第25話
「……場所を変えましょう。騒ぎになりすぎました」
セオドアに渾身の力で引き剥がされたエルシィは、彼に抱えられた状態で、ホンヨウに視線を向ける。
廊下や壁の向こう側から、辺境伯の使用人や警備兵が騒ぐ声が聞こえた。重い金属音も聞こえ始め、武器を使用し加勢に入ろうとする思惑も窺える。
武人は酷く焦燥した顔で部下を見渡した後、辺境伯に交戦せず引き下がるよう伝えろと指示を出し、改めて二人に向き直った。
「先に仕掛けられた俺たちが、そう易々と言うことを聞くとでも?」
「…………申し訳ない。なにぶん、気が急いでい」
突然、ホンヨウが膝から崩れ落ちて、両手を床につく。加えて額を床に打ち付けるが如く頭も下げ、彼自身が野太い悲鳴をあげた。
「フェイ殿!!」
『体裁なんて馬鹿げてるわ、命あっての物種って言うでしょ!? この通りよハープシコード、本当にごめんなさい!!』
見事な土下座である。
しかしホンヨウの意志とは無関係に体が動いているようで、周囲にいる部下たちも唖然と口を半開きにしていた。
セオドアが小声で説明してくれたが、フェイ、と呼ばれたシテラの夫は、ザクロの実の形状をしているという。それが額から頭に寄生し、動きを操っているのではないかと言うのだ。
屈辱からか唸り声すら聞こえるホンヨウに、セオドアの溜飲も下がったようだ。
彼はエルシィを腕から下ろすと、牽制の意味を込めて室内を睨んでから、顎で外をさし示した。
流石に辺境伯の屋敷に留まるわけにもいかず、エルシィ一行は、ホンヨウが滞在しているセカンドハウスに足を踏み入れた。
聖女の噂を聞きつけた彼は、各国に屋敷を所有しているのだという。
ホンヨウは立ち回りこそ騎士団長のようだが、れっきとした東の王配である。
諸外国を回る中で、いちいち宿泊施設を買い上げるわけにもいかず、屋敷を整備しているのだと言っていた。
通された客間は簡素なもので、エルシィはセオドアに肩を抱かれながらソファーに腰を下ろす。テーブルを挟んだ向かい側には、両膝に拳を乗せて座るホンヨウが、眉間の皺を深めて唇を噛みしめた。
二人を挟んで両側にいる子供たちも、警戒した様子で背筋を伸ばす。
ソファーの後ろではシテラとウィズィが、本性を現した状態で、部屋の全てに根と茎を這わしていた。
とても対談するような和やかな雰囲気ではなく、幻想生物を恐れた使用人たちは、茶菓子の用意を高速で済ませると、腰を抜かしながら部屋を退出していく。
セオドアはテーブルに広げられた品を眺め、熱い茶の入った容器を片手で掴むと、エルシィに手渡した。
これは飲んで良いと言うことなのだろう。
エルシィが口をつけると、渋みの中にまろやかな風味が口内に広がり、ホッと一息吐き出した。
「……それで? 俺の奥さまに何をお望みで?」
不遜な態度で足を組み、セオドアがホンヨウに投げかける。
彼の怒りが全く収まっていないことは明白で、武人は目を細めてから、片手を上げて部下を呼び寄せる。
腰が引けて震えているが、忠義ある部下が一人進み出て、籠に入ったザクロをテーブルに置いた。
枝や葉がついた、半分に割れたザクロだ。エルシィが不思議に思って見ていると、形容し難い形状に変化したかと思えば、身が膨らんで歪な形に変化する。
それは顔の半分に数カ所穴が空いたような、男にも女にも見える人の形だった。しかし枝の如く様々な角度に折れた手足は、白く長い四つ足にも見え、顔面から真紅の液体をパタパタと振り撒く。
シテラやウィズィとはまた違ったグロテスクさに、エルシィは思わず硬直し見上げた。
彼はエルシィを目に留め、床に顔を押し付けるほど頭を下げてから、口腔に似た穴の形を変える。
そして分かりやすく、にや、と笑みを浮かべてみせた。
「お初にお目にかかるわねぇ、母体樹さま。アタシはペイジフェイリリス。……の、体半分よ」
「体半分?」
「そうなの、ご無礼をごめんなさいね。アタシの本体は国にあるのよ。今はこの無愛想でおバカな脳筋野郎のお供に、体を半分にしてるってワケ」
酷い言われようだが、ホンヨウは反論できないらしい。武人は口をへの字に曲げてフェイを見上げるも、幻想生物に睨め付けられて、渋々視線をテーブルに戻した。
「さて、お話の前にハープシコード、ちょっとだけお時間もらえるかしら。ちゃんと順を追って説明するから、先に済ませちゃいたい用があって」
「あ? そんな事を言える立場かよ」
「旦那さま」
エルシィがセオドアの腕を引くと、彼は怪訝な顔でエルシィを見る。
フェイの顔が先ほどから、背後にいるシテラを気にしているのだ。先に済ませたい用事というのは、夫婦の対面の事だろう。
どうぞ、とフェイに続きを促せば、彼は緩慢な動作で上半身を伸ばし、手の形をした塊でシテラの花弁に触れた。
「……しばらくぶり、シテラ。音信不通にしてごめん」
「いいえ。先に聖女に呼ばれて顕現したのでしょう。聖女に呼ばれることは我らの誉です」
「そうかもだけど、……俺がいない間、誰にも触らせてない?」
「ええ、誓って」
「そっか。…………よかった」
眼前にいるのはどちらも異形の姿で、なんならシテラに覆い被さるフェイの様子は、側から見れば捕食行動のようにすら見える。
しかし聞こえてくる声音は、どちらも甘美で柔らかく、雰囲気に当てられてウィズィの木の根が萎れていった。
エルシィとセオドアは思わず、それぞれルヴィナとチェンノッタの耳を塞ぐ。
異形夫婦の素晴らしいいちゃつきっぷりに、ホンヨウが盛大に咳払いした。
「うぉっほん! 話を進めてよろしいか、フェイ殿」
「あらごめんなさい。アタシのシテラが食べられたいくらい可愛くて」
「え、なに奥さま、こいつシテラお嬢さんの知り合いなのか?」
「旦那さまだそうです」
「へぇ、だんn……えっ夫婦関係の先輩って、コト……!?」




