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第26話




 東の大国グェイドン。

 代々、燃え盛る炎のような髪色の人間が皇帝に就任し、金銀財宝が多く眠ると噂される、巨大国家だ。

 しかしかの国は、真偽の程は定かでないものの、死者蘇生の術を知る国とも呼ばれ、畏怖と脅威の象徴でもある。

 実際のところは、独特な文化が根付いた実り豊かな国であり、噂話もパフォーマンスとして賑わっている大国であった。


 ホンヨウの妻は、()1()7()()()()()()の皇帝、チン・メイイェン。

 歴代の皇帝と同じく、真っ赤な髪と黒い瞳を持つ気高い女なのだと、彼は目蓋を伏せた。

 元々、魔法使いとしての才能があり、幼い頃から様々な魔法に長けていた彼女を、周囲は才女だと褒め、敬った。

 

 しかしメイイェンは、聖女として覚醒した時、とある呪いを受けたのだという。


「アタシの聖女ちゃんはね、死を繰り返すの」

「え……?」

「十歳の誕生日の朝に死に、同じ日に誰かを母体にして生まれてくるのよ」


 フェイが静かな声音で聴かせる話は、あまりに現実離れした話だった。


 メイイェンは十歳の誕生日の朝、ベッドの中で眠るように死んでいるのだという。だが同じ頃、大国のどこかで孕っていた母親の産道から、同じ容姿で生まれ直すのだ。

 フェイはメイイェンの強い想いに応え、幻想生物として召喚されたのだが、流石に予想外の状況だった。

 知識を総動員して原因を突き止めたものの、それはメイイェンの心に作用し、()()()()()()魔法だったのである。


 魔法は魔術より万能で、あらゆる事が可能に見えるが、そうではない。

 魔法も魔術も、基本は手足の延長だ。物を動かしたり、身体を強化したりする事が主になる。

 確かに魔法で無から有を作り出すことは可能だが、メイイェンが侵されている魔法は次元が違うのだ。


 彼女が死んだその瞬間から、彼女の()()()()が無かった事になり、再構築されて生まれるのである。


「……難しい、話だな」


 眉を寄せて静かに聞いていたセオドアが、小さく呟く。

 ホンヨウの横で佇むフェイが、緩やかに首を上下させた。

 

「人々の記憶に残るのに、あの子のいた痕跡が、一切無くなるっていうのかしら。使っていた部屋、遊んでいた玩具、書いた文字、寝起きしたベッド……全部が一度、リセットされる」

 

 荒唐無稽な状態で流石に対処ができず、フェイはホンヨウと協力し、この五十年ほど試行錯誤を繰り返してきた。

 幸い、メイイェンには生まれ変わるたびに記憶を保持していたので、会話可能になる年齢まで成長すれば、政治はなんとか維持できる。

 だが時間経過と共に周囲は疲弊し始め、一人、また一人と、姿形が幼い皇帝の元を去っていってしまうのだ。


 必死に状況を整理しながら話に追いつこうと、青い顔で沈黙していたエルシィに、フェイが顔に空いた空洞を細める。


「母体樹さま。アタシたちはあなたに、あの子の呪いを解いて欲しいの」

「…………え、ええと、……どう、やって……そんな」

「母体樹さまの存在は、聖女を覚醒させるわ。そうすればきっと、アタシの聖女ちゃんも呪いに対抗できるようになる」


 かも、しれない。


 フェイは言葉尻を歪めて俯いた。


 彼らは本当に長く、この状況を打破しようと踏ん張ってきているのだろう。

 それでも誕生日を迎えては死に、生まれては息絶え、そんな少女を見続けている事が、精神に支障をきたしているのは明白だ。

 エルシィは己の胸に片手をあてて考える。

 自分に何ができるかは、正直なところ全く分からない。

 なら自分は今、しなければならない最善を、選んでいくしかないのだろう。


「…………分かりました。グェイドン帝国に、わたしも行きます」

「奥さま」


 セオドアの声に険が滲む。しかしエルシィは首を振って、視線で彼を制した。


「ただ、どうしても飲んでほしい条件があります」

「……なんだろうか」


 瞳に宿るのは微かな希望だろうか。ホンヨウの双眸がエルシィに注がれる。


「わたし達……家族の、後ろ楯になってください」


 隣に座り、不安そうに眉を下げるルヴィナと、セオドアの横で身を寄せるチェンノッタに、エルシィは微笑んだ。

 彼女の意図する事が伝わり、閉口したホンヨウが、視線を揺らして言い淀む。

 エルシィの提案に呆気にとられたのは、一番関係があるセオドアも同様だった。


「お、奥さま、それは……」

「それは、エルシィ殿。我々にハープシコードと協力関係を結べと、おっしゃっているのか」


 ホンヨウの声音は硬い。

 東の大国も創世記を信じ、悪の血筋を憎んでいるのだろう。リリンベル国のように激烈でなくても、セオドアに対する態度から伺えた。


 だがもし、グェイドン帝国の皇帝が聖女で、ルヴィナやチェンノッタと同様に、エルシィを慕ってくれるのなら。

 帝国の庇護下に入れるのならセオドアも、今よりずっと生命の危険を回避できるはずだ。

 少なくともアレほど大量の魔術を用意し、立ち向かう必要など無くなるはずである。


 しかしエルシィの期待とは裏腹に、ホンヨウの決定は無情な物だった。


「…………お客様がお帰りだ。皆の者、礼を失する事のないよう、丁重にお見送りしろ」

「ホンヨウ!!」


 東の王配はそう言って立ち上がり、焦って声を荒らげるフェイを黙殺する。

 憎悪ある瞳でセオドアを睨みつけた彼は、小さく嘆息した後、エルシィを一瞥した。


「エルシィ殿。貴殿には分からぬだろうが、この男と協力関係を結ぶなど、世界を敵に回すと同じことだ。私は国の代表として、自国を危険に晒すまねは出来ない。……貴殿とは交渉の余地があったが、我々がその男に胸筋を開くことはないのです」

「…………そうですか。そういうことでしたら、わたしは分かりません」


 エルシィも倣って立ち上がり、セオドアや子供たちを促した。


「最初から交渉は決裂でしたね。少なくともわたしの旦那さまが、あなたの国に何をしたわけでもないのですから」

「貴殿は平民でしたね。王家の確執にも因縁にも疎いのでしょう。その男が──」

「セオドアさまが、あなたの国に何を? わたしが言っているのは、過去の事ではありません。もう一度言いますか? わたしの旦那さまが、あなたの国に何かしたのですか?」


 真っ直ぐに見つめるエルシィの視線に気押され、ホンヨウが微かに息を呑んだ。


「わたしはこの人の妻です。わたしには彼の命と尊厳を守る矜持があります。過去の事を今に被せて語らないで」


 シテラとウィズィが、人とオウムの姿に戻ったところで、エルシィはセオドアを見上げる。

 彼は眉を寄せてエルシィを見つめ、何事か言い淀んだ後、鼻先を擦り合わせてから彼女の額に口付けた。


 四人で手を繋ぎ、深く頭を下げてから部屋を出る。

 俯いて沈黙するホンヨウとエルシィの背中を交互に見つめたフェイは、赤い液体を振り乱すと、悪態をついてエルシィの後を追いかけていった。





 


 

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