ訂正いたしました。
少し怪しげな看板を潜り抜けた奥にある、甘味処店舗のさらに奥。
個室の中央に鎮座する、小さな回転テーブルを囲んで、割と冗談でなく額を突き合わせながら、プリンを口に運んだフェイが視線を上げる。
「みんなには悪いけど、皇宮に入る準備をするから、少し待っていて欲しいのよね」
「準備ですか?」
「そう。国は開かれているけど、美炎のことがあって、皇族は閉鎖的なの」
冷たくつるりとした食感の寒天に舌鼓を打ちつつ、エルシィは目を瞬かせる。
本来なら紅優が連れてくる予定であった為、あの武人が居ない状態ですんなり入るのは、難しいのだという。
なのでフェイが先に迎え入れる準備を行い、出迎える算段が望ましいとの事だった。
エルシィはあの時、多少なりとも頭に血が登っていたので、そこまで気が回らず、青い顔でフェイに頭を下げる。
「ご、ごめんなさいっ! わたしのせいで余計な手間を……!」
「あらいいのよ。御母堂さまが来てくれただけで、アタシ、嬉しいんだから。……でも、そうね、お詫びって言うなら、シテラにあーんしてもらいたいわ」
「どうぞ」
「ふぐっ」
隣でルヴィナが頼んだカキ氷の毒味をしていたシテラが、無表情でフェイのスプーンを奪うと、イチゴを夫の口内に突っ込んだ。
喉まで直撃し激しく咳き込む彼を尻目に、シテラはセオドアに視線を向ける。
「御尊父、この機に我々も準備を進めましょう」
「ごっ……お、おお、わかった。……いいな、チェンノッタ」
「うん」
セオドアの視線が、思い切りエルシィの横顔に彷徨ったが、彼は咳払いをするとチェンノッタに声をかける。
頷く少年は口端に餡子をつけていたので、肩にとまるウィズィが拭き取った。
チェンノッタは力こそ聖女として相応しいが、まだまだ未熟な面も多い。
聖女の力を行使することを前提に生きてきたルヴィナと違い、彼は生活に必要な手段が、たまたま魔術であったからだ。
なのでルヴィナとセオドアが協力し、魔法と魔術の勉強をすることにしたのである。
涙腺という導火線に火がつき、瞳が溢れるのではと危惧するほど泣いたチェンノッタ。
何もできない悔しさと歯痒さ、そしてエルシィを失う恐怖に、グェイドン帝国に来てからも、暫く涙が止まらなかった。
そんな少年を見かねて、セオドアが元気づけるために提案したのである。
「いいか、クソガキ。俺の指導は鬼だぜ。ついて来られるか?」
「僕はママの聖女だよ。クソヤローに出来て出来ないわけないだろ」
「まずはその減らず口の矯正からだな……!」
二人のやり取りを聞きつつ、エルシィは再度、目を瞬かせた。
フェイのおかげで滞りなく意思疎通が出来るようになり、チェンノッタとの会話も、それぞれ感覚的には母国語で可能となった。
辿々しい話し方が素ではない、とは思っていたが、少年の話し方の違いに戸惑いを感じてしまう。
「……ノッタくんって、何歳?」
「え? 8歳だよ」
「えっ!? ごめんなさい、わたし、ずっと5歳くらいかと思って接してて」
「いいよ? 僕が小さいのは事実だから」
「ちなみにルヴィナさまは……?」
「11歳よ」
「流石に見立て通りだったよかった……! 旦那さまは十代じゃないですよね?」
「流石になぁ、二十五だ」
「思ってたより年上じゃないですか……!?」
衝撃を受けて片手で頭を抱えそうになったエルシィに、セオドアが声を上げて笑った。
「なんだ奥さま、年上の旦那さまはお嫌いか?」
「あっ、いえ、そうではないんですが」
「お、脈ありか? しかし告白するには場所が悪いぞ奥さま」
「ごめんなさいやっぱり無理です嫌いです」
早口で切り捨てれば、セオドアが興奮気味に上半身を後方に逸らしたので、そのまま椅子を引いて転ばしておく。
ひとまずチェンノッタが魔術を覚えやすいよう、道具一式を揃える事は確定である。
宿泊場所はフェイが手配してくれるらしく、皇宮の準備が整うまでの根城は確保できた。
転移魔法で移動してきた為、滞在許可証を得るのがやや面倒だというが、その辺は捻じ伏せられるという。
フェイはメイイェンから、立場の都合上、様々な権限を与えられているとの事だった。
渋い茶を啜り胸を撫で下ろすエルシィだったが、ふと、己の胸元を見下ろした。
ホンヨウと対峙し、危険に晒された時、エルシィは何一つ出来る事がなかった。
今も道中の不安はフェイが解消してくれ、チェンノッタの魔術はセオドアとルヴィナが強化し、シテラとウィズィが安全を確保してくれている。
聖女の力を増幅させると言われたエルシィだけが、見える形で何も貢献できていないのだ。
そういえば、と。エルシィは数日前の出来事を思い出し、片手を強く握りしめる。
「あの、旦那さま」
「うん?」
「わたしのあの魔法陣は、わたしが自由に扱えるよう、特訓することはできますか?」
真剣な表情のエルシィに、一瞬、吸い込んだままセオドアが息を止めた。
「少し前に、立体魔法陣を使う人に会ったんです。その人は、自由自在にあの魔法陣を扱えていました。わたしにも、あんな風に……」
「イザベルに会ったのか!?」
椅子を蹴って立ち上がった彼に、エルシィは大きく肩を跳ねさせる。
話を聞いていた周囲も驚き、チェンノッタがセオドアの服を軽く引っ張った。
困惑するエルシィに気がついた彼は、片手を軽く掲げつつ、ごめん、と呟く。
力なく座り直したセオドアの横顔を見つめ、エルシィは己が動揺している事に気がつき、慌てて顔を逸らした。
どうして名前を知っているの。
ただ普通に問い掛ければ済む話なのに、唇が震えるだけで音が出てこない。
心臓が不規則に脈拍している気がして、胸が苦しい。それに気がつかないふりをして、誰かが声を出す前に、彼女は努めて明るくセオドアに視線を戻した。
「そ! そう、なんです! そのイザベルさん? が、魔法陣を使って、ノッタくんを助けてくれたんですよ。なので、わたしもあんな風に、できるかなって」
「……そうか……出来なくは、ないが、……」
「旦那さまなら、わたしの能力が何か、知ってるんですよね?」
唸り声を上げるセオドアの表情は、先ほどの張り詰めた空気を緩和し、いつも通りだ。
その事に妙な安堵を覚え、エルシィはやはり胸が痛くて、片手で心臓の上をさする。
「…………フェイ。この国で、魔法や魔術に耐えうるほど強固な部屋で、一切の音が外部に漏れないような、一番良い部屋はあるか?」
突然の質問に面くらった様子だが、フェイは怪訝な顔で、シテラを一瞥する。
「無くはないけど……、自分の女を連れて行くような場所じゃないわね」
「生々しいなぁくそ……! ……奥さま。君の意思決定は俺の自由意志で、確かに俺は君を補佐できる。だが、君の能力の発動条件は極めて特殊だ。話しづらくて話題に出さなかった俺も悪かった。その条件を聞いた上で判断してほしい」
いつになく真剣な眼差しに、エルシィは目を丸くして神妙に頷いた。
鬼気迫る様子に周囲も、先ほどとは別の緊張感を滲ませ、誰かの喉がゴクリと鳴る。
「良いか奥さま。君の立体魔法陣の効果は、あらゆる事象の破壊と終息だ。……その発動条件は、強い羞恥心と喜びに依存する」
「………………へ?」
「君の心臓の鼓動と精神が、感情に直結した時、立体魔法陣は発動するんだ」
紫色の瞳を細めた彼の手が、エルシィの細い頬の輪郭をなぞって、唇に止まる。
視線が逸せない。呼吸も上手くいかない。心臓が先ほどとは違う早鐘を打って、視界が徐々にセオドアの全てに奪われていく。
筋張った指先がエルシィの首をいたわるように撫で、心臓をさし示し降りていく。
「恥ずかしい、怖い、熱い、触れないで、だが離さないで、名前を呼んで」
そして躊躇いがちに、それでも意を決してセオドアの片手は、衣服越しにエルシィの膝の内側に触れる。
彼はエルシィの耳元に唇を寄せ、彼女だけ聞こえるほど小さな声で、囁いた。
ここに、きて。




