第23話
しなやかに動く両足に腕を取られ、ホンヨウの体が窓を突き破り、2階から外に投げ飛ばされる。
空中で回転し難なく着地するも、窓枠を蹴って一歩で距離を詰めたセオドアに、彼は目を見開き一対の剣で踵を受け止めた。
魔術師が自身の髪を一本引き抜き、地面に向かって放れば、たちまち雪が陥没してホンヨウは体勢を崩す。
東の王配が連れてきた従者たちが、異変に気がついて何事か叫ぶ声が聞こえた。
辺境伯の屋敷を回って駆けつけた彼らは、交戦中だと知るやいなや、一斉に剣を引き抜いてセオドアに襲いかかる。
彼は振り下ろされた刃を避け、靴底で軽く従者の一人を小突いた。途端に身につけていた甲冑が崩れ始め、続けて触れた靴先の魔術で、他の従者たちを巻き込んで壁に叩きつける。
何が起こったのか理解が追いつかない。男たちは困惑を滲ませた様相で顔を上げた。そして目前に、セオドアによって放り投げられたホンヨウの背中が迫ってきたことに、さらに驚いて悲鳴をこぼす。
男たちが主君を受け止めたところで、セオドアが再び髪の毛を一本引き抜いた。
すぐさま鋭利な針に変化したそれは、振りかぶって投げたセオドアの目論見通り、束になっている集団に軽く突き刺さる。
たったそれだけで息を吐く暇もなく、鉄球で殴られるに似た衝撃が集団を襲うのだ。
何から攻撃を受けているのかも分からず、一人が恐れ慄いて両手の平を顔の前で重ねる。
「ッ馬鹿者、敵前で許しを乞うな──、!!」
ホンヨウの声は最後まで部下に届かず、耐えきれない壁に亀裂が走り、そのまま突き破って屋敷の一室に転がり込んだ。
辺境伯の屋敷内にいる使用人たちが、半狂乱で悲鳴をあげて逃げ惑う。
ホンヨウは舌打ちして痛む体を引きずり、体勢を立て直すと両手の剣を構え直した。
乱れた息を整え体勢を低く保ちながら、床を踏み抜いて魔術師に斬りかかる。
しかし切先はセオドアに届く前に、彼が振り上げた靴の先で弾かれた。
目にも止まらぬ速さで矢継ぎに攻撃を仕掛けるホンヨウだが、常識を逸脱するセオドアの魔術に、関心も畏怖も通り越して死を覚悟する。
まるで未来視の如く、ホンヨウの斬撃は空中を踊るだけで、セオドアに掠りもしない。
果敢に挑む部下と数人がかりで押さえようとしても、身体の至る所に仕込まれた魔術が発動し、手も足も出せなかった。
ついにはホンヨウが片腕を床についた瞬間に、靴底に刀身を踏みつけられ、鍔の先から折れて砕け散る。
「+++!! ++++!!」
涙声で叫んだ部下に、肯定も否定もできずに、ホンヨウが視線を上げた。
圧倒的な強者である男は、大した感慨もない無表情で見下ろしていたが、僅かに眉を顰めて首を傾ける。
「…………頭に何か、つけてるんじゃねぇか?」
瞠目したホンヨウが、咄嗟に砕けた刀身を握り、セオドアの顔面に向かって放った。
細かい破片に一瞬視界が奪われ、彼の視線が彷徨ったところに、立ち上がりざまもう片方の一太刀を叩き込む。
──叩き込んだ、はずだった。
「……っ……本当に、貴殿は、…………化け物だな……!!」
カチカチと剣が震える。
切先はセオドアの首の横。すぐ側にあるのに、彼が身につけている衣服の襟に阻まれ、それ以上の動きを許さなかった。
魔術の網に捉えられ、剣を引くことも、押しのけることもできない。
ホンヨウは、目前に垂らされた死を受け入れろと、怯え叫んだ己の心を自覚する。
セオドアの双眸が微かに、青と赤に揺らめいたその瞬間だった。
『ちょっとちょっとちょっと、何してんのよ、このおバカ──!!』
ハスキーな声が室内にこだまし、ホンヨウの顔色が更に青褪めた。
『アタシの分身ちゃんがめちゃくちゃ死んでると思ったら、何を交戦してくれっちゃってんの!? しかも目の前にいるのはハープシコードじゃない!? どういうことよホンヨウ、そんな約束じゃなかったでしょ!?』
「し、しかし、フェイ殿」
『しかしじゃない、早く謝って謝って!! イヤよアタシまだ死にたくないわ!!』
どこからともなく聞こえてくる声が、焦ってホンヨウを急かす。
セオドアは目を眇めて片手を伸ばすと、身動きが取れない男の髪を掴み、無造作に前髪を掻き上げた。
そこにあったのは、潤って艶のある赤い実。
ホンヨウの髪の生え際から頭部にかけて、埋め込まれたようにも見える果実だった。
「…………ザクロ?」
『いやぁあんごめんなさいごめんなさい、違うの聞いてハープシコード、不可抗力なのよ、お願い殺さないで!!』
半ば泣き叫ぶ声は確かに、ザクロの実から聞こえてくる。
セオドアは数秒思案げに首を傾け、ホンヨウの顔面ごと睨み上げた。
「悪いが、妻を怪我させられて黙って許せるほど、俺は寛容じゃねぇ」
『妻!? アンタ結婚したの!? 待って待って治療費出すから!! アタシの聖女ちゃんに言って億単位で出すから!』
「フェイ殿!?」
「…………俺の妻は、エルシィ・サックスだ。彼女の傷が、それだけで事足りるとでも?」
ホンヨウの前髪を鷲掴みにした状態で、セオドアが吐き捨てる。
ザクロの実は呆気に取られた様子で沈黙した後、か細い呼吸音に言葉を混じらせた。
『…………そ、れでも、お願い。……この男は、ちゃんと叱っておくから、……お願い、殺さないで……』
「…………」
『母体樹さまに傷なんて、わかってる、万死にあたいするわ。……でもお願い、ちゃんとアタシが言い聞かせるから、……アタシたちも、必死なの、わかって、おねがい……これ以上、もう死んでほしくない女の子が、いるのよ……!』
ピクリと、セオドアの目蓋が痙攣する。
彼は魔術を解いてホンヨウを突き飛ばすと、慌てて背を向けて、穴の空いた壁に振り返った。
「っだ、……だっ、旦那さま、だめ……!!」
震えを押し殺したエルシィの声が、外へ響く。
セオドアは周囲など一瞥もせず、一目散に走り寄って、2階の窓から飛び降りたエルシィを両腕に抱き止めた。




