第17話
「たわわも慎ましやかも神様が創造した最高曲線美だぞ!? なにが胸が大きい美女は頭が弱いだぶっ飛ばすぞ!! 神様の最高傑作をその身に宿している女神の胸に実るたわわな魅力を分からんガキがつべこべ言ぅう゛ッ!!」
怒り心頭に深刻な表情で喚き出したセオドアに、綺麗な肘打ちをきめてから、エルシィはシテラの蔓に触れる。
「シテラさん、わたしは大丈夫です。その子を離してあげてください」
巨大なチューリップの花弁に転がる瞳が、どこか不満そうにエルシィを見つめるも、ゆっくりとチェンノッタを地面に下ろした。
少年は流石に腰を抜かした様子で、砂浜に尻餅をつき、慌てて衣服を探り始める。
しかし周囲を見渡しても探し物は無く、己が信頼している従者すら居ない事に気がついたのか、チェンノッタは砂浜に手をついて逃げ出そうとした。
「捕まえた!」
足をもつれさせ転がった少年を、息を切らしながらようやく追いついたルヴィナが、正面から抱き止める。
「***!!」
「え、なぁに?」
祖国の言葉で喚き散らかすチェンノッタだが、ルヴィナには意味が通じていない。
ハニーイエローの柔らかな瞳をもつ聖女は、仮面の上から構わず長年の額に己の額を押し付け、超至近距離から覗き込んだ。
彼女からすれば、仮面の目の部分に開いている穴から、チェンノッタを見ようとしただけである。しかしチェンノッタから見れば、祖国とは系統の違う美少女に抱きしめられ、鼻先が触れるほどの距離に居るという事態に、驚きすぎて身体が硬直したようだった。
不自然な格好で動かなくなった少年に、ルヴィナは首を傾げ、エルシィにチェンノッタを差し出す。
「はい、ママ」
「……ルヴィナさま、ええと、その子は男の子だからね?」
「うん、知ってるよ? こうすると大抵の男の子はおちるって、セオドアさまが言ってたの。わたし、役に立てたかな?」
にこにこと邪気のない笑みを見せるルヴィナに、エルシィも同様に微笑んだ後、砂浜に転がるセオドアの尻を蹴り上げておいた。
無国籍自治区は予想に反し、白い外壁の平屋が広がる、清潔で美しい場所だった。
人口島であるため自然豊かとは言えないが、道ゆく人々も悲観的な様子は無く、行商が渡り歩いて活気もある。
そして何より、多少アクセントの違いはあるが、公用語が母の実家と同じなのだ。やはり言葉が通じ、意味が分かることは有り難かった。
セオドアが小高い丘にある、一等地の宿泊所を手配してくれ、宿泊の手続きを済ませる。
訳ありの旅人が多いせいか、こちらの手続きも非常に簡素で、受付嬢がおかしな組み合わせの一行を不審がる様子も見受けられなかった。
ただやはりと言うべきか、役場は往来が激しく混み合っていて、書類を受け取るのに時間を要するらしい。
エルシィはセオドアの厚意に甘え、必要な手続きは任せるとして、子供たちとシテラを連れて街に繰り出していた。
『このお金は使える?』
『ああ、大丈夫さ。綺麗な女神には一本おまけしてあげるよ』
『まぁお上手ね。じゃあ、こちらを2本いただこうかしら。それから、これを一袋ちょうだい』
『毎度あり!』
気前の良い店主に微笑んで、エルシィは串に刺さった飴細工を購入すると、ルヴィナとシテラにそれぞれ手渡す。
喜んで食べている様子を尻目に、チェンノッタは胡乱な様子でエルシィを見上げた。
「ノッタくんには、これを。仮面を取らなくても食べられるわ」
いまだ厚手の防寒具を着込んだままの彼は、着替えも仮面を取る事も嫌がるのだ。
セオドアが金銭に糸目はつけないと、女三人分の一張羅を購入してくれた時も、チェンノッタは断固拒否だったのである。
エルシィも嫌いな物は嫌いと割り切るたちだ。嫌なものをダメだと無理強いするつもりはない。
なので少年に選んだのは、ガラスのように美しい飴玉だった。
両手で受け取った彼は、繁々と袋の中身を見つめた後、再びエルシィを見上げる。
「…………あいがとう」
「いいえ、どういたしまして」
目尻を下げて微笑めば、チェンノッタは俯いて飴玉を一つとり、仮面の隙間を少し空けて放り込んだ。
セオドアに怒鳴られたのが堪えたのか、身を守る手段が乏しくなったからなのか、少年が最初に見せた天真爛漫さは鳴りを潜めている。勝手な推察だが、おそらくこちらが素なのだろう。
時折、祖国の言葉で何事か呟くも、意味は分からずとも悪態をついている気配がして、エルシィは肩をすくめて苦笑した。
それでも彼はエルシィが動き出せば、後ろを付いてくるのだ。
ルヴィナが話しかければ、それに相槌を打ったり、嫌がったりする様子を見ていると、弟妹ができたようで少し微笑ましい。
ママと呼ばれるとチグハグな感覚に陥るが、血のつながらない兄弟だと思えば、悪くないように思えた。
四人で食べ歩きながらゆっくりと散策し、役場の前に戻ってくると、セオドアが封書を抱えて待っていた。
「ちょうど良かった。手続きの書類を受け取ったぜ」
「すみません、ありがとうございます」
「さっそく宿泊所に帰って、書いてしまおう。そこのクソガキ……んん、ノッタ少年の故郷にも帰らねばだしな」
思い切り咳払いをしたセオドアに、チェンノッタが何事か言いながら食ってかかる。
彼がチェンノッタの母国語で言い返すと、少年はますます憤慨した様子でセオドアの足を蹴り付けた。
「痛っ、このガキ……!」
「***!! *****!!」
「こ、こら! やめなさいってば!」
慌ててエルシィが止めに入り、ルヴィナもチェンノッタを背後から抱え上げる。エルシィがセオドアの腕を掴むと、彼はいくらか溜飲を下げ、チェンノッタも再度硬直し、借りてきた猫のように大人しくなった。
いざ足を踏み入れた宿泊所では、受付嬢の案内で、団欒スペースが2部屋を繋ぐ、広い一室に通された。
異国情緒溢れる部屋には、木目の美しいテーブルを囲み、柔らかい材質のカウチが並んでいる。壁には各国から取り寄せられたタペストリーがかけられ。宿泊客を歓迎する様々な品物が置いてあった。
繋がる二部屋のうち、扉を開けて一部屋を覗き込む。香木の優しい香りが包む部屋は、寝室用途が主なのか、ベッドが二つ備え付けてあった。
部屋割りはどうしようかとエルシィが振り返るより早く、セオドアの片手が背後から彼女の肩に触れる。
「俺と君が同室だ」
「え」
「悪いが嫌だとは言わせてやれない。ちょっとばかり今日は諦めてくれ」
ひゅ、と歪な音がなった喉を誤魔化し見上げると、セオドアは眉尻をさげ、どこか寂しそうに微笑んだ。




