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第21話




 氷の帝国ホールボーム。

 気候の厳しさと貧富の差が激しい故に、行商人が賑わう地域を除けば、基本的に内乱の多い国である。


 聖女の力を授かったチェンノッタだが、幼い子供ゆえの()()()を恐れられ、今まで誰も手出しをしてこなかった。

 だが、そのチェンノッタを制御できる存在が現れたとすれば、話は別である。

 厄災と戦う事を求められる聖女だが、強力な力を必要とするのは、それだけではない。

 超常現象すら我が物にしたいと考える人間が、この国を含め数多くいるのもまた、事実であった。


 エルシィは巨大な木のうろに守られながら、前方に見えてきた都市を見つめる。

 吹雪の中でも煌々と輝く灯りは、それだけで辺境伯領の発展を表しているようだった。


 現在、本性を戻したウィズィが一行をうろの中に招き、全速力で根を動かしながら、雪道を滑走する真っ最中である。

 ウィズィと合流できた後、状況を鑑みれば転移魔法を駆使して良い場面だった。しかし、同時に回収しようとしていたチェンノッタの魔術本が、辺境伯領の部隊に持ち去られてしまっていたのである。

 お前が余計な魔術を付与するからだと、喚き散らかすチェンノッタに、セオドアは涼しい顔で受け流していた。


 寒さに鼻先を赤くしながら、エルシィは両手を擦り合わせる。


「旦那さま。本当にこのまま領地に近づいて、大丈夫なんですか?」

「ん? おう、聖女が手中にある事を、相手に印象付けた方がいい」

「嫌な言い方ですね?」

「わっはっは、そうだな! だがこれは本当だぜ、奥さま。じゃないと足元を見られるからな」


 魔術本を返してもらうには、交渉材料が必要だ。

 ウィズィの情報だと辺境伯領は、水面下でホールボームの王族に対抗できる手段を、周辺領と模索しているらしい。

 そこに対策の無いままチェンノッタを連れて行っては、返り討ちをくらうとセオドアは苦く笑うのだった。


 目下、外生生物を寄せ付けない、大きな門が見えてくる。

 チェンノッタが止まるようウィズィに声をかければ、徐々に速度を落としたヒルギ科植物は、恐れ慄いて逃げ出す衛兵を尻目に、門の前で動きを停止した。

 片手を差し出すセオドアに、エルシィは狼狽えながら手を重ねる。

 彼はうろから悠々と外に出ると、腰を抜かして唖然とする兵たちに、意地の悪い笑みを浮かべてみせた。


「出迎え感謝する。諸君らの領主に伝えろ。セオドア・ハープシコードが聖女と女神を連れて、謁見に参った次第だとな」




 辺境伯の屋敷にある客間で、エルシィとチェンノッタ、オウム状態のウィズィは待機を余儀なくされていた。

 貴族との交渉は任せろと言い、シテラを引き連れたセオドアとルヴィナが出て行ってから、もう一刻半ほど経過している。

 吹雪が止んでも薄暗い空を窓から見つめ、エルシィはため息を吐き出した。


「ママ」


 エルシィの両手を握りしめたチェンノッタが、仮面越しから心配そうに顔を覗き込んでくる。


「大丈夫よ。……でも、遅いわね。三人とも大丈夫かしら」

「おうおう大丈夫だろーよ。シテラねーちゃんの気配は変わらねぇ」


 大きく羽ばたきながら天井を旋回するウィズィに、そう、と答えてソファーに腰を下ろす。

 

 暖炉で爆ぜる火は温かく、暖色系の家具でまとめられた客間だ。しかし辺境伯領の使用人は室内にはおらず、部屋の外に屈強な警備兵が控えている。

 歓迎されたのか、警戒されたのか、分からない状況だ。

 エルシィはチェンノッタを膝に抱え上げると、肩に止まったオウムの頭を指先で撫でる。


「……ママ、本を取り返したら、どこにいくの?」

「え? そうね……、そうだ、ノッタくんのお母さんとお父さんに、会わなくちゃ」


 すっかり頭から抜け落ちていたが、現状、チェンノッタを連れ回しているのである。

 意図せず無国籍自治区にまで遠出してしまった為、それなりに日数も経過しているのだ。まずは少年の両親に経緯を説明するべきだろう。

 一人納得したエルシィに、チェンノッタは小さな手で彼女の肩に触れた。


「僕の家族は、いない」

「え?」

「いない。だから、大丈夫」

「あ……ご、ごめんなさい、そう、だったの……」


 しまった、と視線を彷徨わせれば、ウィズィが翼でエルシィの頬を軽く叩く。


「オメー様が気を病む必要はねぇってやつだ。オメー様は父ちゃん母ちゃんが健在で仲が良くてだから聞いた。それに関して誰にも責められる言われはねぇ」

「そ、れは、……そうだけど、……でも、少し、無神経だったわ」


 考えてみれば今までチェンノッタの口から、両親に関する話題は一切出なかったのだ。

 彼くらいの歳であれば、多少なりとも話があって良いはずである。

 ──否、そう考えてしまうあたり、自分は良い環境にいる証しなのだろう。


 眉を下げて口を閉ざすエルシィに、オウムは器用に翼で自らの頭部を叩いた。

 

「カーッ! オメー様はいい奴だな! 人間ってのは基本的に自分が聞き返されたくない話題は話さねぇ生き物だ。逆に聞かれても困らない話題は自然と口から出ちまうものよ。気にするこたぁねぇってやつだ」

「うん。()()()()()()()()のは、ママのせいじゃ無いから」


 ウィズィに同調するチェンノッタの一言に、エルシィは思わず聞き返そうとしてしまった。

 しかしそれは言葉にならず、部屋の外で微かな物音が聞こえたことで、彼女はチェンノッタを抱きしめてソファーから飛び退る。


 金属音と男の呻き声が聞こえたが、一瞬のことだった。

 再び静まり返った室内の床に、花吹雪の影が舞い始める。それはエルシィを中心に渦巻いて、一秒ほど動きを停止させた後、複雑な幾何学模様に花の形が織り込まれた魔法陣が出現した。

 インクで描いたような黒い魔法陣に、オウムの体が裂けて飛び出したウィズィの木の根が這っていく。


 チェンノッタが片手で後頭部の留め具を外し、仮面を投げ捨てると、剣呑に瞳を細めて扉を睨みつけた。


「…………だれ?」


 慎重に、ゆっくりとした動作で、扉が開く。


 白髪交じりの黒髪に、兵士の甲冑に似て非なる、見た事の無い武族の衣服を纏う男が一人。気絶した警備兵を足で押し除けて、室内に足を踏み入れた。

 男は年齢による皺を重ねた顔で、室内を見渡しその状況に目を見張るも、落ち着いた様相だった。

 視線は逸らさないながらも、逆手に持っていた鋭利な刃物を、腰から下げる鞘に収める。

 そして扉を閉めつつ後ろ手に鍵をかけてから、エルシィを見つめ、深灰色の瞳をついと細めたのだった。




 


 


 

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