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第18話




 チェンノッタ・ヴィオラカフは、十人家族の穀潰しだ。


 栄養が上手く回らず、年齢の割に小さな体では、他の兄弟に付いていくのも一苦労。

 狩りに同行しても上手く得物を扱えず、逃しては両親に怒鳴られる日々だった。

 兄弟はそんなチェンノッタを蔑み、出来損ないだと揶揄し、一人取り残しては先に行ってしまう。

 少年は必死に追いかけ縋りつこうと足掻いたが、どうにも出来ない溝を埋める事は、必然的に精神を擦り減らすばかりだった。


 チェンノッタは雪道を行く行商を眺めては、外の世界を思い描く。

 極寒の地、ホールボーム国には、珍しい郷土品も多くある。南にはない品を求めて行商に来る人々の中には、一家でやってくる商人も多くいた。

 家族仲睦まじく、親は子を当然に愛し、切磋琢磨しながら生活を営む彼ら。

 チェンノッタは遠くから観察し、愛される子の振る舞いとはいかほどのものか、日々、研究に明け暮れていた。


 なぜそんな事をするか。答えは簡単である。

 愛される子供は、有益だからだ。

 可愛い子供、愛おしい子供は、大人の関心を惹き情を誘う。

 上手くいけば美味しい食事にありつけ、物をもらい、生活の糧にできるからだった。


 チェンノッタは甘える子供を演じることにした。

 小さな体で天真爛漫に振る舞うと、外の大人は同情心を寄せてくれる。

 自分の心に対する自傷行為だとしても、チェンノッタは見て見ぬふりをして、子供らしい子供を演じ続けた。


 だがそれがいけなかったのだろう。

 行商人から可愛がられていた少年は、人付き合いが下手な他兄弟からの反感を買ってしまう。

 両親に有る事無い事を吹聴され、チェンノッタの言い分など信用しない彼らは、少年を厳しく罰したのだ。


 今でも脳裏には、両親の言葉がこびり付いている。


 お前がいるから、──。




「ノッタくん」


 優しい声に顔をあげて、チェンノッタは仮面の下で目を瞬かせる。


「この部屋には露天風呂があるんですって。ノッタくんは入れる?」


 子供用に貸し出されていたという館内着を持ち、エルシィが床に膝をついた。

 柔らかいリネン素材のタオルと共に差し出されると、チェンノッタはおずおずと受け取る。

 祖国は寒さ対策の関係で、外に風呂など整備されている場所はない。それに少年はその環境から、熱い風呂に入る余裕はなく、水辺で使用していたタオルも厚手だが粗悪品だった。

 セオドア(クソヤロー)から恩を売られるのは癪に障るが、宿泊所なら悪くない。何より純粋に興味があり、体の汚れも落としたかった。


「見えないように、ついたても追加しておくね」

「…………なんで?」

「え? だってノッタくん。顔を見られるの、嫌でしょう?」


 当然の配慮だと言わんばかりの態度に、チェンノッタは面食らう。


 祖国一帯で怪物として知れ渡っていた自分には、不思議な力があり、彼女たちが突如現れた時も、()を通して会話を盗み聞きしていた。

 チェンノッタは当初、珍客に興味を惹かれ、()()()()()驚かせて金品を巻き上げてやろうとしていたのである。

 だがエルシィが近づいていくにつれて、会話内容から無国籍自治区に行くと聞き、居ても立ってもいられなくなったのだ。

 置いていかれたくない。一人にしないでほしい。

 そんな感情が自分の手を離れ一人歩きしてしまい、チェンノッタは無我夢中でエルシィの関心を惹こうと振る舞ったのである。


 エルシィは良くも悪くも、普通の人だ。

 チェンノッタが無理やり空間転移魔法にしがみついた時も、危険だからやめろと言い、食べたいと思って眺めていたものも、目敏く気がついて買い与えてくれる。

 祖国に来ていた行商人と同じ空気感で、やはり彼女は特別な人間ではないのだと、勝手に斜に構えて反発し、あまり良くない暴言も吐いた。

 

 だが一つ、違っていたことがある。

 

 エルシィはチェンノッタの仮面の事を、一切何も問いかけてこない。

 それが少年の一部だと解釈したかのように、触れられたくない事なのだと理解し、一線を引くように。

 同調したルヴィナもセオドアも話題に出すことはなく、チェンノッタは心の奥底で安堵していたのだ。


 だからこそ、チェンノッタは自分の心に面食らう。

 当然だと言うエルシィの態度を、寂しいと思うなんて。


「…………僕の顔、へん、なんだ」

「変?」

「……うん。……だから、……でも、……、……」


 チェンノッタは行商人から譲り受けた本より、独学で言語を学んできた。会話が成立した方が印象が良いからである。

 だが、世界でも広く使われる共通語は、祖国の発音と差異が大きく、相手の会話内容が分かっても上手く言葉を返せない。それが有益に働く場合ももちろんあったが、今は酷くもどかしかった。

 数秒、脳内で単語を組み立ててから、エルシィを見つめる。


「無関()んは、やだ。……わからないけど、いやだ……」


 チェンノッタは衣服のフードを後ろによけ、後頭部にある留め具を引くと、片手で仮面を外した。

 眉間から鼻筋、額にかけて。大きく皮膚を引き攣らせる聖痕が、顔面の半分を覆う。錆色だと言われた髪は、自ら無造作に切ったせいで不揃いで、プラムグレイの瞳も栄養不足で充血していた。

 タオルと館内着をエルシィに預け、コートを脱いで現れるのは、貧相な体。なのに下腹は少し膨らんでいる。


 怪物と呼ばれ始めてから、チェンノッタの容姿を初めて見た人間は、悪魔でも見たかのように表情を歪めた。

 気持ちが悪い、早く殺せと、言葉が通じていないと思っているのか口々に嫌悪する。

 顔や体を覆い隠すのは、そんな言葉を跳ね返し気丈に振る舞うふりをして、自分を痛めつけている事を知っているからだった。


 エルシィの表情が、やはり歪む。

 それが嫌悪からくるものでないと、肯定的に解釈し受け取れる余裕が、今のチェンノッタにはあった。


「……痛くない?」


 指先が労わるように、顔を触れる。

 チェンノッタは視界が滲んで、片手で目蓋を拭うと、上手く笑えないながらも微笑んだ。


「うん」

「……顔の痕は治せない、かも、しれないけど……、他のところは、セオドアさまに頼んで、治療の魔術を施してもらいまs」

「やだ」

「く、食い気味……!」

「やだ、あいつ嫌い」

「まぁ本当? わたしも嫌いなの。お揃いね?」


 えっ、と少年は驚きすぎて思わず声が漏れた。

 確か二人は今から、結婚すると聞いている。エルシィは嫌いな相手と結婚させられるのだろうか。

 豆鉄砲をくらった鳩のような顔で眉間に皺を寄せたチェンノッタは、続く言葉に彼女の意図を理解して、目を見開く。


「その嫌いな人に、わたしも治療してもらったの。だからノッタくんにも、わたしとお揃いになってもらいたいな」


 エルシィは茶目っけたっぷりに、片目を閉じた。

 唖然とした少年は、彼女の優しい気遣いをしかと受け取って、徐々に顔を赤くし唇を尖らせる。

 ずるい言い方だ。チェンノッタの矜持を傷つけない、なのにくすぐったい感覚が心を満たす。


「………………ママとお()ろいなら、いいよ」

「ふふ、ありがとう」


 笑うエルシィを見つめ、チェンノッタも柔らかく表情を崩した。

 

 

 

 


 

 

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